【オススメ本】泉房穂『政治はケンカだ!明石市長の12年』講談社、2023
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「政治はケンカだ!」というタイトルであるが、読後の印象としては「人生はケンカだ!」という感じであった。
それでは、誰と喧嘩しているのか。それは3つの観点から紐解くことができる。
1つはシビックプライド。p.27にこのような言及がある。
「私はどこにいようが、ずっと神戸新聞の明石版を読み続けています。それは、世の中の誰よりも明石に詳しくなる必要があったから。おそらく、いまの私は全人類の中で一番明石に詳しいはずです。だからこそ、私は故郷・明石のことを心から憎み、心から愛してるんです。誰よりも明石について知っているからこそ、まだ消えない理不尽に対して、誰よりも強い憎しみを抱いている」
故郷を思う心やシビックプライドを表現するときに「憎しみ」という言葉は通常は出てこないであろう。しかし、泉氏にとってはそれは常に表裏一体であり、また政治家を志した原点(原体験)やどのような逆境におかれてもブレないポリシーの一部になっている。ネタバレになるので詳述は避けるが、家族(弟さん)をめぐる理不尽さをめぐる問題である。
2つは好きな言葉。53ページにこのような言及がある。
「私、四字熟語でいちばん好きなのが「四面楚歌」。四面を敵に囲まれてしまっても、まだ空と地下が残ってる。そういう状況、ホンマに好き。「まだまだ行けるとこあるぞ」と、体中からエネルギーが湧いてくる。(中略)生存本能が目覚めると言ったらいいのかな。アドレナリンが出るというか、一種の快感なのです」
ここまでくると圧巻である。通常であれば仕事や人生で一番避けたいのが四面楚歌ではないだろうか。村八分と言っても良い。しかし、泉氏は逆である。ここまで来ると、M・ウェーバーがいう職業としての政治(家)ではないが、泉氏にとっては、まさに政治家というのが天職であると心から思う。蛇足であるが、本書では随所で世襲政治家を批判する言及も見られる。こういう政治の世界にとっての当たり前や風習とも泉氏は戦っていたことが分かる。
3つは章立てである。本書の章立ては以下のようになっている。
第1章 戦いの日々
第2章 議会論
第3章 政党論
第4章 役所論
第5章 宗教・業界団体論
第6章 マスコミ論
第7章 リーダーシップ論
すなわち泉氏が戦っていた相手は、議会や政党、宗教・業界団体、マスコミだけでなく、役所そのものとも戦っていたことが分かる。ちなみに泉氏メディア(NHK、テレビ朝日)出身である。したがってメディアの清濁も熟知している。それでも戦い続けたというところに問題の根深さがあると言えよう。
そして小生が一番驚いたのは次のセリフである。
「くさい言い方ですが、「冷たい社会を優しい社会に変えたい」と本気で思い、小学5年生の時には明石市長になりたいと考えるようになりました」(p.24)
10歳で自分のまちの市長になると決め、その夢をブレずに持ち続け、そして、3期12年見事にその夢を実現したのが、泉市長なのである。だからこそ誰よりも強い思いがあり、その思いの実現のためには負けるわけには、ぶれるわけには、折れるわけにはいかなかった。
昨今明石の子育て政策ばかりに着目が集まるが、この政治家としての闘争心と結果にこそ泉氏の本質があると言えるだろう。
もとより戦う以外に本当に方法がなかったのか、という批判もあるだろうし、このやり方に持続可能性はあるのか、というツッコミはあるだろう。しかし、それは別のやり方で結果をある程度出してから議論をふっかけないといけないかもしれない。
という訳でまだまだ語り尽くせないが、全国の首長さんはもとより、議会や政党、宗教・業界団体、マスコミ、公務員の皆さんに一読をお勧めしたい一冊である。