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【AOTY2020アドベントカレンダー Day17】 羊文学 「POWERS」

"青春時代が終われば私たち、生きてる意味がないわ"と歌っていた前作からおよそ2年半後、新しいアルバムの表題曲で"未来は変わるかもね"とそっと背中を押す。若者たちは大人になり"このバンドで生きていく"という覚悟をもってメジャーデビューを果たした。前作で早耳のリスナーの心を掴んだ、歪んだギターが轟くオルタナティブロックを土台にしながらも、より沢山の人々へ自分たちの音楽を届けようという姿勢を感じる多彩な楽曲が揃い、メジャーデビューアルバムという肩書きに相応しい1枚になったと感じる。

前作で感じた若者ゆえの儚さや脆さとは真逆に位置するような、凛とした力強さを感じる楽曲も多い。昨年のEP「きらめき」で見せた、ガーリーでパワフルに躍動するアンサンブルは「Girls」や「変身」という楽曲へと引き継がれている。特に「変身」の1サビの"わたしだけが一番可愛くなきゃやだ"という歌詞には、まさしくその変わりぶりに驚かされた。

自分が惹かれたのは、今作にも収録されている2018年のヒット曲「1999」や年明けにリリースされたEP「ざわめき」を経て築き上げてきた"祈り"のような世界観の楽曲たち。ボーカルの塩塚モエカは今作について"お守りのような作品になって欲しい"と話しているように、どこか遠くで見守っているようでいて、この手で大切に持っておきたい身近さが同居している。この絶妙な距離感から放たれる歌と言葉と演奏がとても心地よく、何処にも行けないのに心は落ち着かない日々の中で何だか救われた気分になるのだ。

特に、メジャーデビューシングルとして先行リリースされた「砂漠のきみへ」は今年の楽曲の中でトップクラスに素晴らしい。

「迷っている君の背中を押すべきかもしれないけど、その言葉は飲み込んで君が自由に羽ばたくまで見守っているよ、それしか出来ずにごめんね」

自分なりに歌詞を要約してみたのだが、諦めのようにも聴こえるし、相手を縛らない優しさにも聴こえる。人に干渉し過ぎないこの絶妙な距離感って大切だよなととてもシンパシーを感じた。グッと音数を絞った演奏にじんわりと広がるコーラスも曲のメッセージと共鳴しているし、アウトロで満を辞して掻き鳴らされるギターの音色はまさに乾いた心を潤すように滲み入る。

リードトラック「あいまいでいいよ」はロマンチックなメロディで恋人たちの姿を描いたナンバーだが、お互いに気が知れないこと1つや2つぐらい抱えて曖昧にしておいて良いよと、ここでもまた距離感を肯定するような内容を歌う。

すべてを"分かり合える"に染めてしまうよりも"分かり合えない"をお互いに持っていても許し合える方が愛の形として素敵なのではないか。分かり合えなかったり、救い出せるか分からないからこそ、塩塚モエカの歌声は祈りのように、無償の愛のように響く。

そんな彼女の感性に触れて思い出したのは"思想や言葉 傷の場所も違うけど お前が好きさ"と歌った唯一のレーベルメイトの存在だったりもした。広大な海や砂漠を舞台に歌うアーティスト同士、惹かれるのは必然だったのかもしれない。

広く開けたメジャーデビュー作らしい仕上がりながら、インディーズ時代からの羊文学らしいダウナーなシューゲイザーがアルバムの最初と最後を担っているのも良い。冒頭の「mother」はフワフワと揺らめく歌声と力強いビートが海のように母のように大らかに包み込み、最後の「ghost」では見えない存在にまで届くように力強い歌声と歪んだギターを響かせる。

と、ここまで書いてきたように、文字通りパワフルなナンバーもあるが、個人的には曖昧さや揺らぎを描いた楽曲の中に大切な感触が沢山込められているように感じた作品だった(塩塚が参加したアジカンの楽曲が「触れたい 確かめたい」だったのもとても納得がいく)。まだまだリリースから日が浅いので、お守りのような神秘的なパワースポットのような作品として今後も聴き続けていきたい。

12/1〜12/25にかけて2020年のベストアルバムを毎日1枚ずつ発表していきます。

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