プロジェクトの原価予算を確保する
立ち上げではなく計画プロセスについて語るなら、ここで言う「予算」とは見積りのことではありませんよね。計画時点では当然ながら見積りはもう済んでいるはずで、その見積りに対して注文書が届いた後となっているはずです。
ですので、ここで言う「予算」とはコスト…つまり原価予算のことを意味します。
PMBOKの言うところの"10の知識エリア"でも、Cost Management と呼んでいて、プロジェクトとして使ってもいい予算を確認し、具体的にどのように使っていくのか「家計」のやりくりを管理することが求められています。
"コストを予算内に納める"
考えてみれば至極当然のことかもしれません。財布の中に残金100円しかないのにファミレスに入って1000円のランチを注文すれば、どうなるかは目に見えているはずです。
コスト…つまり消費してもいい経費はあくまで財布が許す範囲内のみ、と決まっているのです。
PMBOKでは各プロセスでどのようなことをしなければならないか?と言うと、上図の通りです。一目でわかるように
計画時点でしっかり決めておかないと、後で痛い目を見る
ということがよくわかります。
承認された予算内でプロジェクトを完了させるのがコストマネジメントの目的です。予算は無限にあるわけではなく、限られた予算でビジネスニーズを満たす必要があります。ビジネスニーズを解決するソリューションがいくら優れていてもコストに見合わなければ意味がありません。プロジェクトの現実的な予算を設定し、コストを超過させないためにもコストマネジメントが必須です。
そもそもそれが可能と見込んで「見積書」を作成しているはずですから、与えられた予算内でおさまるような計画でなければなりません。
といっても、特に難しいことは何もありません。先ほども述べたように、やっていることは「家計」のやりくりと全く同じです。
たとえばみなさんは家族で旅行される際、前もって予算を決めますよね?
「楽しければ幾らかかっても構わない」
「借金してでも全力で楽しむ」
というリッチな方は別として、多くの場合はあらかじめ予算を設定しておき、なるべくその中に実際のコストがおさまるよう意識して行動されていると思います。
プロジェクトの予算も、基本的には家族旅行の予算と同じ考え方です。
予算の上限を確認する
では、皆さんが旅行に出かける時にどのように予算を決めているのか、簡単に振り返ってみましょう。
子:「パパ、今年のお正月はどこか旅行に行こうよ」
父:「う~ん、そうだなぁ・・・たまには家族で出かけるか!」
子:「やったー、だったら海外がいいな。ハワイとか!」
父:「おぉ~、ハワイいいねぇ!ビーチでゆったり過ごしたいな。」
母:「あら、あなた。車のローンもあるんだから国内しか無理よ。
○○万円以内ね!」
父:「たまには奮発してもいいじゃないか。
のんびりリフレッシュできるんだったら○○万円くらいでも。」
最初はこんな感じで予算の上限(大枠)を確認することになるでしょう。
プロジェクトにおいても、プロジェクトに出資している組織の資金力や、プロジェクトによって得ようとしている利益を考慮した場合に幾らまでしか出せない(投資対効果)といった制約によって予算の上限が決まってきます。
見積書で2000万と決めたからといって、2000万全てを使い切ってしまうのはどうでしょう?
そういう見積りをしたのであれば予定通りなのですが、見積書を作成した時には、既に利益分も見込んで見積もっていることが多いと思います。であれば当然予定している利益分を差し引いた額が、コストとして許容される予算と言うことになります。
コストを見積もる
次は実際幾ら必要になるのか具体的に見積もり、予算の上限値と比較しながら調整を行うことになります。
見積もりには、いくつかの方法があります。
まず、手っ取り早いのは過去の実例からコストを推測する方法です。自分が以前ハワイに行ったことがあれば大体幾らぐらい必要か相場が分かりますし、親類のハワイ旅行経験者にどれくらいコストがかかったか聞いてみるという手もあります。
プロジェクトであれば、過去の類似プロジェクトのコスト実績を参考にしたり、有識者・経験者に聞いてみる、ということになります(専門用語では、「類推見積もり」と呼びます)。
また、他にボトムアップ見積もりという手法があり、これは詳細化された活動毎に必要となるコストを積み上げて合算するやり方です。旅行であれば、まず空港に移動する→ハワイに行く→空港からホテルまでタクシーで移動する→レストランで食事する…という行程に沿って必要なコストを見積もって合計するという方法です。
この方法は見積もりの精度は高いのですが、具体的な行動が前もって細かく計画できていなければ使えません。そのような場合は旅行会社に相談しますよね。旅行会社のツアーであれば、それらの行動があらかじめパッケージ化されて決まったコストで提供されていますので、そこから提示された見積もりにパッケージされていない部分(おみやげ代など)を加えることで容易にコストを見積もることができます。
プロジェクトの場合も、外部の業者に委託する場合には見積もりを提示してもらい、自分たちで実施する部分のコストを合計することで見積もることになります。
必要であれば、旅行と同じように複数の業者から見積もりをもらい、業者のサービスとコストを比較・検討することもできます。主な見積もりの方法として、他に係数モデル見積もりという方法もあります。これは過去の実績データを使って構築されたモデルにパラメータを入力してコストを見積もるという方法です。
また、大手のSIerなどではあまり利益率と言う考え方はしません。
なぜなら自分たちの行動がプロフィットセンターになることはないと理解しているからです。私たち自身の活動はすべてコストセンターです。利益を生み出させてくれるのはお客さまが支払ってくれるからであって、私たちではありません。私たちにできることは如何にコストを減らすかと言うことだけです。
ですから、大手SIerでは「利益率〇%」と言う考え方ではなく、
「原価率(100%-利益率)」
と言う考え方で、行動内容を決めます(某社にいた頃は、発足時点で原価率83%を上回る計画書はすべて却下されていました。また計画変更に伴い、83%を超える見込みになった場合は要注意プロジェクトとして監視されました)。
そこに着目せずに、売上や利益を考えると必ず
不誠実な見積り
不誠実な請求
がついて回ります。いわゆる"ぼったくり"です。
相みつなどを取られるとあっという間にバレますので、本来、必要なコスト以上に請求することはしてはならないのです。そもそも請負契約であれば、お客さまが対価として支払うのは「働いた工数」に対してではなく、「納められた商品の価値」に対してでなくてはなりません。1億の価値しかない商品を2億もかけて作ったからと言って、2億請求するのは契約法上、誤りなのです。お客さまの目に映る商品には、確かに1億の価値しかないのですから。
それだけに、経営層ではない従業員は、売上や利益と言う数字ではなく、『コスト』と言う数字をコントロールすることに重点を置かなくてはなりません。
予備費用の確保
プロジェクトは新たなチャレンジですから、なかなか見積もり通りにコストがおさまるケースはありません。もしかしたらレストランの食事代が想定よりも高く付く場合もありますし、急にオプションツアーを追加したくなるかもしれません。
コストの見積もりを行った後、このような場合に備えて予備的に使える費用をある程度上乗せし、最終的な予算を設定することとなります。
みなさんの中には「リスクを積んだ」という言い方で見積り上にコストを積むことがあると思いますが、マネジメントの世界では
コンティンジェンシー予備費
と言います。本来はこそこそと隠すものではなく、お客さま合意のうえで積むことが求められるものですが、そうでない場合、見積り根拠で説明する内容と実務や成果が異なる場合がありますので、「辻褄が合わない」と指摘された場合を想定しておきましょう(さすがに私も、嘘をフォローすることはできません)。
最後に、設定した予算額に対するお客さまの承認を得て予算を確保します。
父:「よし、じゃぁ今回の家族旅行の予算はトータル〇〇万円だね。」
母:「OK、承認しましょう。」
母:「じゃぁ、早速旅行用にワンピースを買いに行かなきゃ。
あとは今年流行の水着に、スーツケースも新調しようかな…。」
父&子:「あの…早速想定外の予備費が使われていますけど…」
意外と、コストマネジメントとして計画を立てても、早々に崩す人は身近にいるものです。一般的に旅費、宿泊費、交際費などの諸経費と言われているものは見積もりにくいものです。なによりも費用対効果が測定しづらいという問題があって、なかなか妥当性が検証できません。
しかし、リーダーやマネージャー、あるいは管理職となる人たちは、最低でもこの『コスト』に対して、その
費やしたコストに見合った費用対効果があるのかどうか
と言った観点で検討する義務と責任があります。決裁権や決定権と言った権限が増えるたびに、こうした責任は常について回ります。この責任に向き合えない人はマネジメントをする資格が無いと言っても過言ではありません。
特に、株式公開をする以上は、コストセンターである私たちの経費…つまり給料は、株主の資本から捻出されているということを忘れてはいけません。
利益 = 売上 - 経費
という計算式をよく見かけますが、「そういう計算式で利益が算出できる」というだけで実際には売上の中から経費が差し引かれることはありません。
売上は売上、経費は経費。
たまたま引き算すれば利益と同じ数値になる、と言うだけなのです。ですから私たちは投資してくれた株主(投資家)の資本を1円たりとも無駄にしないよう余すことなく対効果として提供しなければなりません。
利益のパフォーマンスが出れば出た分だけ、株主や投資家は配当金が期待できるわけですから、コストの無駄遣いをするような従業員は"配当金を引き下げるだけの存在"としてしか見られません。
利益のパフォーマンスを追及し、営利を求められる人材を従業員として雇っているわけですから、コストの無駄遣いをするような従業員を、株主や投資家は決して許さないでしょう。
その意味でも「コスト」のマネジメントは、家計と同じで難しい話ではないとはいえ、とても重要になってくるのです。