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僕のアメリカ横断記⑦(フラッグスタッフ→カンザスシティ)

■8月26日(金)
 明け方の3時半に目が覚めた。
 眠気まなこをこすりながら急いで準備をし、眠っているルームメイトたちを起こさないように部屋を出た。チェックアウトはキーをフロントに置いて行けばそれでいいと言われていたので、その通りにしてフラッグスタッフ駅へと向かう。
 さらば、グランドキャニオンの町よ。僕との間に理不尽な境界線を引き続けた人々よ。手作りご飯を分けてくれたルームメイトよ。飄々としながらも熱い祖国愛を秘めたドンハ氏よ。

 駅舎に着くと、アムトラックの到着を待つ旅人たちが小さなテレビの前に集まっていた。ノースカロライナ州に接近しているという大型ハリケーン「アイリーン」のニュースが流れている。
 一緒にテレビを観ていた老駅員が、「このハリケーンが上陸すれば、ボストンまでの列車はしばらく運行停止になるだろうね」などと言っていた。
 それが事実だとしたら、これは厄介なことになる。USAレイルパスは15日間限定で使えるパスで、余裕を持って14日目にニューヨークに着くように計画を立ててはいるが、ハリケーンのせいで先に進めないまま15日を過ぎた場合、どういう扱いになるのかがわからないのだ。追加料金を求められるのか、自然災害ゆえに特例が認められるのか・・・。
 とりあえず今はハリケーンが上陸しようとしている最中だから、次の目的地であるカンザスシティであらためて状況を見て、そこで調べることにした。

 列車がホームに到着し、並んでいた乗客たちに続々と乗り込む。
 カンザスシティまではおよそ1,800kmの道のり。列車の中で24時間もの時間を過ごすのは、もちろん初めての経験だ。
 朝、昼、晩、すべての食事を列車の中でとることになる。この列車には食堂車がなく、代わりに小さな売店が入っていて、そこではスナック類や酒を含むドリンク類を売っている他、冷凍食品ではあるが軽食なども乗務員さんが作ってくれる。僕はそこで冷凍のピザやスナック菓子、コーラを注文し、いかにもアメリカンな食事を楽しんだ。

アムトラック車両内にある売店

 途中停車したニューメキシコ州のアルバカーキという町は、18世紀にスペインによって植民地化されていた影響が色濃く残る観光都市で、駅に一時停車している数分の間だけ、屋根のないホームに降りてみた。ぐるりと見渡す限りでは少しうらびれた印象を持ったが、後に調べたところによると、近年ではIT産業が栄え、人口も増加傾向にあるそうだ(かのマイクロソフト社も、実はこのアルバカーキが創業の地であったらしい)。

 また列車が動き出す。道中、おもしろい出来事があった。
 車内で誰かの甘い歌声が聞こえてきたと思ったら、その声の主は若い男性の乗務員だったのだ。僕はその歌を知らなかったが、アメリカではよく知られた歌のようで、一緒に口ずさむ乗客の姿も見られた。歌い終わると、車両中からあたたかい拍手が送られ、彼は一礼して爽やかな笑顔を残し、去って行った。日本の新幹線では絶対に起こり得ない光景だ。
 座り続けていると体中が痛むので、走行中の車内をうろうろと歩いていると、車掌室の付近にさっきの乗務員シンガーがいた。「とても素晴らしい歌でした」とヒスパニック系の顔立ちをした彼に伝えると、彼は、"Thank you!"と素敵な笑顔を浮かべた。彼に例のハリケーンのことを訊いてみると、「ハリケーンが東海岸に接近していることは把握しているが、アムトラックが運行停止しているのはオハイオ州までで、ボストンまでの列車に影響はないと思うよ」と言った。彼の言葉に少し安心したが、まだ予断を許さない状況だ。

 展望車のゆったりとしたシートで寝ていると、強烈な冷房の風に加え、明け方の冷たい外気が窓をキンキンに冷やすせいで、凍える思いだった。実はフラッグスタッフの大型スーパーで毛布を見かけ、買おうかと思ったのだが、すでにパンパンになっているリュックに入らなさそうだったので諦めたのだ。グランドキャニオンの暑さに頭がやられ、夜のアムトラックの寒さを忘れていた。僕は身を固く縮こまらせ、毛布を買わなかったことを深く後悔しながら夜を明かした。

【続きはこちら↓↓↓】
https://note.com/sudapen/n/n3ca61c785ced


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