ヒトの味覚を掘り下げて科学した(後編)
前編では味覚のうちの甘味、塩味、酸味、苦味までのメカニズムを考察しました。後編では残りのうま味と、近年の科学で存在が推測されている第6の味覚について、そして味覚とは異なる辛味、渋味について詳しく見ていきましょう。
日本人が発見した第5の味、うま味
知っての通り、「うま味」は明治41年に日本の池田菊苗博士が昆布からグルタミン酸を発見し、新たに5番目の味覚となりました。
そしてその後も、イノシン酸、グアニル酸といったうま味成分が、日本人の手によって発見されています。
うま味は、日本料理の根幹をなす「だし」の成分としても知られています。その代表格であるグルタミン酸は、海藻のほかにもチーズやトマト、緑茶、しょう油などに多く含まれています。
一方イノシン酸といえばカツオ節のうま味成分ですが、魚介類や肉類にも多く存在しています。またグアニル酸はキノコ類に多く、貝類に多いコハク酸もよく知られたうま味成分です。
料理ではだしを合わせることもよく行われますが、これはイノシン酸やグアニル酸といった核酸系のうま味が、グルタミン酸のうま味を増幅させる効果があるためです。
うま味物質はいずれもたんぱく質を構成するアミノ酸であることから、うま味は肉などタンパク質の存在を感知するための味覚と考えられます。
まだ発見されていない6番目の味覚
このように味覚は舌の受容体によって5つに分類されているわけですが、現在、第6の味覚が存在するだろうとのことで研究がなされています。
それは「油脂」です。油脂は重要なエネルギー源であり、ほかにも細胞膜や神経系の構成要素になるなど、動物にとって不可欠な成分であり、これを検知することは生存する上で必要なことと思われるからです。
そのため5味とは違う、油脂の検知システムの探求が進められていますが、まだ存在を証明するまでには至っていないようです。
味とは異なる感覚の辛味
さて味を構成する要素としては、ほかにも「辛味」と「渋味」があります。しかし科学的に見た場合、これらは味覚には分類されません。
実は辛味や渋味は味ではなく、刺激への反応によるものなのです。
例えば辛味の代表として挙げられる唐辛子のカプサイシンですが、これは味覚受容体ではなく、温度受容体が感知しています。
その中でも熱くて痛い(灼熱痛)を感じる役割の受容体が反応しており、敏感な口内粘膜では刺激が強いため、ヒリヒリする痛みになっているのです。そのようなメカニズムのため、辛い物を食べると汗が出ますし、英語では辛いことをホットと表現しますね。
唐辛子のカプサイシンは口以外の皮膚でも反応することから(温湿布にはカプサイシンが使われます)、味覚とは違う感覚ということが分かります。ちなみにミントに含まれるメントールには冷感の受容体が反応しています。
辛味成分としてはほかにも生姜のショウガオール、山椒のサンショオールなどがあります。山椒を食べると辛いだけでなく痺れるのは、麻酔の効果もあるためです。
一方ワサビやカラシなどが鼻にツーンと来るのは、辛味成分のアリル化合物が揮発性であるため、鼻のセンサーが強く刺激されるのですね。
ラーメンなど、激辛のものを好んで食べる人がいます。実は辛い物を食べると快楽ホルモンが脳内に分泌されるといい、そのため辛さは味覚でないにもかかわらず、辛い物をおいしいと感じたり、クセになって何度も食べたくなったりするのです。
人体に有用な渋味
さて最後は「渋味」ですが、渋味を感じる物質には、口や舌の粘膜を収縮させる作用があります。つまり渋味は粘膜が変性することで感じる感覚であるため、味覚とは異なるわけです。物が縮むことを収斂(しゅうれん)ともいい、渋味は専門的には収斂味とも表現されます。
渋味物質には各種のタンニン(お茶やワイン、柿など)やカテキン(お茶など)などがあります。これらは植物に含まれるポリフェノールなのですが、もともとは植物が紫外線防御などのために作り出した物質です。そのことから、人体内では抗酸化作用による動脈硬化予防など、生活習慣の予防に効果があると期待されています。
(#013 2023.12)