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『人間の証明』[各話解説]第九回

今回のオープニングでは、いよいよ、棟居父の死因となったアメリカ兵によるリンチの場面が描かれる。

ここで襲われる女性が、実は八杉恭子であり、棟居父を殴り殺したGIがニューヨーク市警のケン・シュフタンだった・・・というのが原作のストーリーで、それが森村誠一が言う「ロンド形式」であり、ある意味『人間の証明』という小説の特徴的な要素なのだが、本作では思いきって割愛している。そもそもケン・シュフタンがファックスでの捜査報告でしか登場しない。その分、棟居と恭子を徹底して深く描き、その対決を強調することで、ドラマ版独自のテーマの打ち出しを狙っている。その辺りについては、最終回にあらためて論じることになるだろう。

◾️棟居、母と再会する

典子が勤務先の弁護士事務所を通して調べ出した棟居母の店は、横須賀のアメリカ兵相手の安っぽいバー「ジュゴン」だった。

棟居は、ジュークボックスから流れるジャズの喧騒に腹を立て、アメリカ人客と殴り合いの大乱闘になる。

通報により棟居は所轄署に連行され、捜査本部に問い合わせの電話が入る。

「棟居という刑事はいます。
…何?GIと喧嘩?!」
「あいつ横須賀で何やってるんだ?」

いつも冷静で厳格な表情の那須警部だが、要所要所で、棟居を可愛がっている感じが伝わってくるところが、佐藤慶版那須警部の良いところだ。そんな警部がうまく処理してくれたのか、棟居はすぐに釈放される。

典子「店でお母さん待ってるわ」
棟居「もういいだろう。勘弁してくれ」

典子「あの人、少しケガしたの。(喧嘩を)止めようとして飛び込んだとき」
棟居「店を壊されたくなかったんだろう」
典子「本当にそう思うんなら、私、あなたと一緒になりたいと思いません!」

痛いところを突かれた棟居
考え直した!!

棟居「行こう。すまないが付き合ってくれ」

黙って頷く典子、でCM

棟居・典子がふたたび「ジュゴン」に戻ってから、本作名場面のひとつが展開する。
・・・本来なら、ここに詳細を書きたくない。出来れば展開を知らずに実際に観て欲しい名場面なのだが、現在DVD以外で鑑賞する方法が無いので、書くことにする。

めちゃめちゃに破壊された店内で、あらためて母子の対面をするが、棟居の母への憎悪は収まらない。

棟居「これが俺を見捨てて、闇屋みたいな男と逃げたおふくろだ。ご覧の通り、50を過ぎてるっていうのに、気味の悪い化粧をしている。この人が俺を見捨てて逃げてくれたことを感謝してるよ。以上だ、帰る!」
しかし、さっさと帰ろうとする棟居に、みつこが待ったをかける。

棟居「頼むから、今さらすまなかったとか、悪かったとか、そんなことは言わないでくれ。本当に言って欲しくないんだよ」
みつこ「ああ、言わないよ。だから、少しの間だけ待って。あんたに見せるものがあるんだよ」
 
・・・そしてみつこは、洗面所でメイクを洗い流し、棟居に素顔を晒す。

みつこ「もう尋ねてくれることもないだろうから、あたしの本当の顔を見といて貰おうと思ってね。それだけなんだよ。待たせてすまなかったね」

みつこを演じるのは絵沢萠子。ロマンポルノからシリアス、刑事もの、学園もの、時代劇…と、何でも御座れの名優だ。本作でも名演技…いや、演技を超えた存在感そのもので、スーパー屈折男・棟居の母親を、圧倒的な存在感で演じ切って見事だ。この人以上の適役は考えられない。

確かに、棟居を捨てて情夫と逃げた、けしからん母親ではある。しかしその後、決して穏やかな人生でなかったことが、絵沢萠子の佇まいだけで容易に想像出来るのだ。だからこそ、素顔を晒そうとしたみつこの気持ちを、視聴者は一切の説明なしに感じることが出来る。役者を信じて書かれた脚本を、役者が体当たりで表現する・・・超一流同士の連携が無いと成立しない、極めて優れた場面だ。

返す言葉もない棟居は、逃げるようにバーを出て行くが、残った典子にみつこが聞く。

「どうしてここが分かったの?」
「私、本山法律事務所に勤めてます」
「本山先生の事務所に・・・それで。本山先生、お元気ですか? よろしくお伝えください」

深々と頭を下げるみつこ・・・。
何気ない会話だが、早坂脚本は、こういうところが本当に凄い。
これまでのみつこの場面は、食料調達のために身体を使ったり、キャバレーで接客したり、要は棟居の憎悪の記憶に残る姿ばかりだった。そんなみつこにも、過去に世話になった人への恩(何があったかは不明だが)を忘れない人情はあるのだ。そしてこのちょっとした描写が、後の回の展開に効いてくる。

終電が終わった深夜の横須賀を歩く棟居と典子

典子「私と同い歳だったのね。あなたのお母さんが、焼け跡であなたを抱えていた歳」
棟居「昔は綺麗だった」
・・・
棟居の母親への屈折が少し解けたようだ。
典子「何十年も前だから仕方ないわ」
そして、次に典子がつぶやいた一言が、棟居の推理脳を急速回転させる。
「あなたは西条八十のあの詩と一緒。遠い昔に失くした麦わら帽子を探してるんだわ」

「ジョニーは母親に会いに来たんだ!」

棟居「どうして今までそれに気づかなかったんだ。あいつの顔は純粋な黒人の顔じゃない!」

翌日、棟居は捜査本部で、「霧積」も「ストウハ」と同様、R音を外すと「キスミー」になるという推理を伝え、霧積への出張を願い出る。那須警部はそれを承認するが、「ジョニーの母親を八杉恭子に結びつけるのは空想」であると釘を刺す。

この場面では、ジョニーが生まれた背景が、那須・猿渡の会話で説明される。
猿渡「ジョニーは昭和27年生まれ。朝鮮動乱の頃で、黒人のGIがいっぱい来てましたね」
那須「たくさんのオンリーが居て、混血児が社会問題になった」

オンリーとは「第二次大戦後の一時期、一人の特定の外国人とだけ交渉をもつ売春婦」を指す俗語らしい。この歴史的事実については、次回のオープニングで再度解説される。
・・・ともかく、ジョニーにまつわるさまざまなピースが埋まりつつあった。

◾️霧積を目指す棟居と恭子

恭子は、新聞記事でジョニーが「日本のキスミーへ行く」と言っていたことを知り、激しく動揺する。

霧積温泉に一軒しかない旅館・金湯館に電話で問い合わせると、棟居が宿泊予約を入れているという。(またまた当節ではあり得ないガッツリ個人情報漏洩)

国鉄時刻表を調べ、金湯館もチェック
犯人の動揺する演技が上手すぎる高峰

ちょうどその日、郡陽平が高崎で党大会に出席することになっていた。あたかもその陽平に同伴する体で群馬へ向かう計画を、恭子は瞬時に立てた。

◾️小山田&新見、郡邸電撃訪問

一方、セントフェリス幼稚園の名簿から郡恭平の名前を見つけた小山田と新見は、郡邸を訪問していた。

応接間にあがり、「恭平さんは、熊の縫いぐるみを持っているか?」と聞く。恭平は不在で、たいした収穫は無かったが、ここではむしろ陽子のモノローグに比重が置かれている。小山田は、新見を「文枝の兄です」と説明したが、陽子はすぐに嘘と見抜く。多摩川で目撃した新見と文枝が、とても兄妹には見えなかったからだ。
「なんでこの人たちは嘘をつくんだろう・・・」
これまでにも、両親や兄などに繰り返し発して来たフレーズだ。大人の世界を覗き、少しずつ傷ついていく陽子・・・。

そして、棟居・横渡と八杉恭子は、それぞれ高崎線でキスミー、霧積温泉に向かっていた。


◾️第九回まとめ

母親と再会する棟居。ジョニーの来日理由が、母親に会うためだったという推理。ぬいぐるみ作戦が失敗した恭平が、アメリカ逃亡の費用を恭子にねだる場面。そして、ジョニーの母親は八杉恭子であると確信する棟居。「母」をキーワードに、物語の濃度が急速に高まった回であった。
(第十回へつづく)

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