【詩】義姉(あね)の力
ひさしぶりに見る伯父と伯母と叔母と叔父たちだった
冷え冷えとした神社の大座敷に
大父や大母も座っている
得体の知れない女中も来ている
あいかわらず細い目の能面顔である
むかし行方不明になった犬のマルもいて
せわしなく尻尾を振っている
車座になって族(うから)やからは
みんな笑ってニコニコしている
正面に神主の叔父が鎮座ましまして
飴色に焼けた顔から目を光らせている
神主の娘の三人姉妹も揃っている
そのぐるりを父は一人一人に頭を下げて廻っており
いつものように額縁の中の母も微笑んでいる
その真ん中でいきなり素裸に剥かれたわたしの首を
背後から羽交い締めにした義姉(あね)が
ぐいぐいと太い腕で締めつけてくる
逃れようと一瞬もがいたが
これがごく自然のまっとうな正義
心地よくなすがままにされていた
ギリギリと締め上げる義姉の審問はまもなく
ヘッド・ロックからスリーパー・ホールドへとうつり
一生が昏くなり気が遠くなりかけた頃
三人姉妹の笑いさざめく声も聞こえ
あの娘らの二人はむかしわたしのお嫁になりたいと云っていたのに
みんな笑ってニコニコうなずいている
涎を垂らし、舌を出し、窒息寸前の息子を
父と母は見つづけなければならない
やがてやさしい義姉は後ろから
わたしの腕と脚にたくましい腕と脚をからめるや
えいっ、と万力加えて仰向けになった
大胯びらき、赤ちゃん固めにされて目まで真っ赤になったわたしを
泣き笑いを浮かべて悲しい兄が見ている
首を振って、うんうんうなずく恥ずかしいわたしを
みんな笑ってニコニコ見ている
ようやく会議は果てて万事は解決したようである
畳の上に全裸のまま投げ出されていたわたしに
ロープを一本、切符を一枚、義姉はくれたのだ
みんな笑ってニコニコ音もなく万歳をしていた
ロープを入れた紙袋ひとつを提げて
境内の中の駅から独り列車に乗った
曇った北海の空の下
車窓の沖から
車輪の下まで
蒼黒い海は齒を剥いており
終着駅で引き寄せられるように一本道を なつかしい三角山の方へと歩いて行く
鴉の群れが急ぐ空を仰げば
空は黄昏
森は深くなるばかり
夕闇のしらない土地のしらない森が
鳥たちの目玉でいっぱいになった頃
ああ、兄さん、すっかりわたしは迷ってしまった
義姉(ねえ)さんが地図を付けてくれなかったので弟は
どうにもほとほと困り果ててしまったのです
*2004年か5年頃作。『詩学』投稿欄掲載。