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猫とほおずき【短編小説】

熱帯夜を越えて、朝日の眩しさで目を覚ました。枕元のスマホを確認すると6時になったところだった。薄っすらとかいた汗を拭おうとしたタオルケットに見覚えがない。一瞬どこにいるのか分からなくて部屋を見渡した。子供の頃の物は大分片付けられてはいるものの、そこは確かに実家の私の部屋だった。 世の中ではこの時期を“お盆”というらしいが、蓮見家ではその文化がない。そもそもうちは親戚も少なく、付き合いも希薄だ。まず母子家庭で育ったので母方の親戚しかいない。祖父は戦争で亡くなったせいか墓がない

    • 白くてほかほか【短編小説】

      僕がサンタを信じなくなったのは小学1年生のクリスマスだった。夜中にドキドキしながら何度も目を覚まし、何回目かにに包みの存在を確認して、朝を楽しみに眠りについた。毎年、夜中に枕元のプレゼントを確認する瞬間が、1番の楽しみだった。 次の日の朝、さも今プレゼントに気付いたかのように驚いてみせたのは、親がサンタなんじゃないかと疑っていたからではない。夜中にプレゼントを気にして何度も起きていたことがバレたら、母さんに怒られると思ったからだ。友達の中には「サンタは居ないんだよ。」という

      • 白雪姫の魔女の如く

        どうもこんにちは、夏が苦手過ぎて困っちまいますね。 酷暑に耐えられず、身も心も溶けているうちに、随分久しぶりの投稿となってしまった。7月頭に創作大賞募集の記事を見つけ、前に書いた記事を急いで修正し、いくつか応募してみた。そんな付け焼き刃ではどうにもならないことはわかっているが、まだこの溶けた頭の片隅に「何かしたい」という思いが少しでも残っていたことに、どこかで安心したりもしたのである。 連日の酷暑で何もかも削られているところに子供が熱を出した。気温38℃の中、それを上回る体

        • 次週への活力が終わってしまった

          今私は落ち込んでいる。しかし高揚してもいる。毎週楽しみにしていたドラマの最終回が終わってしまった。続きが気になって早く観たいけれど終わってほしくない、という葛藤と共に過ごした3ヶ月だった。 以前、ドラマは1クールで1つしか観る体力がない、と書いた。なので毎回渾身の1本に絞るのだが、事前情報の時点では正直今回はピンと来る作品がなく、今期は観ないつもりでいた。しかしやっぱり何となく気になってTVerで1話を観てハマってしまい、結局見始めたドラマが『ブラッシュアップライフ』と『罠

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        猫とほおずき【短編小説】

          ○歳になりたくない

          2023年ももうすぐ2ヶ月が経とうとしていますが、今年初めての投稿です。こんにちは。 今年も節分の日に1つ歳を重ねた。暦の上では春になる日、“立春”の前日が節分である。つまり冬の最後にあたる日が誕生日であることは、昔から結構気に入っている。 俳優という職業柄、年齢は積極的に公言してはこなかったが、今年で39歳になった。40歳まであと1年である。○9歳、というのはどことなく人を焦らせる。29歳の私は人生にとても悩んでいたし、19歳の私は20歳になりたくなくて泣いていた。いざな

          ○歳になりたくない

          夜景の持ちぐされ

          この年の瀬に訳あってこんなところに来ています。全く楽しい理由ではないのが残念ですが。 2022年は悲しいニューや目や心を塞ぎたくなるような出来事が多かったように思います。人を守ることも自分を守ることも難しいな、なんて思ったりしました。でも時間は流れていくから、休みながらも歩み続けようと思います。 2022年ありがとうございました。 皆様がどうか健やかに、そして心穏やかに過ごせますように。 私も細々とまた創作が出来ればと思います。 2023年もよろしくお願いします。 高橋

          夜景の持ちぐされ

          ととのえない女

          記録的な猛暑も長く続くことはなく、9月に入ると供に一気に秋の風が吹いた。台風や急激な寒さの日もあったが、これから行楽シーズンを迎える。 “行楽”といえば何を思い浮かべるだろうか。遊園地、ピクニック、登山、旅行、ドライブ…。様々ある中でも私は子供の頃から温泉派だった。ディズニーランドよりも温泉に行きたいと言う非常に渋い子供だったのだ。そのおかげで中学3年生の卒業遠足までディズニーランドへ行ったことがないという、東京育ちには中々珍しい人間に育った。 今でも変わらず温泉が好きだ

          ととのえない女

          悪魔は誰だったのか

          台風が温帯低気圧に変わり、ずっと雨予報だった先週末から今週にかけて東京はとても良い秋晴れとなった。少し開けた窓から入る涼しい風を感じながらいつものように缶チューハイをプシュッとやると『初恋の悪魔』の最終回が始まった。土曜の夜の事である。興奮が冷めないうちに、そして子供がお昼寝から起きてこないうちに、この感動を綴っておこう。 中盤から劇的に面白くなってきた『初恋の悪魔』を勝手に考察した記事を8月の終わりに書いた。 この記事を林遣都さんのファンの方が見てくれて広めてくださった

          悪魔は誰だったのか

          坂元裕二とカレーと餃子

          小説を書き終えたあと、あとがきでも綴ろうかと思っているうちに4ヶ月も経ってしまった。久しぶりのnoteです、こんにちは。 今日も暑かった。明日も暑いのかと思うと毎日嫌になるが、そんな2022年の夏も間もなく終わろうとしている。記録的猛暑に体力を削られ、4回も熱中症になり、休日に子を連れて公園に行く元気もない私の唯一の楽しみは、家族が寝たあとに缶チューハイを飲みながら1人で録り溜めたバラエティ番組やドラマを見ることくらいだ。 と言っても、バラエティがほとんどで、ドラマは1本

          坂元裕二とカレーと餃子

          ペーパー・ムーン【♯4】

          ライブが終わると高揚感に身を任せ、「トイレに行ってくる」と父さんに言い残して仲村先生を探した。今どうしているのか、元気でいるのか、それだけ聞きたかった。しかし、何万人もいる観客の中から見つけ出す事は遂に出来なかった。これがドラマなら感動的な再会とでもなるのだろうが、現実はそんなに甘くない。さっきまでの賑わいがすっかりなくなった会場の入り口でため息をついた。スマホが鳴っている事に気付き取り出すと、父さんから『先に行ってるぞ』というメッセージと共に、レストランのホームページのUR

          ペーパー・ムーン【♯4】

          ペーパー・ムーン【♯3】

          翔と会った日から翔の言葉が頭の中をぐるぐると巡っている。教師になることを後悔したくないのに、本当に良かったのかと思い始めてしまっていた。そりゃ、僕だって好きな事だけして生きて行きたかった。でもそんなに世の中は甘くないんだと自分を納得させてきたが、翔みたいなやつを目の当たりにすると、ただ覚悟がなかっただけなのだと思い知らされる。だって、もう嫌なんだ。僕のすることで周りの人が傷つくのは。 教師になる覚悟までゆらぎそうになりながらも、予定通り冬休み中に卒論を仕上げられた生真面目さ

          ペーパー・ムーン【♯3】

          ペーパー・ムーン【♯2】

          翔から電話があったのは昨夜の事だった。翔は中学と高校の同級生で、初めて一緒にバンドを組んだ仲間だ。僕はストレートで教師になる事を決めて大学に入ったので高校卒業と共に解散したのだが、翔が進んだ音楽の専門学校での新しいバンドに度々応援で呼ばれていた。それも翔の就職を期に解散となり、翔は音楽系の企業の勤め先の近くで一人暮らしをしている。 中高では僕と一緒に、近所の進学校のママさん達から「バンドなんか組んで」と言われていた翔だが、誰もが知る大手の音楽系企業に就職した途端にチヤホヤさ

          ペーパー・ムーン【♯2】

          ペーパー・ムーン【♯1】

          初恋がいつだったのか、はっきりとしない。現在大学4年生の僕は、過去に告白されて3人の女性と交際をした。それなりに楽しかったし、好きだと言われれば嬉しかったけれど、正直僕には“恋愛感情”というものが良くわからなかった。わからないなりに彼女を楽しませたり喜ばせようとしてみたが、皆同じ事を言って僕の元を去っていった。 「私のこと好きじゃないんでしょ?」 好きだと思っていたし、でも友達とどう違うのかと言われればうまく説明できない。男女がする色んなことも、興味がないと言えば嘘になる

          ペーパー・ムーン【♯1】

          離れて住む友へ

          一昨日の暖かさから一転、朝から雨模様の東京である。気温が下がる頃にはまた雪になるとかならないとか。先日の大雪には一瞬アガったが、子供の頃のようにずっと喜んではいられない。それでも冬生まれの私は雪は好きであるが、雨は昔からずっと苦手だ。 雨が降ると思い出す人がいる。 昔アルバイト先で一緒に働いていたタイ人の女の子だ。 女の子といっても私よりも年上だったと思う。15年程前に出会ったときには彼女は留学生であったのと、小柄な背丈からどうも“女の子”という印象がある。本名はとても長く

          離れて住む友へ

          幼気【♯5】

          「おー、麦ちゃん!おおきくなったなぁ!」 浩二さんの元へ麦が飛び込んでいく。私にも優しかった浩二さんは、私にむけてくれた以上に麦に愛情を持って接してくれる。余計なことばかり言うが、母も母なりに麦には優しい。どこまで解っているのかわからない笑顔で、料理を沢山作っていた。 あの日、浩二さんから母の認知症を打ち明けられた次の日の夜、麦が寝てから和樹にその事を話した。 「そうか…。お義母さん心配だな。」 「うん…。でもまだどうするべきなのか、答えが出なくてさ。」 「俺は浩二さん

          幼気【♯5】

          幼気【♯4】

          夫の和樹と娘の麦の待つ旅先の目的地まで二時間以上を要する。移動中に読もうと入れていた文庫本はまだ鞄の中で影を潜めている。行きの心地よさとは打って変わって、プールの授業の後のような倦怠感で電車に揺られていた。耳の奥には耳抜きをしても取り切れなかった水が詰まっている気がして音や声が聞こえづらい。こんなに頭がボーッとするほど泣いたのはいつぶりだろう。子供の頃はよく母に隠れて泣いていたが、実家を出てからは自分の涙で溺れるほど泣いたことはなかった。楽しい気持ちで二人のもとへ向かえるとは

          幼気【♯4】