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『人間の証明』[各話解説]第十一回

昭和25年は、朝鮮戦争に伴うアメリカ軍の軍事需要を受け、いわゆる朝鮮特需が起こった年で、この頃流行っていたのが、バックに流れる美空ひばりの『東京キッド』である。
兵器や軍服などを生産する産業への発注が増え、この回のオープニングに引用されている記録映像にも、兵器を生産する工場などが映し出されている。

この特需により、最新技術、大量生産技術の獲得が進んだが、庶民全体にまで好景気が及んだわけではなかったようだ。本格的な景気好転は、4年後の神武景気からと言われている。

■激論!ど〜なるお種婆さん事件!?

開始早々、中山種の不審死をめぐって、捜査会議が紛糾する。

棟居の推理
昭和24年、ジョニーと思われる子どもを連れた黒人と日本女性が霧積温泉に宿泊した。当時、中山種は金湯館の女中だった。ジョニー殺しの犯人は、中山種に捜査が及ぶことを恐れた。事件前夜、50代女性を湯の沢まで乗せたタクシーが確認されている。運転手に八杉恭子の写真を見せると、よく似ていると証言した。その日、八杉恭子は、高崎のホテルに泊まっている。
那須警部の反論
八杉恭子を犯人と特定する証拠はない。
八杉恭子に中山種を殺す必要があるのか。
棟居の推理
GIとジョニーを連れて霧積に行ったことがバレると、八杉恭子、郡陽平の社会的地位に影響する。
那須警部の反論
生きた中山種に会えたとして、昭和24年に子どもを連れたGIと日本人妻が霧積に泊まったこと、その名前がヘイワードとChiekoだったことを思い出すかもしれない。しかし、それが八杉恭子であることを、どうして中山種が知ってるのか。八杉恭子が中山種の口を封じる必要はない。

・・・しかし、私たちは見た。
お種婆さんの抜群の記憶再生力を。

「千榮子さんでしょ?」

残念ながら、棟居も那須警部も、第十回の千石規子千榮子プレイバックの瞬間は見てないので、現段階では証拠不十分と判断されても仕方ない。捜査会議は、棟居の主張を全く受け入れないまま解散となった。

■陽子に見られた恭子の過去隠滅

続く郡家の場面は、陽子の不吉なモノローグで始まる。
「久しぶりに家族が揃って嬉しい日だったのに、この日は、私が生まれて初めての恐ろしい日になった」
恭子が庭でこっそり何かを焼いている。

「ママは何を焼いてるんだろう」

ところが、まだ燃えきらないうちに訪問客があり、恭子は屋敷に戻る。
その隙に、陽子が焼け残りを見てしまう。
女が写った古い写真だ。
裏面に〈昭和二十二年 千榮子〉とある。

もう一枚は・・・陽子にそっくりな少女の写真。
「誰だろう・・・」

先ほどの訪問客は路子だった。恭平に封筒を渡しに来たのだという。封筒の中身はパスポート用の戸籍抄本だった。
恭子は、路子のような女性が死ぬほど嫌いらしく、路子と一緒ならアメリカ行きは許可できないと叱る。
すると突然、恭平が爆発する。

「言う通りにしろ!!」
「いちいち俺に命令するな!!」

恭子を突き飛ばし、何度も叩く。
陽子が現われて恭平の乱暴は止まるが、今度は泣き崩れてしまう。
「ママ助けてよ!!」
そして、クルマで人を轢き殺してしまったことを告白する。そのとき同乗していた路子とアメリカに飛びたい、と。
恭平「暗いところを歩いてた向こうが悪いんだ」
恭子「あなたは悪くないのね?」
そう納得しようとする親子は如何なものかと思うが、恭平の苦悩を今いちばん分かるのが、同じく罪を犯した恭子であるのは皮肉である。
この場面は、高峰三枝子と北公次の全力の演技がぶつかり合う、本作屈指の名場面となった。

■ダン安川、郡家で大暴れ

翌日、郡邸にダン安川が突然現われる。

庭から勝手に侵入して来たダン安川を、陽平と恭子は激しく拒絶するが、たじろぎもしないどころか、とんでもない切札を切ってくる。

「私はマダムを八杉恭子などと呼びませんよ。
昔のフレンドですからね〜。
千榮子さんと呼びま〜す」

千榮子カードの効果は抜群だった。陽平と恭子は、急に態度を変え、安川を応接間に招き入れる。
調子に乗った安川は、さらに陽平ネタで追い討ちをかける。
「私が捕まれば、あなただって安全ではない。ハハハハ」
恭平も陽子も、唖然としている。
「私が今言ったことはみんなジョークです!私はあなたがたのパパやママの古いフレンドなのです。よろしく!」
恭子を千榮子と呼ぶこと、逮捕されることの、一体どこがジョークなのか。笑うどころか、焼け残った写真の「千榮子」が恭子であると確信し、いつになく険しい表情の陽子であった。

結局、郡邸に泊まることになったダン安川は、ひとりでいる陽子を見つけ、接近する。

そして、恭子や陽平の過去をベラベラ喋り始める。
恭子が、昔は千榮子という名であったこと。アメリカ軍のベースキャンプでタイピストをしていたこと。
陽平が、米軍相手の物資調達で荒稼ぎしていたこと。
それを見ていた恭子が、すかさず釘を刺す。
「あの人の言うこと、本気で聞いちゃいけませんよ」
そんな恭子に、陽子は違和感を抱いていた。
「どうしてママは、昔のことを隠したがるんだろう」

・・・一方、捜査会議で〈恭子=千榮子説〉が通らなかった棟居は、八杉恭子の戸籍を調べ上げ、旧姓が「杉崎千榮子」であること、中山種と同じ富山の出身であることを突き止めた。これで日本人妻・千榮子、八杉恭子、中山種が繋がった。
那須警部の捜査許可が、すぐに下りた。

■郡・八杉一家

陽子のモノローグ。
「その夜、恐ろしいことが起きた」

・・・まだ起きてなかったのか。
灰の中から見つけた陽子そっくりの古い写真。
屋敷に上がり込んでやりたい放題のダン安川。
十分恐ろしい出来事ばかりだったと思うのだが、これ以上何か起こるというのか。いや、今の郡家は、何が起きても不思議ではないフラグがいくつも立っている。

恭子と陽平、それぞれ話があるという。
まず恭子が、恭平の事故の件を陽平に話す。
そのことが気になって勉強も手に付かない。このままだと、恭平はどうかなってしまう。すぐにでもアメリカに行かせたい、と。
事故の説明内容はかなり薄められており、山に死体を埋めたことなど、陽平は夢にも思っていない。なので、恭子の申し出をサラッと流してしまう。
一方、陽平の話とは・・・
陽平「高崎でどこへ行ったんだ?」
恭子「そのことが、どうかしたんですか?」
陽平「警察では、キミのことを調べてるらしい。何があったんだ?」
恭子「なんにもありませんわ」
陽平「なんにもないのに、なぜ警察がしつこく調べるんだ」

ひと言ごとに険悪な空気がどんどん充満していく。
陽平「ロイヤルホテルで殺された黒人は、日本人との混血で、日本に母親に会いに来たというんだ。その若者とキミを結びつける話が、一部で流れてるそうだ」

恭子は、作り話であると軽く流そうとするが、陽平は追及を続ける。
陽平「キミは私と出会う前、GIと結婚するつもりだったと話したことがあるね。そのGIは黒人だったのかね?」

恭子「あなた、今ごろになって、私にそんな質問をなさるんですか。結婚するとき、あなたの過去について、何も聞きませんでした。生きていくことが精一杯だったあの頃、過去を聞くということは、死ねということに近いことだと思ったからです。あなたの仕事、周りにいた女たち、私は、あなたの過去について、何ひとつ質問しませんでした。それからずっと今まで、何ひとつ質問しませんでした。それなのに・・・」
恭子は陽平の部屋を飛び出して、応接間にいた恭平に言う。
恭子「すぐに支度しなさい。この家を出るのよ」
そこに陽平、陽子もやって来る。

陽平「恭子、落ち着きなさい」
恭子「パパはね、もう私たちのことを守れないと言うのよ。人殺しなんて守れないって言うの!」
陽子「人殺し!!!?」

陽子が素っ頓狂に驚くのも無理はない。
その後、四人はそれぞれの部屋に閉じこもってしまう。

落ち着きを取り戻した恭子は、陽平に内線電話をかけ、わめき散らしたことを謝る。
「どうかしていました。あとでお部屋に伺います。遅くなってから」
修復方法が無くなったとき、陽平恭子夫婦は、決まって肉体で清算する。

入念にメイクを施す恭子

その頃、陽子は孤独の迷宮に居た。

「わたしは、知らない家に寝ている気がします。パパに似た人。ママに似た人。兄ちゃんに似た人たちと、おんなじ屋根の下に居る気がします。わたしの本当の本当のパパ、本当のママ、本当の兄ちゃんは、どっか遠くの別の家に住んでいるような気がします」

深夜。恭子が、音もなく陽平の寝室に入っていく。

陽子の悲痛な声が響き渡る。
「行かないで、ママ!!・・・ママ!!」


◾️第十一回まとめ

八杉恭子、郡陽平、恭平。それぞれが秘めている闇や罪が次々と暴発する、終末感漂う回だった。
本作はこれまで、さまざまな人物にさまざまな事態が勃発し、原作以上に交差しまくってきた。それらが、一斉に臨界点に達しようとしている。
唯一、闇と罪の円環から外れていた陽子にまで、「自分に瓜二つの写真」という衝撃アイテムが出現した。
瓜二つという設定は、恭子も昔は陽子のような純朴な少女であり、また、いずれ陽子も恭子のように闇と罪を抱えることになる、という暗示に他ならない。大好きだった家族の虚像が崩れ、この物語全体が、陽子の闇になろうとしている。
(第十ニ回につづく)

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