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『人間の証明』[各話解説]第十二回

今回は、陽子のモノローグから始まる。
「兄ちゃんがアメリカに旅立った。見送るというのに、まるで逃げていくように旅立っていった」

「そして、パパやママの古いフレンドだと言って、うちに泊まっていたダン安川のおじさんが、強制送還になってアメリカに送り返された。国際的な汚職事件に絡まることだと新聞に出ていたけど、私には優しいおじさんだった。そして、私のいちばん知りたいこと、教えてくれた」

放送当時、ダン安川の退場が、やけに寂しかった。どうせ、神出鬼没の立ち回りで戦後の危ない橋を渡って来た人物に違いない。しかし、見るからに胡散臭い人物が、ふと人肌を感じさせることもある。虚飾の家族を描く物語の中に投じられた逆説的キャラクターによって、本作がどれだけ豊かになっただろう。類を見ない独創的なキャラクターで楽しませてくれた早坂暁と戸浦六宏に、感謝。

〈千榮子〉の捜査許可を得た棟居たちは、夜行列車で富山に向かっていた。

同じ頃、陽子も北陸行きの電車に乗っていた。

「生まれて初めて、ひとりで旅に出た」

2つのラインが八杉恭子…杉崎千榮子が生まれた地を目指していた。

その頃、恭平・路子はニューヨークに到着し、珍道中を展開していた。何をするともなく街をさまよう2人のスケッチが、なかなかよく撮れていて楽しめる。
まあ、犯罪者の逃避行なんだが。

八杉恭子の生地は、現在の彼女の華やかさとはかけ離れた、日本海に面した寂しい寒村だった。

とりあえず宿に落ち着く棟居たち。
女中役で鶴間エリが登場する。

昭和のテレビっ子には懐かしいだろう。1970年代には、どこにどう出ていたか思い出せないくらい、やたらと見かける人だった。その鶴間女中さんに、中山種と同年代の祖母がいるという。その婆さんとして、これまた千石規子級のTHE婆さん、牧よし子が登場する。

コタツと一体化する婆さん

牧よし子と言っても、ピンと来ないかもしれない。ウルトラマン世代であれば、怪獣アントラーの回に登場する「バラージの老婆」と言えば思い出すだろうか。黒澤明作品にも何度か出演している。ひと言で言えば「THE婆さん役者」。和服を普段着として着こなし、コタツから首を出し、急須や蜜柑がよく似合う、あのタイプだ。
藤原釜足同様、演技の境界線が全く分からず、どこからどう見ても「本物の婆さん」にしか見えない。
そんな牧よし子演じる老婆が、なんと中山種の大親友で、生前に交わした手紙を綺麗に保存していた。
案の定、昭和24年消印の手紙に、杉崎千榮子と黒人が金湯館に宿泊したことが記載されていた。

老婆から杉崎家の場所を聞いた棟居は、廃屋同然となった千榮子の生家を訪れる。

ここで、これまで登場人物のオリジナル交差が常時勃発してきた本作において、最も危険な交差が発生する。

千榮子の生家には先客があった。
地元民らしい男性が、真っ赤なコートの女性と話している。

「そうですか、千榮子さんのお嬢さんですか」
(・・・??)
(・・・!!)

・・・さて。
ここからしばらくは、重要な場面のセリフを、ほぼ忠実に書き起こしていく。最終回目前、最も交差電圧の高い組み合わせの接触とあって、早坂脚本の描き込みが凄まじいのだ。〈オカリナさん〉と〈多摩川の少女〉が、〈八杉恭子を追う刑事〉〈八杉恭子の娘〉という属性に反転したことで、会話が往復するたびに、ふたりの感情ゲージが激しく揺れ動く。その様子を端的にまとめることは、私の文章力では不可能だ。
また、現在、本作の視聴機会はセルDVDに限られ、シナリオ集も出ていないので、その一端を味わっていただく目的もある。
それでは、先程の続きから。

陽子「オカリナさん・・・どうしてこんなとこに?」
棟居「知らなかった。そうか、キミは八杉恭子の・・・八杉恭子さんの娘さんだったのか・・・」
陽子「どうしてそんなこと知ってるの?」
棟居「今、男の人が話してたじゃないか」
陽子「今の人、八杉恭子だなんて言ってないわ。千榮子の娘さんだとしか言ってないわ」
棟居「そうだったかな・・・」
陽子「どうしてママの本当の名前が千榮子だって知ってるの?」
棟居「いや、ちょっと、八杉恭子さんのことで調べることがあってね。キミのお母さんは有名人だから」
陽子「じゃあ、オカリナさん、雑誌かなんかの人?」
棟居「え?・・・ああ」
陽子「そう。オカリナさん、雑誌の人だったの」

とりあえずその場を凌いだ棟居だったが、その偽装は1分も持たなかった。猿渡が連れて来た巡査が、棟居の必死の取り繕いを一瞬で台無しにする。

巡査「いやー、この村に東京の警視庁の方が
見えられるのは初めてです!^_^」

ガーン!!(効果音)

「・・・刑事さん?」
「なんで嘘つくのよ!!」

オカリナさんまで嘘をつくなんて・・・。
ここのところ、嘘をつく大人たちばかり見てきた陽子は、棟居にまで裏切られたことに、怒りとともに悲しさも感じただろう。
陽子は廃屋から走り去ってしまう。
追いかける棟居。
場面は海岸へ移る。

陽子「ママの何を調べてるんです。教えてください」
棟居「僕はこれから刑事として、キミのお母さん、いや、八杉恭子さんについて知ってるだけのことを話す。もし聞きたくなかったら、いつでも言ってくれ」

棟居は、警察手帳のメモを片手に、八杉恭子の経歴を語り始める。その多くは、牧よし子婆さんから聞いたものだろう。

棟居「あなたのお母さんは、本名杉崎千榮子。大正14年、今見たところで生まれた。富山の女学校を出て、東京の女子大に入学した。入学した年は昭和20年。東京は空襲で焼け野原だ。おそらく、勉強よりも軍需品を作る毎日だったと思う。その年終戦。杉崎千榮子は、そのまま大学を続けるため、東京に戻った。両親は反対して、帰って来るように勧めたらしい。地主だった杉崎家は、農地改革で大半の田を取り上げられ、ただの自作農になり、娘を大学にやる力を失くしてしまった。それでも杉崎千榮子は、自分が働いてでも大学に行くと、両親の反対を振り切って東京に戻った。そして間もなく、東京で杉崎千榮子の身に何かがあった」
陽子「何か?」
棟居「何かだ。若い娘の人生観を変えるような何かだ」

第1回のオープニングの場面がインサートされる

棟居「・・・杉崎千榮子は大学を辞めた。翌年、杉崎千榮子はアメリカ兵と一緒になる」
陽子「ママが?」
棟居「駐留軍のアメリカ兵、ウィルシャー・ヘイワードと一緒になる」

横渡「スエさん!」
棟居「いいんだ、これは事実なんだ」
横渡「事実だとしても、キミがこの子に伝えるのは越権だよ!」
棟居「越権かもしれんが、おれは事実を伝える。いずれ近いうち、この子は事実を知るだろう。何もかもいっぺんに押し寄せたら、この子は押し潰されてしまう。だからおれは今、話せるだけのことは話す」
横渡「お嬢ちゃん、彼が言ってることは、まだ事実かどうか分からないんです」
棟居「いや、事実だ。事実でなかったら、おれは刑事を辞める!」
横渡「キミが刑事を辞めるだけで済むか!」
陽子「話してください・・・」
棟居「・・・当時、アメリカ兵と結婚することは、田舎の年寄りたちには、天地がひっくり返ることだっただろう。両親は杉崎千榮子を娘として認めない。以後、国に帰って来るなと言ったそうだ。それ以降、千榮子は国へ帰っていない。いや、一度帰ったが、両親は家へは入れなかったそうだ。両親は15年前に死んだ。家はあの通りになった。昭和24年、アメリカ兵ヘイワードは帰国するが、杉崎千榮子・・・キミのママは日本に残った」
陽子「どうして?」
棟居「分からない。おそらくキミのママは、ヘイワードの正式の妻じゃなかったからだろう。アメリカ軍人は、正式の妻じゃない日本人女性を本国へ連れて帰ることは出来なかった」
陽子「どうして正式じゃないの?」
棟居「それは、こっちの両親が反対したからだろう。今のように、自由に結婚出来て、戸籍を独立することが出来なかった時代だ。日本にひとり残った杉崎千榮子は、3年後、郡陽平と結婚する。その間に、杉崎千榮子の名を捨て、八杉恭子となっている。それ以後のことは、キミの方がよく知っている」

陽子「ねえ、どうしてママは隠してたの? ねえ、どうして?・・・あなたの言ってることなんか嘘よ!」
陽子、棟居に千榮子の写真を見せる。
陽子「この人が何かしたんですか? 今までの話が、刑事さんに調べられるような悪いことなんですか? ママが何やったの?教えて!」
棟居「今はそれだけだ。今まで話した以上のことは、僕は知らない」
陽子「嘘!!」

八杉恭子についてこれ以上語れない棟居は、矛先を変えて、先日再開した母親のエピソードを語り始める。母親との再会のとき、実はどんな心境だったのかが分かる語りである。
棟居「いつか人は、人間の素顔を見るときがきっと来る。僕もね、このあいだ、自分の母親の素顔を見た。二十何年ぶりにね。僕が6つのとき、僕を捨てた母親だ。それ以来、ずっと憎み続けて来た母親だ。その母親の素顔を二十何年ぶりに見た。いや、見せられた。皺があって目元がたるんで、少しも綺麗な顔じゃなかった。どちらかというと醜い顔だったね。でもね、母親の素顔を見て、僕はホッとした。苦労した酷い顔だったので、憎む気持ちは消えてしまった。全部じゃないがね。でもホッとした。憎むっていうのは重いね。今まではとても重かった」

その頃、東京では、羽田空港でジョニーが電話番号を調べて貰っていた女性が見つかっていた。
女性は、そのとき電話帳で調べた名前が有名人だったので、ハッキリと覚えているという。

「八杉恭子です」


北陸から帰還する棟居を、典子が上野駅で待ち受けていた。みつこの現在の夫・塩川も一緒だった。

望遠・ワンカットのカメラワークが秀逸

塩川「本人は絶対に口に出さないんですが、あなたに会いたいのが、よく分かるんです。もう一度、会ってくれませんか」
棟居「今日明日で死ぬ状態ですか」
塩川「今日明日というのでなければ、会ってくれませんか」
棟居「今日明日を争う仕事があります。じゃあ」
足早に去る棟居。
塩川「今日明日と言った方が良かったかな・・・」
典子「そうなんですか?」

ダン安川が絡む汚職事件の捜査は郡陽平にも及び、郡邸前には新聞記者が押しかけていた。恭平に会おうと郡邸を訪れた文枝捜索隊は、陽平を張っている新聞記者から、恭平たちがニューヨークに高飛びしたという情報を得る。

新見「逃しやしませんよッ!!」

「すぐに捕まえないと、何処に逃げるか分からない」
新見は、翌日にもアメリカに発つことを即決し、謎の早さで、恭平が泊まるホテルまで突きとめた。新日本技研の仕事のことなど全く気にせず、恭平捕獲に全力で取り組む新見であった。

上野駅で棟居と別れた陽子。
いろいろあっても、今の陽子が帰る場所は、恭子のいる自分の家しかなかった。

「もう二度と、ひとりでは旅しない。
ひとりでの旅は、恐ろしい夢ばかり見ます」

■第十ニ回まとめ

恭子、恭平、陽平にそれぞれ王手が掛かった。それらのことが、結果的に陽子への王手でもある。棟居にも母親の「今日明日問題」の最後の一手が待ち受けている。
ドラマ『人間の証明』、いよいよ最終回へ。

コラム【メランコリック岸本加世子】
物語が終盤を迎える中、岸本加世子の個性が最大限に発揮された回だった。岸本の陽子は、眼の演技と特徴的な声だけで、感情やリアクションを表現してしまう。目立ったジェスチャーをほとんどしていないのだ。棒のように立っているか、ソファに座っているか、窓から覗いているか、ベッドに寝ているか。長いセリフのやり取りなども、ほとんど無かった。数えていないが、会話セリフよりもモノローグの方が多いのではないか。富山での長めの会話も、短いセリフが多かった。それでも、陽子の揺らぎがハッキリと分ってしまう。
そう言えば、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『HANA-BI』では、娘をなくして話せなくなった役を演じていたし、『となりのシムラ』で志村けんと共演した無言コントも完成度が高かった。
一方、『ムー一族』で樹木希林と声を張り上げて喧嘩したり、『男はつらいよ 寅次郎紙風船』では、元気あふれるキャラクターで寅次郎を困惑させたりするが、そんな明るい岸本をイメージする人は多いのではないか。映画『秘密』でも、冒頭で事故死してしまうにも関わらず、爽やかな明るさが鮮烈な印象を残し、助演女優賞を受賞している。そういう意味では、メランコリックな岸本をたっぷり見れる本作は、貴重な作品かもしれない。
最近『徹子の部屋』に出演しているのを見たが、還暦を迎えてもデビュー当時の基本イメージを失わない、いつもの岸本加世子だった。

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