Self update, Self version up
「リカレント教育」という言葉を聞いたことはないでしょうか。
リカレント教育とは、一度労働市場に出たビジネスパーソンが再び学ぶ機会を得て、また労働市場に戻っていくことを意味します。
そもそもの概念は学びの期間と労働の期間の繰り返しの意味が強くありますが、現在では働きながらの自主的な学びや企業が提供する機会での学習も含めて広く「社会人の学び直し」を捉えたものとなっています。
リカレント教育は「人生100年時代」へとシフトし、人々の働く期間が長くなる中で、現在様々なビジネスシーンで注目度が増してきています。また、リカレント教育には様々な効果が見込まれますが、多様性やイノベーションの観点からも注目すべきと考えられます。
ただ個人的に言わせてもらえば、リカレント教育云々の前に日頃どのように学ぼうという姿勢を持っているのか、という点が気になるところですが、リカレント教育の効果について踏み込む前にそもそも日本人はどのくらい自主的に学んでいるのかを見てみましょう。
パーソル総合研究所の調査では、社会人の約半数に上る47.5%の人が「自主的な学びを行っていない」ことが明らかとなりました。様々な業界、様々な企業の平均値をとったとしてもこれは異常な数値です。
これをさらに年代別に表したものが次の図です。
年代が上がるごとに「とくに何も行っていない」と回答した人の割合が増えていくことがわかります。
このように日本では自主的に学ぶ人が少なく、加齢とともに一層学ばなくなっている実態があります。実際、思い当たる節のある人もいるのではないでしょうか。
当然のことですが、どのような能力、どのようなスキルであっても使わなければどんどん衰えていきます。学ぶ意思を見せなければ加齢とともに退化しつづけるわけで「リカレント教育」に頼らなければ労働力としても厳しくなる…というのはとてもよくわかる構図です。
こうした状況はなぜ生まれているでしょうか。
その理由として考えられるのが、日本では組織内での「経験」が非常に重視されていることです。
日本では雇用の流動性が欧米に比べると非常に低く、多くの人が特定の組織内での経験を基に仕事をする状態が続いてきました。場合によっては企業内での流動性も低い企業も多いのではないでしょうか。これによって自主的に学ぶ意欲や機会があまりなかったのではないかと考えられます。
もしも不況になることもなく、今後も安定成長の経営環境が続くのであれば、こうした経験をもとにした仕事の仕方でもそれほど問題は生じません。
しかし、昨今のような不確実で非連続な変化が起こる社会環境では、過去の経験に胡坐をかいているだけでは対応が難しく、また過去の学びの賞味期限も短くなってしまいます。
いわゆる『つぶしがきかない』人材となるリスクは常に身近にあるのです。
つまり、継続的かつ定期的な学びを得て、知識・情報・技術をアップデートしなければ、個人も組織も成長を遂げることが困難になるというわけです。
また、「経験がないから」という理由でいつまで経っても機会を与えられないまま歳を積み重ねると、それだけで様々な方面でのスキル上の歪みも出てきます。特にマネジメント面での問題は顕著になっていくことでしょう。
個人が自主的に学ぶ意欲を見せない、あるいは見せない年代層がいる以上、リカレント教育による学び直しは、経営環境の変化に対応する観点から重要と言えます。またリカレント教育は多様性をもたらし、イノベーションを生み出す観点からも重要と言えます。
まず多様性について考えみましょう。
従来、属性に基づく多様性が意識されてきましたが、いま経営学で注目されているのは個人が多様な経験や知識を持つことで生まれる「個人内多様性」(Intrapersonal Diversity)です。
多様な経験や知識を持つ人が多い組織では物事の解釈のパターンが増えることなどが影響し、組織のパフォーマンスが高くなることが様々な研究から明らかになってきています。
たとえば、2002年に米国の経営学者であるバンダーソンらは、個人内多様性が高い人で構成されたチームでは情報共有がスムーズに進行し、パフォーマンスの向上に貢献していることを解明しました。
また、2008年にアルバート・カネラらは、多様な経験を持つ人で構成された取締役会を持つ企業の業績が高くなることを解明しています。
要するに"1つのこと"に従事して専門性を磨き上げてきた様々なスペシャリストたちを組織の中に集め、「多様」な人が存在する組織にするのではなく、1人のなかに「多様」な知識や経験を持たせ、そうした人たちで構成された組織にすることで、組織はより一層成長するといっているわけです。
そのため、以前は日本国内でも大手企業を中心に様々な多様性を身につけさせるため、あるいは組織に様々な化学変化を起こさせるために若いうちは色々な配置転換を行って、多種多様な経験を積ませるようなこともありました。
現在でも一部の企業では、グループ企業への出向や定期の海外派遣などを経て、様々な経験、人脈、スキルを身につけた人材を幹部クラスに取り立てるような仕組みを持っている企業もあります。実際、私が知っているだけでも10社以上存在します。
自主的な学びが評価され、労働市場の流動性が高まれば、組織には多様な知や経験を持つ人が集まります。多様性が掛け合わされてもたらされるもの、それはイノベーションの創出です。
多様な知識や経験を持つ人材が集まれば知の組み合わせのパターンは増え、それはイノベーションの創出の機会となります。
考え方や仕事の進め方が"同質化"し、同じような知や経験を持つ人々で構成された組織では個人レベルで居心地はいいのかもしれません。上司が部下を引き上げようとするとき多くの上司は自分にとって居心地のいい人材を引き上げようとするでしょう。そこにとってつけたような昇格理由を添えて企業に推挙するわけです。そのような旧態依然とした流れを踏襲したままでは、イノベーションの創出と言った現象が起こることは困難なのは明らかです(これまでできなかったから問題視されているのですから)。
リカレント教育によって社会人が学びを何度もアップデートすることは、同質化を回避し、イントラパーソナルダイバーシティ…つまりは"個人内多様性"の高い人材となることを促進します。
組織としては、そのような人材を育てるまたは採用することで、結果としてイノベーション創出につながることが期待できるようにもなります。しかも現在は徐々に労働人口の減少が深刻化している状況です。「いくらでも採用すればいい」という発想は絵空事となりつつあるのです。
内部資材…要するに社内にすでにいる人材の価値をいかに引き上げるかという観点を持てなければ企業は緩やかに衰退していく未来しかありません。育成に目を向けられない組織は今後企業内において負債となっていくことでしょう。
私たちIT業界においても同様です。
社会がどんどん変化し、その社会にある企業からから注文をいただいてシステムやソフトウェアを作成している以上、そうした観点からもリカレント教育の重要性が認識され始めていると言えます。
イノベーションを起こすためにもダイバーシティが大切だ――。
こういう主張自体はよく言われていることです。
しかし、その意味を正しく理解して使っている人は決して多くありません。
このようなダイバーシティの議論は組織レベルの多様性に偏っていることがあります。しかし現在は企業に対して「個人の多様性」を育て、尊重するという発想が求められています。
個人の多様性とは、すなわち
「幅広く性質の異なる環境や要求、技術などに素早く対応できること」
です。今までの自分、今までの経験にしがみついて、組織の柔軟性や即応性などを欠いた言動しかできず、周囲に迷惑をかけることではありません。
会社として色々な技術体系に触れているかどうかではなく、個人として色々なシチュエーションに、自身を変化させて対応できる能力があるかどうかが問われているのです。
逆に言うと、企業が育成を尊重し、個人の多様性を重要視しない場合、イノベーション創出の機会損失につながっている可能性があるということです。
イノベーションが生まれず、日本企業の国際競争力が低下している要因の1つは、前述したような特定の組織内での経験を重視し、自主的な学びを尊重したり、促したりしない姿勢があるのではないかとも言われている昨今です。
自主的に学ぶことが難しいのであれば、せめてリカレント教育を通して何度も学びをアップデートさせ、1人1人が長く、幅広く、そして意欲的に働けるよう学びを重視する組織風土を醸成していくことは、日本企業の「イノベーション欠乏症」を治療し、日本が国際競争力を取り戻す処方箋ともなり得るのではないかと考えます。