さよならの少し前のこと
時折思い出す事があるのは、はじまりよりも終わりのことだと思う。
全てが終わる少し前の瞬間を不意に思い出すのだ。
とくにもうこの世にはいない人のことだ。
あたたかい体温や、やわらかな思い出は無意識でも、思い出そうとして思い出すことで。
全てが終わる少し前の出来事は、まるで消えない机についた跡みたいな気がする。
けれども、それを私は怖いとは思わない。
あの人たちは、どうしているだろうか。
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何度か引っ越してきたけれど、その街を離れるときにはもうその家や街は思い出になっている。
何か変わってしまう時とても悲しいと感じるのは、まだそこに心残りがあるときだと大学生の頃わかった。
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新年になって年が変わったあとの世界を
私は結構好きだと感じているらしい。
きっとそれは年が変わり過去の時間となることにたいして心が凪いでいるからだと思う。これまでも、これからもそうやって過ごせたらいい。
そんなことを思い出す夜は、この言葉を思い出す。
あなたにとって「楽しい夜に」ではなく「楽な夜に」なりますように。
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月曜日だからか少し頭痛がするので、
日記がわりに最近読み始めた本をメモしておく。
結構ぐっとくる言葉が散りばめられている。
チョン・セランの『シソンから』
《私たちの心には、“彼女”のかけらがあるから》女性への暴力や不条理が激しかったころ、美術家として作家として、時代に先駆けて生きたシム・シソン。ユーモアを忘れずにたくさんの仕事をし、二度結婚して四人の子供を育て、世の評判をものともしなかった人。そんな〈家長〉にならい、自由に成長してきた子供と孫たちは、彼女の死後十年にあたり、ハワイでたった一度きりのちょっと風変わりな祭祀を行うことにするが……
それでは、おやすみなさい。
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