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スタジアムの中心で愛を誓って
どこかで言葉に残そう、と思い続けているうちに次のシーズンが開幕してしまった。
2023年、あっという間に駆け抜けてしまって振り返る暇もなかった。
私がいま立っていられるのはサッカーがあるからだと、噛み締めるように毎年言葉をつづっている。
松本山雅FCが私を社会へ繋ぎとめて、明るい方向へと道をひらいてくれた。
勝手に依存して、勝手に助かって、勝手に感謝しているだけなのだが、それは私が人生を生きる意味になっている。
山雅サポを始めてもうすぐ7年になる。
恋に落ちたあの日から、熱病のような日々を通り過ぎ、どん底の日々を抜けて。サッカーを観る姿勢もずいぶん変化した。
身を焦がすような情熱が冷めても、疲れないようにぬるく通い続けることも「愛」のあり方だと分かるようになった。
嫌いにならないように距離をとる。受け入れられないことは受け流す。
人間の恋人へのそれと同じこと。好きでい続けるために「期待を捨てること」は案外大切で、でもそこへたどり着くのに6回ほどシーズンを数えた。
そうして迎えた2024年、3月9日。ホーム開幕戦をすっかり忘れて仕事を入れてしまった。
朝から一日がかりのつもりが、午前中で現場は引き上げになった。今日中に在宅作業を片付けてしまおう、と意気込んで帰宅した。
なのに気がつけば、ユニフォームに着替えて大芝生へ車を飛ばしていた。
チャントを大音量で流せば、身体が勝手にウォーミングアップをはじめる。
鼻歌が大声になり、気付けば覚えてしまった太鼓の拍子をとり、心は一足先にゴール裏に到着している。
愛をー込ーめーて叫ーぶ、山雅ーが好きーだから。
頬がゆるんでいることを自覚した瞬間は気恥ずかしいものだ。
ひとりでニヤニヤして、なんて幸せそうな顔してるんだ私は。
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ここへ来るといつも武者震いがする。コンコースから観客席へのゲートをくぐる瞬間、世界がぱぁっと明るくなる。
うれしくて、ワクワクして、なんだか涙が出そうになって、心が震える。鼻の奥にツンと染みて肺に届く空気が、とても澄んでいる。
結局は楽しみでしかたがないし、好きで好きでたまらない。
たまに来ればいいやって思ったんだけどなぁ。
今年も毎回来ちゃうんだろうな。
今季も開幕白星が光って、うれしいような、喜んでいる場合ではないような、複雑な気持ちで春を迎えた。
勝てるのが当たり前、という驕りはまだ拭い去れない。
私が惚れたばかりの頃の山雅は、開幕戦に勝てないことがジンクスだったように思う。
ちっとも勝てなくて、見ているのが苦しくて、泥臭くて諦めが悪くて、そんなところが愛おしかった。
かっこ悪いところがかっこよくて、大好きだった。それは一度、跡形もないほど崩れ去り、目を背けたくなる惨めさを経て、また新しく生まれ変わろうとしている。
誰のせいでもなかったと思う。きっと誰もが少しずつ悪くて、そこへ悪いほうに風が吹いただけだった。
それでも心折れずに立っている。
手に届く距離にあるもの、目に見える景色の全てが変わって、それまでとは別人のような日々を過ごしている。
数年前、生きている理由を失った。
しかし死に損なった。
覚えているのは灰色の空。
実家の田んぼで籾殻を焼きながら(今にもフラっと死にそうな私に母が役割をくれた)、ぼんやり見上げた空には色がなかった。
澄み切った冬晴れだったはずなのに、色も、音も、煙の匂いも思い出せない。
まぶたを伏せたときに浮かぶのは、アルウィンのゴール裏から見た空だった。
J2優勝を決めた日の、吸い込まれそうなほど真っ青な空が、目を閉じればいつも鮮やかに広がっていた。
もう死んでもいいと思っているくせに、その景色に心惹かれるのはどうしてだろう。
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どんなに劣勢でも、意地でも最後まであきらめない。そんな姿に胸を焦がしていた。
あそこに戻りたい。また笑いたい。苦しくたって、つらくたって、いつかまた立って歌いたい。それが大好きだった私に戻りたい。
だから、山雅の試合を毎週観ることにした。
本当はあきらめたくなかった。死にたいなんて嘘で、ただ何もかも無くしてしまった現実がつらかっただけだ。
もうだめだよ。がんばれないよ。でも、生きていればそんな日々もある。
長い人生だ。人はそう簡単に死ねない。
生きていれば、どんなにカテゴリを落としたってサッカーはできる。諦めなければ、ずっとずっと先の未来でまたJ1に辿り着くかもしれない。そんな夢を見るのは自由で、顔を上げればいつだって頂に続く道はある。
でも、死んだらそこで終わりだ。
いずれ必ず死ぬんだ。なら擦り切れて壊れるまで、運命で強制終了になるまで、自分から終わりにはしない。
コロナ禍で何もかも変わって、苦しんで足掻きながらどん底へと転がり落ちていく山雅。感情の抜け落ちた頭で、自分と重ねるように見ては、色のない空を眺めていた。
「いずれまた」を信じているなら、私だって顔をあげなきゃ嘘だろう。
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苦しみのほうが多い。本気で涙をこぼして、マジになっちゃって馬鹿らしいと自嘲する日も少なくない。
それでも、いつだって全力で叫んだ。「今日は見ているだけでいいや」と思って行ったはずが、気付けば腹の底から歌っている。
たぶん私は、適当に生きることができない。
ちょうどいい塩梅が分からずに、いつも全力でぶつかっては怪我をして、「馬鹿じゃないのか」と呆れられてきた。
不器用で、何事も妥協できなくて、「意識高すぎて疲れる」なんて言われて、クソ真面目すぎて煙たがられることばかり。
一生懸命やればやるほど馴染めなくて、どこへ行っても泣いた。
それはちっとも恥ずかしいことじゃなかったと、今は胸を張って言える。
嫌われてばかりの私を、山雅のサポーターは肯定してくれた。
全力を出せば出すほどいいと言ってくれた。暑苦しく、声高らかに「好きだ!」と叫ぶほどに、親しくしてくれる人が増えていった。
山雅だけじゃない。日本各地のサポーターが、私のつたない文章を読んで共感の言葉をくれた。
あなたみたいに全力になりたい!そんなに夢中になれるなんて、素敵!
その言葉でどれほど心が救われたことだろう。自分を恥じてばかりだった私が、ピッチで衆目を集める結婚式をやるなんて想像もしなかった。
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松本山雅FCを愛している。
愛するあまり、最愛の人との愛をピッチで誓ってしまった。
私がこんなに幸せなのも、この人とここで暮らしていけるのも、山雅に恋したおかげなのだ。
一生かけて、まだまだ幸せになりたい。まだまだ見たことのない景色がたくさんある。
私の人生はいつも、山雅がないと始まらない。
山雅を観るために、そんな私のために故郷を出て来てくれた夫とともに、ずっと顔を上げて歩いていくんだ。
そんな決意を伝えたくて、助けてくれた人たちに報告したくて、
覚悟を持ってこの先の人生を歩みたくて、ここで愛を誓うと決めた。
あなたたちがいてくれたから、私はこんなに幸せになりました。
勝手に救われただけだけれど、顔を上げたのは私自身だけれど、それでも山雅がなかったら、私はあそこで命を終えていたのかもしれなかった。
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何者でもない、ちっぽけな1人の人生だ。でも、そんな1人が10000も20000も集まって、山雅を支え、そして支えられてきたから今がある。
「山雅の流儀」って、たぶんそういうことだと思っている。
何の立場も肩書きもない、ただのいちサポーターに過ぎない私が、今度はあなたたちに根性を示す番だと思っている。
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苦しくたって死ぬまで生きてやる。
どんなに苦しくても諦めない。最後まで下を向かない。
それはかつてのあなたたちが教えてくれたことだった。
どんなに負けたって、どんなに情けない姿を見たって、私はサポーターを辞めない。
ただの名もなき1人として、山雅に恩を返し続ける。
夫への生涯の愛とともに、そう誓った。
敬愛してやまない田中隼磨さんの前で、山雅とともに幸福な景色を見ると誓った。
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あの日に隼磨さんからもらった花束はドライフラワーにして、今も飾っている。
思い出は色あせたって飾っておける。
私たちは、隼磨さんに直接祝福してもらえた最初で最後の新郎新婦になってしまった。
「田中隼磨を去らせたクラブである」という意味をよく考えながら、サポーターとしての姿勢を正したいと思っている。
山雅か私かどちらかが運命によって終わるまで、顔を上げ続ける。
2024年3月9日。スコアは1-1。
今年もまた波乱の日々が始まる。
見上げた空は西日が陰り、どこまでも澄んでいる。
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[了.]
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