桜桃忌(6/19)
太宰治の誕生日で、逝去日。実際、亡くなったのは6月13日で発見されたのが6月19日なのだが、後者が桜桃忌(命日)とされている。
この日は亡くなった母の誕生日でもある。母は太宰治が大嫌いだったので、誕生日が同じであることをひどく嫌がっていた。
「だって、心中に選ぶのがいつも苦界の女。良家の令嬢には声をかけないの。そういうところが、本当に嫌」というのが母の弁。
女を身分で選別しているというより、自己肯定感が低いため、そういう相手なら「こんなボクと一緒にいってくれる」と判断したのじゃ…と私は思うが。
中学生の頃に、太宰治は殆ど読んだ。
昔、某医療機関に籍を置いたことがある。
驚いたのが、重度の精神疾患のある方の手紙が、何故かみな太宰調だったのだ。
一方的に自分の言いたいことをまくしたて、しかも話がぽんぽんと飛躍する。『駆け込み訴え』『きりぎりす』のあの調子。
太宰も、ずっと苦しんでいたのだ。あれは苦悩し、もがいている人の文章だ。――若い頃の私にはわからなかったが、今の私には、あれらを読み返すことはできない。また現在、必要のないものだ。
気まぐれに、太宰治『六月十九日』の一部を書いてみた。
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