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心理学の博士院生が語る、心理学ってうさん臭くね?という話
突然ですが自己紹介です。僕は現在、教育心理学の博士課程で学生をしています。最近30才の誕生日を迎えました。30才になってまだ学生をやっているとは正直想像もしなかったので、自分でもびっくりしています。
さて、「心理学」という言葉を聞くと皆様はどのようなイメージを思い描くでしょうか?僕は心理学は「身近」で「うさんくさい」学問だと思っています。
「私は薬物動態学を勉強しています。」「私は心理学を勉強しています。」正直、どちらが凄そうに聞こえるでしょうか?圧倒的に前者ですよね。薬物動態学の研究内容は全く想像ができなくとも、心理学の研究はなんとなくとっつきやすく感じる人が多いはずです。これはなぜか。おそらく心理学という言葉を耳にする機会が多いからではないでしょうか。試しに本屋に行って、自己啓発本コーナーから一冊適当にとり、パラパラとめくってみてください。まず間違いなく、「心理学」という言葉が出てくるはずです。一方で「薬物動態学」はどうでしょうか?出てこないですよね。そういうことです。心理学は身近な学問なのです。
が、同時に、心理学に対してなんとなくうさん臭いイメージを持つ人も少なくないはずです。何を隠そう、僕自身もそうです。次の二つの本のタイトルを想像してみてください。
・「〇〇大学式!メンタリスト××がおすすめする、仕事・恋愛に役立つ最強の性格診断!」
・「薬物動態学のすすめ」
どちらがうさん臭いと感じるでしょうか?言うまでもありませんね。やはり、そういうことなのです。
前置きが長くなりました。この記事では、心理学を専門に勉強している僕が、「なぜ心理学はうさん臭いと思われがちなのか?」という問題に関して自分なりに考察してみたいと思います。実は僕は心理学を専門にし始めてからまだ2年しか経っていません。大学では経済学を専攻していたのですが、むしろ心理学を鼻で笑っていたぐらいです。青二才もいいところです。ただ、青二才だからこそ、心理学ってこういうところがもやもやするな、という視点をある程度フレッシュに持つことができていると思います。心理学に関心のある方、いつものスゴ論の記事をもっと深い観点で理解したいと思う方、トイレ休憩中に間違えてこの記事をクリックしちゃった方、少しでも面白いと思ってもらえれば幸いです。
結論:なぜ心理学はうさん臭いと思われがちなのか
端的に言うと、3点です。
①研究対象が怪しい
②研究対象を研究できているかがあやしい
③結論がふわっとしている
ふざけているようですが、大真面目です。いずれも専門家の間で議論されるような重要な課題です。
以下、それぞれについて簡単に解説していきます。
①研究対象が怪しい
僕は現在生徒の「モチベーション」について研究をしています。モチベーションについて研究をしている人は他にもたくさんいます。こうした研究者を百人同じ部屋に集めて、「モチベーションってなんですか?」という質問をしてみましょう。どうなるでしょうか。
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喧嘩です。
全員が全員、眼鏡をクイクイしながら持論を展開することでしょう。モチベーションの研究をしているのに、モチベーションの定義が専門家の間で定まっていないのです。
これは他の分野ではありえないことです。例えば幾何学者の間で、「三角形とはなんぞや?」という議論が発生する事はありません。知らんけど。心理学は往々にして研究対象が実体を持たないので、研究対象の定義がなんなのか、さらにはそもそも研究対象が研究対象たりうるものかどうかから考察しなければいけないのです。例えば10年後、研究が進み、「そもそも人に自由意志というものはなく、モチベーションという概念自体が錯覚だった」という結論が導き出されるかもしれません。そんなことになれば大変です。僕は商売あがったりです。
②研究対象を研究できているかが怪しい
モチベーションの研究者百人がいる部屋に戻り、喧嘩をなだめましょう。なだめた上で、次の質問です。「モチベーションってどうやって測れるんですか?」どうなるでしょうか。
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またまた喧嘩です。怪我人が出ます。
モチベーションについて研究するからには、それを測らなければいけません。ただ、前述した通り、モチベーションは実体を持つものではありません。「今日はモチベが高い」「今日はやる気が出ない」という感覚は各々あるものの、なんとかしてこの感覚を測る定規を用意しないといけないのです。
実際問題、モチベーションにはいろんな測り方が考えられます。
①直接聞いてみる。「今あなたのモチベーションは1から10でどれぐらいですか?」
②行動を観察する。「この生徒は授業中居眠りしているから、モチベーションは低いのだろう」
③生体反応を見る。「脳の〇〇部分が活性化しているので、モチベーションが高まっている。」
それぞれの手法に長所と短所があります。例えば、一つ目の「直接聞いてみる」手法について考えてみましょう。この手法の長所は、お手軽、且つ明確なところです。お医者さんが必ず問診から始めるのと同じです。モチベーションが高いかどうかは、本人が一番よく知っているはずですから。
しかし、本当にそうなのでしょうか?僕は現在体重が70キロあります。欲を言えば、65キロぐらいになったらいいのにな、といつも思っています。やる気はあるんです。「痩せたいんか?」と言われたら「痩せたいです」と答えます。でも僕は今ポテトチップスを食べながらこの記事を書いています。たまりません。僕のモチベーションは高いのでしょうか、それとも低いのでしょうか?私たちは思っている以上に、自分自身のことを知らないのです。
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③結論がふわっとしている
大学生卒業手前、就活をしていた時、進路に迷っていた僕はネット上で適性診断なるものを受けました。自分の性格についての質問を答えていき、表示された結果の画面に表示されていたのは・・・
「あなたのおすすめの仕事は、『マンションの管理人』です」
ピンポイントすぎて、今でもめちゃくちゃ印象に残っています。これから何年かかるのかはわかりませんが、いつか僕は素晴らしいマンションの管理人になっていくのでしょう。ワクワクが止まりません。
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この適性診断の真偽はさておき、似たような研究は心理学でも行われています。例えば、人の内向性・外向性について研究をしている学者はたくさんいますし、その中に内向的な人間・外向的な人間がそれぞれ成果を上げやすい職種を解明しようとしている研究者もおそらくいるでしょう。
ただ、当然ながら人の職業適性はその人の内向性・外向性だけでは決まりません。人はその人の興味関心、学力、文化的背景など、様々な物差しで測ることができます。内向性・外向性についての研究者や、適性診断が導く結論はあくまで目安です。僕が(まだ)マンションの管理人になっていないように。研究者や適性診断を作成した人にとっても、これは自明の理のはずです。実際の研究の結論は、だいたいふわふわしているのです。
ただ、ここで問題が生じます。また、二つの本のタイトルを想像してみてください。
・「私の天職、見つけた!あなたの『やりたいこと』が見つかるたった一つの適性診断」
・「就職候補を考えよう!人によっては参考になるかもしれない、おおよそ正確だと思われる適性診断」
どちらが役に立ちそうですか?前者ですよね。人はもやもやっとしたアドバイスを求めて自己啓発本を手に取っていないのです。白黒はっきりつけてほしい!でもふわふわとした研究結果を元に、白黒つけようとすると、そこに「うさん臭さ」が生まれてしまうのです。たぶん。
編集後記:心理学は泥臭い
「泥臭いがゆえに、うさん臭い。」2年間心理学という学問にどっぷり浸かってみての感想です。人の感情・性格・考え等、実体のないものの仕組みを解明しようという無理難題に対して、めちゃくちゃ愚直に取り組んでいるクレイジーな学問です。日ごろのスゴ論記事の中にも、「うさん臭いな・・・」「わかりづらいな・・・」「歯切れ悪いな・・・」と感じるようなものもあると思います。それは多分、正常な反応です。筆者の僕がいうのも変な話ですが、過度な期待はせず、あくまで参考程度に情報を取り入れてみよう、ぐらいのスタンスでスゴ論と今後も付き合っていただけると嬉しく思います。
文責:山根 寛
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