瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|第七回 あの瞬間にあったもの
コロナ禍でも頑張る書店を尊敬
本屋大賞受賞後、書店さんを巡って楽しい思いをしていたのもつかの間、その翌年の春ごろに、感染症が広まりました。
あまり外に出てはいけない空気に、書店さんを図々しく訪れることもままならなくなりました。
それでも、コロナ禍に出版された本に関しても、書店さんがいろんなことを企画してくださり、ありがたいことばかりでした。
ある地域では4つの書店さんを回って合言葉を完成させると、特典があるという企画。
その合言葉が途中でわかりそうでわからない秀逸なもので、おみそれしました。
また、カルカン先輩と地下を通って一切景色を見ることなく訪れた横浜(いつまで根に持ってるん? 心の傷はあと8年でいえそうです)の書店さんは本を買うと、私のメッセージ動画を見られるという企画を。
いや、動く中年の私、写真よりきついけど大丈夫? これ、特典と言うより、罰ゲームやわ。
ほかにも、いろんな書店さんで企画を立ち上げてくださいました。
在宅時間が増えることで本が売れるのかと思ったら、そうでもないというお話もお聞きしました。
何をどうすればいいのか、難しいですよね。
そんな中、あれこれ試され動かれる書店員さんには尊敬しかなく、そこに私の作品を巻き込んでいただけるのは、光栄です。
おこもり生活のお供
さて、我が家は、娘の入学式が運動場で行われ、その翌日から休校。
朝から晩まで小学1年の娘がいる日々。
少しは仕事をしないとと焦るものの、静かじゃないと集中できない私には困難でした。
私が相手せずに娘一人で遊んでくれる物はないかと、インターネットで探している中で、素晴らしい代物を発見しました。
そう、トランポリンです。
購入した方々のコメントでは、「うちの子は届いた日から、大喜びで一日中跳んでます」「子どもたちがすっかり夢中で、何日も遊んでいます」と大絶賛。
ついでに、「運動不足も解消し、痩せました」「いろんな動きができ、体がほっそりしてきました」という情報も。
子どもが夢中になる上に痩せるなんて、なんという優れもの。
娘が一日中跳んでいる間にやりたいことができるし、ついでに私も跳べばほっそり体形に。
すぐさまネットで購入しました。
ところが、いざ届いたトランポリン、我が娘は10分ほど跳び、1週間で飽きてしまいました。
運動不足解消に私も跳んでみましたが、5分で酔いました。
あの一日中跳んでいたという子、大丈夫なんかな。
今では、トランポリンはただの荷物置きになっております。まあ便利やけど。
大きいのが少々難点ですが、スプリング部分はかなりの重量に耐えられますので何でも置くことができ、ハンドル部分には脱いだ洋服をかけられます。これを購入してから部屋がすっきり片付きました(50代女性)
使い道間違えたレビュー送りそうです。
おこもり生活が続くうち、仕事のことはひとまず忘れることにして(それ、あかんで)、とにかくなまった体をなんとかせねばと、娘と当時流行った2週間で10キロやせるダンスにも取り組みました。
2週間で10キロは痩せすぎや。
一気に体重落ちてしまったら、調子悪くなるかもしれないと、5日だけやってみました。
ところが、1キロも痩せないという衝撃の事実。
あれ、3.5キロやせる計算なんですけど。どういうことなのでしょうか。
本当なんでも自分で確かめないとですね。
伝家の宝刀、本屋大賞!
休校期間中、本屋大賞に助けられたこともありました。
娘の通う学校では、休校で家庭訪問がなくなり、代わりに電話で家庭調査の実施がありました。
私、入学式に提出した家庭調査票の職業欄に「執筆業」と書いたんです。
そしたら当時の娘の担任の先生から、「どういうものを執筆されているんですか?」と電話で尋ねられました。
「普通の小説です」と恐る恐る答える私。
「どちらの会社で?」
「会社というものには所属してなくて」
この私の回答に、先生は「どういうことですか?」とうんと怪しまれたご様子。
確かに一人で執筆業って、何それってなりますよね。
そこで、伝家の宝刀取り出しました。
そうでした。私、みんなを納得させられる武器持ってたんでした。
「あ、実は、昨年、私、本屋大賞をいただいてまして」
そうなの。私、受賞者なのよ。しかもあの本屋大賞の。
先生のお声は優しく変わり、「あ、失礼しました。そうなんですね! 素敵ですね」と言っていただけました。
本屋大賞。信頼の品ですね。
書店員さんの素晴らしい賞のおかげで、娘の学校の信用まで得ることができました。
休校が続きしばらくすると、娘と一緒に近くの公園に行くようになりました。
外の空気って貴重ですよね。
空の下ってこんなにすがすがしいのかと思い知りました。
公園に行くと娘より20センチは背の高い女の子が鉄棒で逆上がりをしていて、「お姉ちゃんすごいね」と声をかけたのですが、よくよく話してみると、娘と同じ年で、クラスまで一緒だというではないですか。
その日以降、二人はわずかな時間だけ、毎日公園で遊ぶようになりました。
学校生活が少しずつ元に戻り始めた今、娘とその友達は一緒に登下校をしています。
二人が並んで歩く姿に、時折公園で会った瞬間を思い出します。
あの感染症の中で入学をしてから4年。
クラスが変われどもどちらかが欠席しない限り、欠かさず一緒に歩く娘たち。
あの窮屈な中、二人でそっと築いていたものは、簡単には崩れないまぶしい光を今もなお放っています。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。