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【同人誌「SWEET HONEY」試読②】「妖精王の贈りもの」(「薔薇と接吻」シリーズ番外編)

同人誌『SWEET HONEY』の試し読みです。
商業作品「薔薇と接吻」シリーズ(ルチル文庫)の番外編です。

◇あらすじ
〈グラ〉の妖精王からの贈りものが届いた。贈りものは律也と櫂とアニーにそれぞれ一つずつ。一番重い箱である櫂への贈りものの中身が気になる律也だったが……。


「妖精王の贈りもの」

 
 律也の家の庭にはつねに薔薇が咲き誇っている。
〈浄化者〉の能力のせいで、冬でも枯れずにくりかえし咲くようになってしまった薔薇の芳香が冷たい風とともに辺り一面に漂っていた。
 比較的高い塀があるおかげで覗き込みでもしない限り周囲にはわからないが、もし庭を見るものがいたら、摩訶不思議な光景に目を瞠ることだろう。
 春が近いとはいえ、まだ寒空の下、律也は白い息を吐きながら庭で薔薇の手入れをしていた。
 花木律也は去年の二十歳の誕生日を機に、幼い頃からの想いびとである国枝櫂の伴侶となった。櫂は夜の種族――ヴァンパイアの貴種だ。そして律也自身も〈浄化者〉で、夜の種族たちにとって大きな力をもつ。
 祖母方の外国の血のおかげで色素の薄い髪や瞳をもつ王子様系の容姿ではあるが、本人の性格には残念ながら外見から連想されるような華やかな要素はほとんどない。
 櫂の伴侶になったものの、律也はまだ大学生であり、作家としてヴァンパイアを題材にした小説を執筆したりもしている。
 いまも主に人界で暮らしているため、夜の種族たちが住んでいる世界の城に居住している櫂とはつねに一緒にいるわけではない。
 年をとらない律也もいずれはこの土地から離れなくてはならないときがくる。それまでのあいだは父が残してくれた家で過ごそうと決めていた。それに、この家には律也が子供のころには櫂が一時期住んでいたこともあって思い出も詰まっている。
 園芸は得意ではないが、庭の薔薇は律也がいるだけで綺麗に咲いてくれるので、父がいたころと同じように水や基本的な肥料を与えるようにはしていた。
 土いじりもたまにはいいものだなと思いながら作業にいそしんでいると、ふと薔薇の根元に小さな影が見えた。
 律也が身を屈めて覗き込むと、手のひらサイズの妖精がはにかむように笑いながらこちらを見上げていた。
 その容貌は愛らしく、背中に透き通った綺麗な羽根が生えている。表情豊かな顔つきから、こちらの世界の妖精ではなく、異世界からの来訪者だとわかる。人間世界に存在する妖精はめったに人前に姿を現さないし、遭遇しても人間などに笑いかけてくれることは皆無に近いからだ。
「……アニー? 庭にすぐきてくれ」
 律也には妖精の言葉がわからないので、通訳ができるアニーを呼ぶ。庭から叫んでも、窓を閉め切った家のなかには声は届かないはずだが、そこはさすが人外――子狼の姿をしたアニーはすぐに家から出てきて駆け寄ってきた。
 アニーは語り部の石の精霊であり、人型のときは美貌の赤毛の青年になるが、通常時は小狼の姿でいる。本人は偉大な精霊だと主張しているが、正直その行動や性格は完全にひとに慣れたペットそのものなりつつあった。
『どうした? 律也、敵が来襲したか』
「違う。妖精がいる。〈グラ〉の子じゃないかな。この愛想のいい感じ」
 律也とアニーが話しているあいだに、わらわらと庭のあちらこちらに隠れていたらしい妖精たちが姿を現した。全部十人ほどが律也の前に整列し、にこやかに礼をして挨拶をする。
『ふむ……〈グラ〉の妖精だな。妖精王からのお使いで、贈りものをもってきたといっている。卵に再び息吹を与えてくれたことのお礼だそうだ』
「贈りもの?」
 その刹那、妖精たちの頭上の空中が割れて四角い窓のようなものが現れ、そこから冷たい空気を押し流す暖かい春めいた風が吹いてきた。リボンをかけた白い箱がふわふわと三つ飛んできて、律也の足もとにすとんと落ちる。
『ひとつは〈浄化者〉の律也に。もうひとつは偉大なる精霊のアニーに。残りのひとつは白い翼のヴァンパイアの長の櫂に。あなたたちが必要としているものを選んだつもりだ。どうかひとときの楽しみを――とのことだ』
「わざわざご丁寧に……アニー、『ありがとうございます。妖精王によろしくお伝えください』とお礼をいってくれ」
『うむ。小さきものどもよ、ご苦労であった。気遣いに感謝するとおまえらの王に伝えるがいい』
 だいぶ尊大な意訳をされたものの、妖精たちはほがらかに「とんでもありません」というように再度こうべをたれた。そして一斉にふわりと飛び上がり、あたたかい風が流れ込んできた四角い窓を目指して踊るようにくるくると回転して吸い込まれるように消えていく。
 妖精たちが去ったあと、空中に出現していた窓も消えた。
 あっという間の出来事だった。夢だったのかと頬をつねりたくなったが、贈りものの箱が三つ残されたことが現実だと知らせていた。
 ふわふわ飛んできたので軽いのかと思いきや、持ち上げるとかなりの重量がある。アニー宛の箱が一番軽く、櫂宛のものがもっとも重かった。
「なんだろう。贈りものって……もらってしまっていいのだろうか」
『気にするな。「ひとときの楽しみを」といっていたから、こちらに負担になるような高価なものでもあるまい。〈グラ〉だし、食べものではないのか』
 アニーは確信に満ちた様子で子狼のつぶらな瞳を光らせた。
 はたして食いしん坊の予測は当たっていた。
 贈りものの箱を家のなかに運び込んで開けてみたところ、律也宛の箱にはハムやソーセージなどの肉の加工食品、アニー宛の箱にはナッツやドライフルーツをふんだんに使った焼き菓子などが大量に詰め込まれていた。
 メッセージカードがつけられており、肉類は妖精の秘伝のスパイスをきかせた特製品、菓子も妖精の秘蔵の蜂蜜を贅沢に使用しており、〈グラ〉でも滅多に市場には出回らないものだと説明があった。
『ほらな。思ったとおりだ。しかし妖精王のわりにセコイな。金銀財宝や、〈妖精の涙〉といわれる七色に光る宝石なんぞをくれてもかまわんのに』
「あまり高価なものをもらっても返礼に困るよ。これだって妖精所縁の品なんだから貴重品だ。お礼を考えなくちゃいけないけど、なにがいいんだろう」
『人界のものなんて、やつらには価値もなかろう。国枝櫂に相談したほうがいいのではないか』
「そうだな。櫂も贈りものをもらっているわけだし……」
 本人がいないから櫂宛の箱は開けるわけにはいかない。
 律也とアニーは居間のテーブルの上に残された贈りものの箱を同時に振り返って眺めた。無言で白い箱を見つめているうちに、互いに考えていることが伝わってくるような奇妙な連帯感があった。
『あれの中身はなんなんだろうな。一番重かっただろう。やはり白い翼をもつ長ということで、俺たちより良いものをもらっているのではないか。俺たちには食いものだが、さすがに氏族の長にはそんなものは贈らないよな』
「アニー。ほかの贈りものについて推測するのは無粋だよ。自分がもらったものに感謝しないと」
『しかし差をつけられているとしたら癪ではないか。もしかしたらあっちには金銀財宝が詰まっているのかもしれないぞ。中身だけちらっと見て、また蓋をしてリボンをかけておけば、箱を開けたとわからないだろう』
「…………」
 実は中身が気になっているのは律也も同じで、アニーの提案に賛同したいと思わなくもなかった。とはいえ、送り主は妖精王だし、仮にも自分は〈浄化者〉であり、氏族の長の伴侶という立場があるため、かろうじて理性が優勢を保った。
「ひとの贈りものを勝手に開けるなんて行動はいかがなものだろう。ましてや偉大な精霊がして許されるのだろうか。いや、俺はそうは思わない」
『なにをひとりでいい子ぶっているのだ。棒読みのように感情のこもらぬ声でいいおって。貴様だって開けてみたいと思ってるくせに。綺麗ごとをいっても、おまえのうずうずした感情の波動が伝わってきてるからな。精霊にごまかしはきかないぞ』
 痛いところを突かれたものの、律也は悟りの境地に達した振りを貫いた。
「頭のなかで考えるだけなら罪じゃない」
『ほーら、見ろ。ほんとは開けたいんだろう。なんで奴の箱だけ重たいと思う? 不公平ではないか。よし、俺がはしゃいで走り回って箱を蹴飛ばして、蓋が外れてしまったことにしよう。それで中身が見えただけだ。無邪気な子狼による遊びの最中でのハプニングだ。誰も悪くはない』
「やめてくれ。通販で届いた商品じゃないんだぞ。妖精王からの贈りものだ。そんな不遜な真似が許されるわけないだろう」
 アニーがテーブルの上に飛び乗るのを、あわてて律也が抱きかかえて止めたときだった。
 物騒な赤いオーラを身にまとい、居間の空間を切り裂くようにしてレイが現れた。外見こそ律也よりも年下に見える美しい少年だが、ヴァンパイアとして上位の彼は律也の護衛兼お目付け役だ。
 レイは冷めた目つきで律也と一匹を一瞥すると、テーブルの上の贈りものの箱をすっと手にとった。
「これはわたしが預かります。妖精王から贈られた、櫂様宛の箱で間違いないのですよね」
 一言一言ゆっくり確認するように問われて、律也は「はい……」と小さく頷いた。腕のなかのアニーが吠える。
『ずるいぞ。おまえも中身が気になって、あとでこっそり見る気だろう』
「わたしが? 櫂様への贈りものを勝手に開けるとでも?」
 レイはヴァンパイアらしい冷ややかな美貌にふっと馬鹿にしたような笑いを浮かべた。そして、いきなり形相を一変させ、アニーに向かって牙をむきだしにした。
「しつけのなっていない石の精霊ごときが。獣の姿ゆえ衝動的な欲望が抑えられないとは哀れな……!」
 子どもが見たら十中八九泣きだしそうなホラー映画も真っ青の迫力で叱責されて、アニーは「ううう」と唸りながらも、律也にしがみついておとなしくなった。
 子どもや動物にほだされない者は少なく、その最強の二属性を備えた子狼姿のアニーには誰もが甘くなるのだが、レイにはそれが通用しない。


◇ここまでお読みいただき、ありがとうごいました。続きは同人誌「SWEET HONEY」でお楽しみください。

2025年3月23日のJ庭、5月11日の文学フリマ東京に参加予定です。
「SWEET HONEY」も持っていきます。

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