【全文無料】掌編小説『私のコーヒー時間』柳田知雪
#文芸誌Sugomori の7月の特集は #note の投稿テーマでもある #私のコーヒー時間 です。特集テーマ最初の書き手は #柳田知雪 さんです。
両親は毎朝、ドリップコーヒーを飲む。
それは慌ただしい朝のリズムを整えるための
二人にとってのルーティーンなのだろう。
私にとっては一年中そこにある、
朝の匂いでもあった。
十代も半ばに差し掛かった頃、
ふいに父に尋ねられた。
「コーヒー飲む?」
しかし、私は知っている。
お湯の重みによって抽出されたその液体が
自分の舌に全く合わないことを。
けれど、背伸びしたいお年頃、
その誘いを突っぱねることもできなかった。
私にとって、コーヒーは働く大人の象徴で、
憧れにも近い存在であったから。
そんな私の葛藤を察した父は言う。
「じゃあ、特別製にしてあげる」
出されたのは柔らかな白みのある茶色い飲み物。
なんてことはない、
牛乳を混ぜたコーヒーだった。
しかも父曰く、一対一で。
「美味しいです……」
「特別製だからね」
随分とマイルドになってしまったが、
鼻の奥からふわりと朝の匂いが抜けていった。
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