「お客さまがそう言ったから」の使い方
新人から課長クラスまで、「誤り」を問い詰めると良く聞こえてくるのが、この
「客がそう言ったので」
「上司がそういったから」
と言うセリフ。その中身を細かく吟味する前に、このセリフを聞いただけで脱力してしまいます。
「相手がそう言ったのは、それはそれでいいとして、
自分の判断や決断は無いの?
相手の言ってることが間違ってたら、それを正せるのは、
自分たちだけなんだよ?根拠もなしにただ着手するの??
それって命令されてその通りに動くだけなんだから
ロボットと同じだよね?会社ってそんな人材求めてたっけ?」
と、いくら言っても聞いてはくれません。
歳を重ねれば重ねるほど、頑なに自分の考え方に固執してしまっているようです(相手の言いなりになってるだけだけど)。私としては、間違いを犯して大変な想いをしてほしくないだけなのですが、結局後になって問題となり、巡り巡って私の上司から「援けてやってくれ」と言われるのです。正直、改善努力もしない人を助ける(ために自分の人生を消耗する)のは、私自身の役割定義にある業務でもないことですし、気が引けます。
自己解決できなくなるなら、最初から少しは人の話を聞いてくれてもいいと思うのですが、なぜあそこまで頑固なんでしょう…。
「客のいいなり」は法的に罪となる
「お客さまは神様」と言おうが、「お客さまがそういったので」と言い訳しようが、自らの専門性に因るところの責務を放棄した、と判断されれば、それはIT紛争になった時点で、十中八九、
重過失
となります。
大抵は損害賠償と言う判決になると思います。ご存知でした?
「お客さまがそう言ったから」
「お客さまから言われていないから」
と言う"言い訳"は、判例などを見てもわかるように一切自分を守れません。なぜなら、IT専門調停委員において『ITベンダーとしての専門性』を問われた際、ユーザーの誤りに対し、指摘や提案をしないまま鵜呑みに進めることを、"重過失"と認めているからです。
ゆえに、
「お客さまがそう言ったから」
「お客さまから言われていないから」
と言う理由に正当性を求める場合、ユーザーから言われたこと、言われなかったことに対し必要な手順を踏まずに鵜呑みにした場合、一定以上の責任から逃れる方法は皆無であることを覚えておきましょう。
それでも、ユーザーそのものを"正"にして、何も考えることなく、何も対策を考慮することなく、鵜呑みのまま進みたいと言う人は、その決断を以って自己責任で進めてください。決して他人を、会社を、そしてユーザーを巻き込んではいけません。
とは言え、逃げ道が無いわけでもありません。
まぁ卑怯な手なので、あまり言いたくはありませんが、正しい手順を踏みさえすれば、この「お客さまがそういったので」の言い訳に正当性が出てきます。ここで言う「正しい手順」とは、ユーザーからの依頼、指摘、指示、要求などに対し、ITのリスクや懸念を確認したうえで、
本当にそうしていいのか?
そうすることでユーザーの要望を満たすことはできるのか?
そうすることによるメリットとデメリットは何か?
を逐一検討し続け、そのうえでリスクや懸念が認められた場合、
「○○と言う問題が懸念されます。
△△と言う手順であれば、回避できますがいかがいたしましょうか」
と、専門性を持つ立場として、明確に指摘/提案を行うことです。そうして是正努力をおこない、それでも顧客側が認めようとしなかったために、致し方なく顧客の案で進めるケースでは、仮に問題が発生しても責任を取らされることはありません。
これを怠った場合、あるいは専門性を持った企業でありながら気づけずにそのまま放置してしまった場合、発生した問題の責任(重過失)を避ける術はありません。
この『専門性のある立場として、責任を果たす』手続きを踏むことでのみ
「お客さまがそう言ったから」
「お客さまから言われていないから」
が正当な理由になります(裁判等では結果審判しかしませんので、記録としての証拠(=エビデンス)が残っていなければ正当な扱いはされません)。
そしてこの方法以外では、重過失の責任を免れることは決してできません。
つまり、国が、法が、規程が、基準が、ルールがそう示すように、ITベンダーが専門性を以って最適な製品を提供することは、「やって当然」「できて当然」と世の中が認めているということです。そしてそう認めている以上、ユーザーの前に立って作成、提供するシステムの全体像を決める権限を持つフロントエンジニアやマネージャー、リーダーは、ユーザーから専門性を以って最適な製品を提供することに対して、
・どのような制約下でも実施できる方法を模索できるのが一流
・必要な条件が整いさえすれば一般的に実施できるのは二流
・実施できない(できる実力がない)のは三流
・知ったうえで実施しないのは三流未満
と思われるのだということを知っておきましょう。少なくとも、相手はそれが常識であると思って接してきますし、判例を見てもわかるように、国としてもそう判断します。
コンプライアンス違反で倒産もできる
こうした役割や責任の意識と言うものは、巷でもコンプライアンスの問題として非常に重要視されています。事実、数年前から東芝や日産、神戸製鋼、日立化成などコンプライアンス違反に伴うニュースは途切れることはありませんし、一部の大企業や中小企業に限って言えば、コンプライアンス違反倒産の件数は常に高水準を維持しているような状態です。
エアバッグで世界2位のシェアを誇っていた超優良企業「タカタ」がリコールによる負債総額1兆円と言う数字に耐え切れず倒産したのは、まだ記憶に新しいと思います。
コンプライアンスは一般的に「法令順守」と意訳されていますが、広義では「法と令」だけでなく、「規程」や「契約」、「ルール」など決め事全般のことを指しています。
つまり、「決め事」をきちんと守らない社員がいて、守らないが故に企業の倒産まで引き起こしているのだ、ということです。
マネージャーやリーダー、フロントサイドに立つエンジニアなどが、その役割にあって、役割にみあった責任を持っていながらも、自らの責任を果たそうとせず、無責任にも「相手がそう言ったから」を言い訳に、ロクに課題解決に向けた検討や対策をしないというのは、
役割定義に対するコンプライアンス違反となる
と言うことです。だから、IT紛争にまで発展するほど大問題となった場合、『重過失』となるのです。エアバッグなら手抜きをしたい、無責任を貫きたいがために人を殺すのと同義なことをしているのです。
起きる原因は「無責任」
なぜ、こうしたことが起きるのでしょう。
それは、すべてのIT紛争に共通していえることですが、ユーザー側にも、エンジニア側にも、
・契約とその履行に対する認識に欠けている
・当事者意識に欠けている
と言うことがあると思います。
「契約とその履行に対する認識」とは、つまり、契約書上のないように従って活動するという当たり前の認識です。このごく当たり前の認識を無視して、契約書に無い指示、依頼、命令を行っている人がいるから、最終的に契約書に則り検収をあげようとすると色々問題だらけになっているのです。
一度受注してしまうと契約書を元に仕事をしない、契約書に書かれた堅苦しい内容を「自分は知らなくてもいい」と思っているユーザー担当者やマネージャーが減らない…と言うことです。
元々、契約上で「実施する」と定めたものに対してスケジュールを立てていたはずなのに、契約書に無いことを勝手にすれば、後で余裕がなくなるのは当然のことです。そうでなくても、こんなことばかりしていると、現場のエンジニアはいつまで経っても"残業"が減りません。
「当事者意識」とは、これから活動し、作成するプロダクトに対して、その利用イメージを自分事のように考えられているかどうか、ということです。「何を解決しなければならないのか?」「何を作らなければならないのか?」「結果としてどうなっていると利用者は嬉しいのか?」が検討されいるかどうか、ということです。
けれども、マネージャーやエンジニアの中に「ユーザーの言ったとおりにすればいい」と言う考え方を持つ人たちがいて、その根底には、
「客はただの金づる。自分の評価を上げるためだけのエサ。
別に客のためになろうがなるまいが知ったことじゃない。」
と言う思想があるのでしょう。契約に対する意識の希薄さもさることながら、契約の段階で対象となるプロダクトに対する明確なデザインが出来ておらず、ユーザーとマネージャー、およびエンジニアの間でまったく共有もされていないことが大きな要因です。
適切なデザインができていないということは、具体的にどのように解決すればいいか、どのようなものを作ればいいか、がユーザーとエンジニアの間で共有されていないということです。
そしてベンダー側にも主体的に歩み寄る気がないから、「ユーザーの言った通り」にだけ作っていればいいと思っているのでしょう。
怖いのは契約書の皮を被ったよくわからない紙
本来、契約書には「最終的に求められているもの」のすべてが記載されています。ですが、多くの企業では、いまだ納品物に
「〇〇一式」
としか書かれておらず、具体的に何がどうなっていれば検収があがるのかもよくわからない契約書を見ることもあります。見積書でもちらほら見かけますが、「本当にこの人たち、やる気あるのかな?」と言った公式な文書は意外にも多いものです。
ひょっとすると、そんな企業風土のせいで「契約とその履行に対する認識」が浅いマネージャーやエンジニアが多いのかもしれませんね。