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擬音で説明することもできず

 少し前、身内の手術に付き添ったことがありました。

 入院期間は手術を含めて4、5日、しかも全て平日だったので、念のためにその間は仕事を抑えた方がいいかなと考えて、普段使っている仕事用のマッチングサイトで、直接依頼の可能性のあるクライアントさんたちに「この期間は作業が難しいかもしれません」とメッセージを送りました。

 別に病室で寝起きするわけではないので、面会できない夜間や午前中は作業できそうだし、40分未満の短尺なら大丈夫かなと思って、「難しい」程度に留めました。

 結果、その期間だけで3本、計2時間ほどの案件に対応しました。
 正直普段と変わらないどころか、いつもより稼いだかも。
 入院費用もかかったので、ありがたいことです。

 それだけならまあ、やろうと思えばできる程度の分量だったのねで終わる話ですが、この3本とも、全く同じクライアントからの依頼で、しかも最もクセの強い案件が多い方だったのです。

 言える範囲で言うと、聞き手インタビュアーが日本語が割と・・話せるというレベルの外国人なので、そのまま書き起こすと意味がよく分からない部分が多く、ざっくり質問を聞いた後、その趣旨を「できるだけ日本語の正しい文法にのっとって、かつシンプルに」書くのがコツです。
 初めてのご依頼のとき、私の反訳したものを本国の言葉に翻訳するのが前提だと言っていたので、こういう感じでいいのかな?と書き起こしたものが気に入っていただけて、その後の高頻度ご依頼につながったようです。

 これはクライアントの感覚や趣味によるところが大きいのですが、個人的には、質問の部分に限って言えば、日本人対日本人のインタビューであっても「それ」でいいんじゃないかなと思っています。
 そのようにオーダーしてきたり、何なら質問一覧を添えて「質問の部分はここからのコピペでいいです」とおっしゃる方もいたりします。
 インタビューの雰囲気をより残すため、あくまで逐語にこだわる方も存外多いので注意が必要ですが、インタビューの主体は話し手インタビュイーだと思うんですよね。

 そんな事情があって、その方には「もしもほかの方にご依頼の場合は、差し支えなければこちらを添えてください」と、作業上の注意事項を書いて渡しました(メール添付)。
 が、結果的に、その期間中に発生した音源の全てを引き受けたので、その注意事項は全くの無駄になりました。

 Wordで40×30で4枚ぐらいになったのに…何だったんだ…。
 大した分量じゃないようにも思えますけど、400字詰め原稿用紙換算なら12枚ですぜ、奥さん。

 日本語だと長音や促音になるところが縮められていたり(例えば「せかく」が「せっかく」か「せーかく(性格、正確)」か分からない)、逆にあらぬ部分が長音になっていたり(「れきし(歴史・轢死)」が「れーきし」「れきしー」など)、慣れればそこまで困難ではないものの、初めて聞いた方にとっては、そこで「はにゃ?」と、作業も思考も立ち止まってしまう可能性があるのです。

 いやいや、それは前後の話題で分かるでしょと思われるかもしれませんが、しっかり確定できないと、一体何の話をしているの?と、それ自体が理解できないことは間々あります。そのせいか、「聞き手と話し手の認識にずれがあるだろうな、これ…」という場面も正直ないではありません。

 そんな背景があるものの、何度かこなしていればパターンというのも見えてきます。それを思いつくままに例示した結果がワード4枚程度の分量でした。
 ご依頼の方といつもの聞き手さんは別の方のようでしたが、「別に日本語に不慣れな人をバカにしているわけではありません」というのを示すため、表現には大分気を使いました。だから長くなったというのもあります。
 箇条書きとはいえ、実際に作業者がそれを提示されたらウンザリしたろうなと思います。結果的に役に立たなくて本当によかったわ。


 クライアント側にしてみれは、聞いて書き起こすだけの単純作業って認識の方も多いし、音質が非常に悪い場合、「聞こえたところだけでも」と言われることもありますが、それじゃまともな日本語にならないから困ってるんですよ、こっちは!
 聞き返せば返すほど、わずかに聞こえる単語すら3、4種類の音に聞こえるような音源を送りつけんなやと。

 スポーツ漫画なんかで、脳直型の天才肌の選手がチームメイトに質問され、「ガーッとやって、ググッとこうして…」みたいな擬音満載のざっくりした説明をして、「全然わかんねーよ!」と怒らせてしまうというネタを割と見ますが、天才くんにしてみると、体感として捉えていることや、自然な体の動きを言語化するのは至難の業なのでしょう。

 こちとら言語を扱う作業のはずなのに、それでも言語化が難しい場面というのがあります。
 コツって結局、「慣れている人にとってのコツ」でしかなかったりしますね。実際映画を見た方でないと、それがネタバレであるかどうか分からないネタバレ、みたいなものです。


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