レイニー・ドライブ。
甲斐バンド関連の本は面白い。甲斐よしひろさんのトークも間違いなく面白い。
甲斐よしひろさんの「サウンド・ストリート」を熱心に聴いたのは中学生だった頃からですね。
シングル「HERO」がヒットしたのは中学に入る頃だったかな。
中学に入ってから好きだったのはオフコースでしたから、甲斐バンドはそんなに好きじゃなかったけど、「サウンド・ストリート」はよく聴いてました。なぜかというと、他の曜日より日本のロック、ポップスが流れる回数が圧倒的に多かったからでしたね。
印象に残っているのは甲斐バンドの曲しか流さずに番組の後半か最後に「(ベースの)長岡(和弘さん)が抜ける」と呟くように話したことです。その後か前に「最後の夜汽車」を流したような記憶があります。
・田家秀樹「ポップコーンをほおばって」(角川文庫)
甲斐バンドのデビュー前から1986年の解散までのエピソードを綴ったヒストリー本。
甲斐バンドはその後も数多くヒット曲を発表するバンドとなったわけですが、高校に入ると新宿の今はビル街になった辺りで野外ライヴを開催し、それが放送されたのを見て、すごいことやっているなーと思った私です。
甲斐バンドはドラマの主題歌「漂泊者(アウトロー)」やCM曲(「ビューティフル・エネルギー」や「シーズン」など)に「安奈」というヒット曲にはあまりピンとこなかったんですが、その野外ライヴ「THE BIG GIG」はインパクトありましたね。ちなみにその頃の私はムーンライダーズに夢中でした。
ムーンライダーズがよく載っていた雑誌「ミュージック・ステディ」でも甲斐バンドが取り上げられるようになったのもその時期(1983年秋頃から)です。
なんだかんだで大学に入ると、甲斐バンドが解散するニュースがありまして、大学で仲良くなったMくんからディスクガレージの会員「MUSIC PARTY」に入ったことを知らされ、甲斐バンドの話をしました。
彼から「ムーンライダーズ」のライヴの優先予約のハガキを見せてもらって、予約したら最前列だったということもありましたね。
・「BEATNIK 1981-1986」(音楽専科社)
甲斐バンドのファンクラブの会報を再編集して単行本化したもの。
それからしばらくして、あるレコード屋さんに行くようになった私に友達ができました。昨日の記事で名前を出した大ちゃんです。
大ちゃんはエキスプレス・レーベルのアーティストの作品や、知り合った頃はPANTAさんや頭脳警察、ルースターズに泉谷しげるさんの作品を集めていたのかな。谷村有美さんとかもか。
ザ・モッズや矢沢永吉さんはもう少し後のはず。
・石田伸也「嵐の季節」(ぴあ)
甲斐バンドの色々なエピソードをまとめた本。ディスコグラフィーなど詳しく書かれているので、資料的意味は高い。
大ちゃんから甲斐バンドの本やCDについて、勿論他のバンドについても色々と教えてもらったんですよね。ホントに感謝してます。
特に「BEATNIK 1981-86」に早川義夫さんインタビューが載っていることを教えてもらったのも、そうだったはず。
水道橋博士のツイキャスを見ていて、博士の甲斐バンドに対する思い入れを聞いて、甲斐バンドについて書いてみようと思いました。
ちょっとまとめてみると、甲斐バンドの功績はそれまでロックバンドがライヴをやらなかった会場(花園ラグビー場や両国国技館など)で、初めてライヴをやったこと。
ボブ・クリアマウンテンにエンジニアを依頼して実現したこと。
バンドのメンバー以上に楽曲にフィットするミュージシャンがいたら、それを優先してそれを隠さなかったこと辺りでしょうか。
それに楽曲のいくつかは日本のロックのスタンダード・ナンバーとなったことも大きいですね。
そういった部分ではもっと評価されるべきだと思ってます。そんな感じです。
ではまたー。
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