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「理系女子」のパラドックス:男女平等と雇用の平等が必ずしも結びつかない理由
ジェンダー間の平等について考えるときに、特に理系分野における就学率・就職率は頻繁に着目される社会指標の一つです。「女性エンジニアが不足している」「男性=理系、女性=文系というステレオタイプは捨て去らなければいけない」等々、共通の課題意識として持たれている方は多いと思います。事実、日本を含めた各国において理系分野に進む女性の割合は男性と比較して小さいということが統計的にも知られています。
この課題について考えた時に、不思議な疑問が一つ浮かび上がります。それは、「(ある程度)社会的に男女平等だと考えられている地域においても、理系分野における就学率・就職率の男女間の差は存在する」ということです。例えば、ジェンダー間の格差が比較的小さいことで知られるスウェーデンにおける、女性エンジニアの割合は全体の34%に留まります。これはもちろん他国と比較すると大きい数字ですが(米国:19%、日本:17%)、思ったより小さい数字ですよね。この現象には様々な説明が考えられます。「まだまだスウェーデンでも社会変化の余地が残っているのでは?」「そもそも結果の平等ではなく機会の平等が大事」という大前提の議論から、「ステレオタイプが完全に払しょくされていないからだ」等々。おそらく答えは一つでないでしょう。未だに議論が行われている状況です。
今回紹介する論文は、この問いに対して心理学的な側面から検証したものとなっています。一言で言うと、「社会における男女平等は、失敗に対して感じる恐怖の度合いの男女差をむしろ広げる」ということです。(ちょっと現時点ではわかりにくいと思うのですが、是非ついてきてください・・・)身近な課題に対しての面白い切り口だと思うので、最後まで読んでいただけると嬉しいです!
*各統計のソースについては、記事の最後の引用リンクをご覧ください。
前提:失敗への恐怖について
「失敗への恐怖」(Fear of failure)は日常会話ではあまり使われない言葉ですが、心理学においては比較的よく話題にあがるテーマの一つです。文字通り、個人が失敗を恐れる程度を示しています。「失敗への恐怖」の程度は個人によって差があるとされていて、極端に失敗を恐れる、もしくは嫌う人もいれば、そうでない人もいます。失敗への恐怖が高い人はリスクを取ることを恐れ、過度に高い場合は不安感・ストレス・鬱につながる可能性があると指摘されています。
このように書くと失敗への恐怖はとても悪いもののように思えますが、必ずしもそうではありません。失敗への恐怖は時に私たちの行動を突き動かすモチベーションとなりえます。例えば、僕は人前でプレゼンをすることに苦手意識がありますが、その分一生懸命練習をします。「失敗したくない」という思いがあるからこそ、準備に時間を投資することができるのです。
ここまでが前置きです。さて、この論文を紹介するにあたって、失敗の恐怖に関する性質を二つ紹介します。
①女性の方が男性に比べて失敗の恐怖が比較的高い。これは過去の研究によって示されています。生物学的なものなのか、ステレオタイプ等社会的影響によるものなのか、原因は未だに研究段階であるものの、総じて女性の方が男性に比べリスクを嫌ったり、競争を嫌ったりする傾向があることが観察されています。
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②自身への期待が高いほど、失敗への恐怖が高まる。失敗への恐怖は、自身が良い成果を出した時のイメージと悪い成果を出した時のイメージのギャップと考えることができます。スポーツで格下の相手と対戦した時と格上の相手と対戦した時を比べると、前者の方がプレッシャーに感じませんか?結果に対する期待が高いからこそ、「負けられない・失敗できない」という思いが強くなるのです。
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研究方法
*読みやすさのため、内容を要約しています
この研究は2018年のPISA試験の結果に基づいて行われました。過去のスゴ論でも何回も活躍しているPISAですが、三年に一度、全世界学力調査試験のようなものです。読解力・算数等の学力だけでなく、経済的状況や、家庭環境などもアンケートベースで調査されます。さらに、グロースマインドセットや、失敗への恐怖等、生徒の心理的状況に関してもまとめて調査されるのが特徴です。研究にはこのテストを受けた15才の生徒の内、517047人分のデータが活用されました。
さらに、筆者たちは生徒の出身国の特徴を数値化するため、各国のGDPデータや社会調査データを活用しました。GDPデータは国の経済状況を示すための変数を計算するために使われ、各国の男女平等の程度は国連の男女不平等指数(Gender Inequality Index)を用いて算出されました。
筆者たちはこれらのデータを用いて、回帰分析を行いました。端的に言うと、「失敗への恐怖」という変数(目的変数)を「性別」「国籍」「家庭の経済状況」「国の教育水準」「国の男女平等水準」等、様々な変数(説明変数)を用いたモデルで表すことで、目的変数と関連性の高い設定変数を導こうとしたのです。
結果
詳細は割愛しますが、回帰分析の結果、以下のことがわかりました。
①女子の方が男子と比較して総じて失敗への恐怖が高い
②特に、学力の高い女子ほど失敗への恐怖が高い傾向がある
③男女間の失敗への恐怖の差を国家間で比較すると、社会的に男女平等が進んでいる国ほど、差が大きい傾向が見られる。
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①・②は前提パートで前述した通り、既存の研究結果と同じ結果です。注目すべきは③の結果です。社会的には男女平等が進んでいる国ほど、男女生徒間の失敗への恐怖の差が大きいというのは一見矛盾しているように見えますよね。
解釈
この結果を説明するために、以下の仮説を研究者たちは提示しています。
①男女平等が進んでいる国の女子生徒は、進んでいない国の女子生徒と比較して、自身の学力に対してより高い期待を持っている。
②男女平等が進んでいる国の女子生徒は、理系分野における女性に対する負のステレオタイプを強く意識するあまり、より強いプレッシャーを感じている可能性がある。(自分が悪い成果を出してしまうとそのステレオタイプを助長してしまう、というプレッシャー)
③以上の二点が相まって、男女平等が進んでいる国の女子生徒の理系分野における失敗への恐怖が、相対的に高まっていると考えられる。
④そのため、こうした社会的男女平等が進んでいる国においても、結果的に失敗のリスクを避けようと理系進路に進む女子生徒が少なくなっているのではないか。
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留意点
あくまで相関関係を見た研究なので、因果関係を証明するものではありません。
編集後記
この研究結果を受けて、「じゃあ日本で理系を志す女子が少ないのはこれが理由か!」と結論付けたくなりますが、これは早計です。この議論はあくまで社会的男女平等が進んでいる国、という大前提があります。2024年度現在、日本のジェンダーギャップ指数は全146ヵ国中118位。この指数の是非に関する意見もあるかもしれませんが、私たちはそもそも論の土俵に立つことすらできていない、といっても過言ではないでしょう。
文責:山根 寛
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過去記事のまとめはこちら
Borgonovi F, Han SW. Gender disparities in fear of failure among 15-year-old students: The role of gender inequality, the organisation of schooling and economic conditions. J Adolesc. 2021 Jan;86:28-39. doi: 10.1016/j.adolescence.2020.11.009. Epub 2020 Dec 7. PMID: 33302248.
Cherney, I. D. (n.d.). The STEM paradox: Factors affecting diversity in STEM fields. Merrimack College. https://indico.cern.ch/event/708041/contributions/3308556/attachments/1811046/3024118/Cherney_The_STEM_paradox.pdf
Resocia, H. (2024, March 8). [IT 分野のジェンダーギャップに関するグローバル調査] ITエンジニアの女性活躍が進む北欧およびバルト3国、日本の女性比率は17%に留まりOECD38カ国中22位、STEM分野の卒業者における女性比率では、最下位の結果に. https://corporate.resocia.jp/info/news/20240308_itreport12