【全文無料】掌編小説『桜の繋がり』中馬さりの
Sugomori5月の特集として、季節の掌編小説をお届けします。
今月のテーマは桜。書き手は中馬さりのさんです。
『桜の繋がり』
"もらえるものはもらっておけばいいのにね"
そんな言い方をされたら、まるで僕が問題児みたいじゃないか。毎年思うその文句を飲み込み、憂鬱な気分で、促されるまま車の後部座席に滑り込む。
祖母の家は、ここから車で3時間弱。
そこまで移動に時間を使うなら、ディズニーランドとか豊島園とか、他にも選択肢があるのに。
「まあ、4月って節目だから。今年も、親戚一同集まってるって」
何もわかっちゃいない母さんが、シートベルトをしながら僕に声をかけた。
祖母の家は、遠目からでも一目瞭然。
この辺りには少ない縁側付きの一戸建てというのもあるけど、庭に大きな桜があって、この季節には桃色の花を咲かせる。
「よくきたねぇ。ほら、お小遣いもあるよ」
「ありがとうお婆ちゃん!」
玄関を開けた途端、キリキリとした声がこだまのように聞こえてきた。
わらわらと祖母に群がる親戚の子ども達は、は一人っ子だから、この賑やかさを味わうのは年末年始とお盆、それから4月だけ。
親戚の子ども達は、お小遣いを受け取った順にどこかへ消えていく。近くのスーパーにでも向かったのだろう。
「お婆ちゃん。あれは今年はしないの」
全員が散ったのを確認して、声をかける。
「あらあら、よくきたねぇ。でも、あれって?」
「あれだよ、桜餅」
「ああ、桜餅ね! 準備はしているよ。でも……お小遣いもあるし、みんなクッキーとかケーキを買いに行くんじゃないかしら」
「僕はいいよ。お小遣いも、別にそれが欲しくて来たわけじゃないから。それより早くつくろう。」
僕はしわしわの祖母の手をとる。台所に向かうと、ふわりと桜の葉の香りが漂った。
後ろの方で、母があの言葉を言っているのが聞こえる。
それでも、料理を始めてしまえば祖母と僕の間に入るやつはいない。やっぱり、大人は何もわかっちゃいないのだ。
他、中馬さりのさんの作品はこちら!
ここから先は
Sugomori 2021年5月号
「暮らし」をテーマにさまざまなジャンルで活躍する書き手たちによる小説をお届けします。 毎週月曜・木曜に新作を公開予定です。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?