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舞神光泰『令和3年の兄弟ゲンカ』

5月16日開催予定の文学フリマに #文芸誌Sugomori として出店いたします!
そこで今月号は、文フリにて刊行する小説を無料公開でチラ見せ!
各作家が【令和3年の〇〇】をテーマに執筆いたします。
同誌には各作家へのインタビュー記事などの企画も掲載予定です。詳細はまた後日お知らせいたします!

 弟が死んだらしい。
「あんた賢ちゃんと仲悪かったからさ、言うの迷ったんだけどお葬式来る?」
母からの電話はとてもドライで、まるで夕飯に何を食べたいか聞かれているようだった。
「うん、行くけど、いつ?」
そんなんだから俺の返事もバカっぽくて、まるで現実味がなかった。
「今度の土曜日だけど来れるの?」
「うん、あ、俺の喪服そっちにある? 爺ちゃんの時にそっちに置きっぱなしにしたっけ」
「あるわよ、邪魔だからちゃんと終わったら自分で持ち帰りなさい」
そのあと、二言三言話しただけで電話を切った。
結局、賢二がなんで死んだのとか、そういう重要な会話はできなくて、疲労感だけが残る。
「必要なもんは全部あっちにあるのか」
大きな独り言は自分の認識に役に立つ。
普通長男だったら、もっと手伝えとか連絡をお願いされるはずなのだろうが、大学で一人暮らしを始めてから「忙しい」と言ってここ十数年、ろくに顔すら合わせていない。だから母からは半ば諦めたような冷めた要件だけの会話になってしまう。賢二の顔を見た時にちゃんと泣けるのだろうか、そんな不安で土曜日までがやたら長く感じた。


「これって本当に賢二?」
俺の口から出てきたのはなんとも間抜けな一言だった。
「そうよね、私たちも分からなかったの」
久しぶりの親子の会話は棺桶の真横で交わされた。花が飾られているせいで最初は分からなかったが賢二からは嗅いだことのない異臭が漏れていた。顔をしかめる様子を見かねて母は重い口を開いた。
「餓死だと、結構臭うんですって」
「事故とか病気じゃなくて、これって」
「うん、遺書があったから自殺ですって」
自殺という言葉に驚きはしなかった。
「これでも臭いはずいぶんとね……」
小さい頃から何かとすぐ死んでやるという奴だったし、高専を出て、大学に入って、教授と揉めたとかで研究職につけなくて、就職もせず自分のアパートに引きこもって親に迷惑をかけている。そんな状況だというのは理解していた、だから思っていたより早かったというのが素直な感想だった。
「こんな顔なんだ」
棺桶の中の賢二は土気色で頬がコケて、目が落ち窪んでいたし。遺影の写真は履歴書の写真を引き伸ばしたもので、かなり画質が荒く、どっちの顔も俺の記憶の中のものとは違いすぎて、まったく感情が湧かなかった。
「写真これなの?」
「賢ちゃん写真撮られるの嫌いだったから」
「そっか……賢二っていくつだったっけ」
母は小さいため息をついた。
「あんたの3つ下だから29歳」
「別に忘れてたわけじゃないよ、あいつの誕生日3月だからさ、なんか分かりにくくて」
「あんたはどうしてそんなに他人に興味が持てないの? どうして分かってくれないの?」
精一杯なだめたが、母は納得できなかったみたいで
「やっぱり、あんた呼ぶべきじゃなかったんだわ、賢ちゃん、ごめんね」
とうとう泣き出してしまった。
昔から母に薄情だと言われ続けてきたが、俺は兄弟の関係なんてこんなもんだろうと思っていた。母からの電話で仲が悪いと言われてちょっとショックだった。いや、ショックを受けた事に俺自身驚いていた。ケンカらしいケンカもしたことがない、比較的穏やかな兄弟だと思っていた。
母があまりに泣くもんだから、ようやく父が駆けつけてくる。
「大丈夫か? なにがあったんだ」
母は顔を抑えて泣くばかりで答えなかった。
「俺が賢二の年齢とか分かってなかったから、なんか泣いちゃって」
そういう事を聞かれたわけじゃないのに、なにかイラついていたので、子供っぽく答えた。
バチンと頬を叩かれたのだが、父のビンタは昔ほど痛くなくて、歳をとって細くなった父を見て、そっちの方が悲しくなってしまう。
「亮太! お前は葬式の席までそんなくだらない事を言って」
張られたばかりの頬をおさえながら母をなだめる父をぼんやり見ていた。
父はしっかりとしたため息をついて、母を席に座らせて、こちらに戻ってきた。
「悪かったな、さっきは咄嗟に叩いてしまって」
「別にいいよ痛くなかったから」
一言多い、分かっていたが今更やめられなかった。
「いいか、よく考えてから発言をしろよ、お前ももう大人なんだ。私も母さんも息子の1人が……自殺してるんだぞ。しかも餓死なんて」
餓死の自殺なんて考えた事もなかったが、なんとなく意志が強くないと出来ない気がする。
「なんで餓死だったんだろう?」
なんで自殺したんだろう? それを聞くべきなのに俺の口から出来てきたのはそっちが先だった。
「なるべく迷惑をかけない方法を選んだんだと、遺書に書いてあった」
「迷惑って、あいつ……」
「スマホ解約したり、警察に手紙送ったりして見つけて貰えるようにしてあったんだよ、ご丁寧に現金まで用意されててアパートの修繕費と葬式代まで入っててな」
淡々と語る父は、時々涙を拭い、鼻をすすっている。
「賢二は、なんでそこまで死にたかったんだろう」
「就職がうまくいかないぐらい、どうでもいいのに。あいつは勉強だけしか出来なかったからな」
「ずっと勉強ができたら、賢二は幸せだったのにね」
ようやくお悔やみの言葉らしい、兄としての言葉が口から出てきてくれた。
その言葉に安心したのか、父の口から本音が漏れ出した。

「お前もわかると思うんだけどな、正直、賢二が死んでくれてホッとしたんじゃないか?」

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