「おいしさ」の大半は「匂い」で決まるという真実(後編)
さて前編では人間が物を食べて感じる味は、味と匂いの情報を脳内で統合させたものであり、「おいしい」と感じる要素は、舌で感じる味よりも匂いのほうが重要であると書きました。
今回は、そのようなメカニズムは人間だけが持つ特殊なものである、というお話です。
ヒトのノドと動物のノドの決定的な違い
前回お話ししたように、ヒトは口の中に漂う匂い物質を鼻の奥でキャッチしており、これを「口中香」というのですが、実はこれは人間だけが感じているものなのです。
私たちの鼻と口の奥は、ノドの部分でつながっています。しかしこれはヒトだけの特殊な構造であり、動物では通常鼻と口の通りはその先に行っても交わることはありません。驚くことですが、動物ではそれが一般的です。
動物の鼻の奥は気管を通じて肺につながっており、口の奥は食道を通じて胃につながっています。そしてそれぞれが交わることなく独立しているのです。ですから動物の呼吸は基本的に鼻でしか行いません。口からの空気は肺に届けられないのです。(試しに我が家の猫で鼻をふさいでみたら、やはり苦しそうにしていました 笑)
それに対して人間では、鼻と口の通り(管)がノドの部分でいったんひとつになり、そこから先で再び食道と気管に分かれています。
そのため、人間は口で呼吸ができるというわけです。その反面、飲み物や食べ物が間違って気管に入りこんで、むせたり詰まったりしてしまいます。
なぜ気管と食道がつながっているのか
人間ではそのような構造から、食道の入り口は通常空気が入らないように閉じており、物を飲み込むときだけ開くようになっています。
また、気管の入り口には喉頭蓋(こうとうがい)という部位があり、こちらは物を飲み込むときにフタをして気管へ入らないようにしています。
それでも飲食していてむせることは誰にでもあるでしょう。これは誤嚥(ごえん)といい、特に年を取ると飲み込みがうまくゆかなくなります。そして誤嚥による窒息や肺炎で命を落とすことも珍しくありません。(実際私の伯父と義父も誤嚥で亡くなっています。)
一方気管と食道が独立している動物全般では誤嚥がないだけでなく、物を飲み込む時でも息ができるので、食事時間を早く済ますことができます。しかし人間ではそうはいかず、パサついたものを食べるときなどは息苦しくさえなり、時間もかかりますね。
このように人間は気管と食道がつながっていることで、命にもかかわる誤嚥が起こりやすく、食事に時間がかかる事も、周囲に集中できなくなるので、生物的に考えると敵に襲われるリスクが高くなってしまいます。また口での呼吸は鼻の浄化システムを通らないので、細菌感染のリスクが高まるといいます。
では、なぜリスクがあるにもかかわらず、そのような構造になっているのでしょう。
言語とコミュニケーションの獲得
人間は直立したことによりノドの構造が変化しました。それとともに互いのコミュニケーションを密接にとるために、言語を発達させました。
人間も含めた動物は、一般的に声帯の隙間に空気を送り、声帯を振動させて音を出します。人間の場合では、気管をふさぐ喉頭蓋の下に声帯があり、息の強さや声帯の微調整で声を変えています。
そして声帯で発した音と息をノドから口へと送り、主に口の空間の調整や舌と唇の動作を複雑に変えながら、微妙な違いの音を組み合わせて言語を作り出しています。繰り返しますが、気管が食道とつながっていなければ、気管で発した声帯の音(息)は、そのまま鼻に抜けてしまうのです。
つまり、人間が言葉を話せるのは、気管と食道がつながっている構造のおかげなのですね。
人間の身体能力は他の動物に比べて優れているわけではありません。しかし脳を発達させるとともに、言語などの高度なコミュニケーション能力を獲得し、社会を作り上げたことによって、生存競争に勝ってきたといえるのです。
そして人間はノドがつながっているおかげで「口中香」を鼻で感じることができ、食べ物を「おいしい」と味わう至高の「喜び」も手に入れたのですね。
(#011 2023.12)
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