【全文無料】エッセイ『白ワインと戯れの夜』衣南かのん
Sugomori11月の特集として、季節のエッセイや小説をお届けします。
今回のテーマはワイン。書き手は衣南かのんさんです。
今より弾けていたような時代を語るのには少し気恥しさが伴うけれど、同時に懐かしいような眩しいような、なんとも言えない郷愁にも駆られる。
その頃私はまだ20代の半ばで、独身で、ひとり暮らしをしていて……とにかく、自由だった。今だって不自由なわけでは、もちろんないのだけれど。
少し前、あらゆる制限がようやく解除されたある昼下がりに、友人とワインバーに赴いた。
去年の緊急事態宣言が解除されていた束の間に一度だけ訪れた店で、北欧風の店内と、穏やかな女性店主の人柄が料理にも現れたような素敵な店。久しぶりの友人と飲みながら会話を楽しむには、うってつけの場所だった。
メニューにはこれも少し北欧の方を意識したようなものや、おしゃれで、けれども気取りすぎない、お酒によく合う逸品たちが並ぶ。
ワインはどれもグラスで注文するようになっていて、その日用意されていた白ワインは2種類。私は迷わず、アルザス地方で作られたリースリング種のものを選んだ。
ソムリエをやっている幼なじみに「アルザスのリースリングは、絶対好みだよ。自分で買う時にも探してみて」と教わって以来、何度か銘柄こそ違うものの同様のワインを飲んでいるが、本当に外したことがない。
今回も当然のごとくその白ワインは私の好みそのもので、するするとグラスは空いていった。久しぶりということもあって意識して抑えるようにはしていたけれど、久しぶりだからこそついついお酒は進んでしまう。
外での食事も、お酒も、雰囲気の良い店で友人とひと時を過ごすことも、どれもが久しぶりだった。
しばらく失っていた時間は、こんなにも尊いものだっただろうか、と改めて実感してしまうほどに。
最終的に空けたグラスは、6杯程度だっただろうか。満足して店を出て、食後のコーヒーを楽しんでいた時に、友人が笑いながら言った。「私達、落ち着いたよね」と――。
友人がいつのことを言っているのかは、すぐにわかった。私達は会うたび、お酒を飲むたび、折に触れてその頃の話をしていたから。
今より私も彼女も若くて、なんとなく、無敵だった頃。
思い出すのは恵比寿のチーズ専門店で、ボトルのワインを4~5本空けた時のこと。今思えば弾けすぎているし、もう少し味わえるような飲み方をすればいいのに……とも思うけれど、その頃はそれが、本当に楽しかった。
決して理性は失っていない、けれど少しふわふわとした頭で歩いた帰り道。おいしかった、楽しかった、と言い合いながら、自分の足で立ち、自分のお金で少しいい料理やお酒が楽しめるようになったことが、なんとなく誇らしかった夜。
訪れたお店も、出てくる料理も、飲んだお酒も、すべてが最高で、素晴らしくて、幸福感に満ちていた。
「なんであんなに飲めたんだろうね?」と、今の私達は笑う。「ちょっとおかしかったよね」と。
次々とボトルを空けること、色んなお酒を楽しむこと、それでも決して潰れることなく、自分の足で帰って、幸せな気持ちで眠りについたこと。全てが今となっては笑い話で、人によっては、或いはみっともないと言われてしまうのかもしれない。
ワインって、お酒って、そういう風に飲むものじゃないよと眉を顰める人もいるかもしれない。
けれどあの夜の満ち足りた幸福感は、どれだけ笑い話になったとしても、誰かに呆れられたとしても、きっと色あせることはないのだろう。
キラキラと光を放って、ずっと私の胸の中で、小さな輝きを持ち続けている。
そういう思い出の上に今があることが、なんだか少し、嬉しいのだ。
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