down the river 第三章 第一部〜不浄⑪〜
浦野との関係が終わったユウは、より孤独な道へと足を進めてしまった。
関係を断たれたその夜ユウは何とも不浄な夢を見た。
ユウと身体の関係を持った人間4人が一堂に会するという夢だ。
ユウの意識は第三者目線でユウ自身を眺めている。
『な、な…なんて汚らしくて、醜いんだ…俺は…。』
その中でユウは裸でクネクネと腰をくねらせ誘惑している。
否、誘惑しているつもりになっている。
それを証拠に誰もユウに振り向かない。
あれほど貪欲にユウを欲していた友原も弓下も、そして今、相思相愛と言える関係である敬人でさえも円の外を向き、冷めた目で煙草を吹かしている。
しばらくその状態が続いた後、腹が切り裂かれた状態で裸の亮子が内臓を地に引き摺りながら艶めかしい表情で歩いて来た。
すると4人は目の色を変えて亮子に飛び掛かると内臓を引きずり出し、犯し始めた。
『止めろ!止めろよ!亮子はもう死んだ!穢すなよ!お前ら!』
第三者目線で見ているユウの意識は亮子を犯している事に対して怒りを露わにしているが本人は相変わらずクネクネと誘惑を続けている。
『何やってんだよ!動け!俺!そんなところで踊ってないで!動け!4人を止めろ!』
ユウの意識は悲痛な叫びを上げるが、4人は流れ作業の様に亮子を犯し続けた。
一通り犯し終えると亮子は息絶えた。
『お前ら!!お前らが!殺したんだぞ!?ふざけんな!』
意識の中でユウは怒鳴り散らすも当然その声は誰にも聞こえていない。ユウの本体はひたすら腰をくねらせている。
すると今度はユウも見た事がある女の裸体が現れた。
裸の浦野は犬が伸びる様に四つん這いで腰を高く上げると4人はすぐさま反応し飛び掛かった。
『おい、おい!おい!お前ら!!止めろって!さと美を犯すなら俺を犯せよ!!おい!止めてくれ!』
また順番に絶頂の証をぶちまけ、浦野も4人も満足し終えるとそこに涙を流した迫島が現れたのだ。
ユウの意識に戦慄が走る。
『ヒデ…こいつらが…こいつらが…こいつらが!!』
迫島は腰をくねらせているユウの元へ歩いて来る。
迫島は4人の体液を浴びて痙攣している浦野を横目で一瞬見るが、何の感情も湧かない様子で歩みを進めている。
『え?ヒデ?え?』
そして迫島はユウの後ろに立つと、またたく間に全裸になった。
『ち、ちょ、ちょっと?ヒデ?』
そして迫島は一心不乱に腰をくねらせていたユウの腰をガシッと両手で掴むと逞しいその男性の象徴をユウの体内に押し込んできたのだ。
ユウの本体は恍惚の表情を浮かべて歓喜の声を上げている。
『うわぁ…ちょっと…』
迫島は苦悶の表情を浮かべながらも段々と腰を振るスピードが速くなっていき、吐息も漏れ始めた。
「くあはぁっ!」
『止めろ、ヒデ!俺は嫌だ!』
「うはぁっ!クッ!」
『止めてくれよ!俺はお前としたくはない!』
「うぅああはあああああ!!!」
迫島の絶叫が響き渡る。
『止めてえええええ!!!』
「ハッ!」
ユウは掛け布団を跳ね上げる様にして飛び起きた。
古ぼけて使い古した目覚まし時計は午前3時を僅かに過ぎたところを差している。
「ふぅ…もうこの手の悪夢には慣れてたつもりだったけど…やっぱ辛いな…今日、見るとは思ってたけど…やっぱ…やっぱ辛ぇな…。ふぅ…。」
ユウはため息混じりに小声で呟くと、額に浮いた汗を手の甲で拭った。
『なぁ神様よ。いるなら聞いてよ。俺みたいな奴でもさ…好みとかあるんだ…。抱かれたくない奴だっているんだよ…。男も女もそうだ。誰でもいいなんて事はないんだ。』
ユウはそのまま体勢を変えることなく布団へボスッと仰向けに倒れ込み、再び眠りについた。
・・・
ユウは案の定遅刻寸前で登校した。
何とか間に合ったものの汗が止まらない。
午前中はずっと薄っすらと汗ばんだ状態で授業を受ける事になってしまった。
『あぁ来週の土曜はボランティアかぁ…面倒くせえなぁ。』
ボランティア活動を控えているユウの気分は自身の汗臭さも手伝って最大限に落ち込んでいる。
昼食も早々と終わり、眠りにつこうにも身体中がベタついている不快感で眠りにつく事も出来ない。
昼休みに男女入り交じり談笑するクラスメートを見ながら軽く舌打ちをしてみるもののユウの心はまるで晴れない。
『俺はなんの為にここにいるんだろう…。とりあえずってヤツか…?はぁ…タカちゃん…会いてえよ。』
ユウは楽しそうなクラスメートが恨めしく見えて仕方がない。
ユウ自身中学校時代はその輪にいたのだ。
今この教室の中で楽しそうに笑うあのクラスメートの様に笑い合う仲間が側にいたのだ。
亮子の死、敬人の裏切り、哲哉の策略と裏切り、友原と弓下からの受けた辱め、彩子の話をろくに聞かず行なった脅迫、美沙を追い詰めてその心を壊し、そして嫉妬に狂う迫島を切って捨てた。そして浦野から捨てられた。
今のユウには和解した敬人だけしかいない。
『う…裏切り…切って…切って捨てた…捨ててきて…裏切られて、切って捨てられた人間にしかわからねぇんだ…人間なんてのは簡単に裏切り、そして捨てる…。今笑い合ってる奴らは何にもわかってねぇんだ。怖い…怖いよタカちゃん…。タカちゃんすら消えちまったら俺は本当に一人きりだ…。だから…今すぐ抱き締めてほしい…息が止まるほど抱き締めてほしいんだ。』
ユウは今になり、自分がいかに多くの絆を破壊してきたかを理解したのだ。
そしてそれを理解したユウの心に激しい自己嫌悪感が襲いかかってきた。
『みんな…俺の…性的な魅力が原因?俺が全部狂わせてたのか?いや…待て…そうだとしたら…』
ユウは吐き気をもよおす程の自己嫌悪の中で実にポジティブで間抜けで、そしてとんでもない角度からの解答を導き出した。
『だとしたら…それは強みにならないか?さと美が言っていた…。何人もの男を虜にしてきた…と…。ならば…タカちゃんはその虜になった一人だ。なら…その魅力を…使わなきゃ…損てもんだろ…。』
「なぁ…。」
隣の席で談笑していた男子にユウは声をかけた。
入学してからろくに声を発していないユウから声をかけられてその男子は少しギョッとしたが、ある程度常識を持った生徒であったらしくすぐに体勢を建て直して返事をした。
「新田くん…?ど、どうした?何?」
「ちょっと悪いんだけど…俺、なんか体調悪いんだよ…。気持ち悪くてさ…。」
「え?マジ?保健室行くか?なんなら付き添うけど?」
「いや、…とりあえず早退するからさ…。もし先生に聞かれたら言っといてほしいんだけど…。」
「一人で帰れんの?大丈夫?」
「あぁ…迎えに来てもらうからさ…これから電話するから…」
「うん、わかったよ。気を付けてな。先生から聞かれたら言っとく。本当に大丈夫か?」
「あぁ…大丈夫。じゃ、頼むね。」
ユウは精一杯体調がすぐれない演技をして帰り支度をすると、ヨタヨタといかにもな歩き方をして教室を出た。
昇降口を出て、校門を出るとその演技を終えたユウはフンと得意気に鼻で笑い、近くの海岸へと足を運んだ。
校門から出て徒歩で約10分程度のところに海岸がある。
距離は高校の最寄り駅とあまり変わらない。
「はぁ!綺麗だね!ってほどでもないか…昨日夜雨降ったか?水汚ぇなぁ…。」
1度開けた海岸の砂地に立ち辺りを見回すとユウは人目に付きにくい防波堤の斜め下に移動し、煙草に火を点けた。
「ふぅ…」
海岸特有の匂いを放つ弱い風がユウの顔を撫でていく。
「俺は全てを受け止めていくべきなのかもしれないな…。受け止めて、認めていたつもりだったけど…やっぱりどこか受け止めきれてなかったのかもしれない。」
ユウは水平線を見つめながら、道中で購入した甘い缶コーヒーを開けると2回喉を鳴らして体内にカフェインを取り込んだ。
「俺だけじゃないはずなんだ。同性が好きってのはさ。みんな多分持ってるものだと思うんだよな。多分心も身体も反応するものはみんな持ってるはず。その火薬に火を点ける、そんな同性が目の前に現れるかどうかだ。俺は…俺は幸か不幸かタカちゃんという人間が現れたから…それを…それをきっかけに…あ?アレ?…」
独り言を続けようとしたユウの目から滝の様に涙が流れ出てきた。
「ハハ…なんか最近こんな感じのが多いな…自分の意識と関係無く涙が出ちまう。…俺は男に抱かれる事も、女を抱く事も出来る。それに目覚める…覚醒する事が出来たんだ。」
ユウは煙草を吸いながらも涙を拭った。
「そう、出来たんだ。目覚めてしまった、覚醒してしまったんじゃない。目覚める事が出来た、覚醒する事が出来たんだ。ならさ…これはハンデじゃねえよな。これは…俺の特技、俺の魅力…だ。フフフ…瀧本さん…。伝えるよ。俺は俺の後悔を、俺のやり方でな。そして、主役のあんたも食い殺してやる。Blue bowは俺がもらう。」
ユウは煙草を根元まで吸い切ると、缶コーヒーを飲み干し海岸から去っていった。
ユウが疑問に思い、悩んでいたものはポジティブな形で解決した様に見えた。
中学生時代という多感な時期にとてつもなく乱れた性体験をしたユウはこの日を境に変わり始める。
その根本的な支えと原動力は「性に関して、皆同じものを持っている。それを覚醒させる事が出来たのは選ばれし者の証であり、特技であり、魅力である。」というものだ。
そしてそれはこの先もずっとこの「新田優」という人間を支えていく事になる。