我思ふ Pt.121 過去の古傷8
↑続き。
「いい?たける様ぁ。準備できた?」
「ん?おぉ…ちょい待って。うん、はい、いいよ?」
うぅん。
このスピード感。
美結の「駆け抜け感」が慣れないな。
私はゆっくりゆっくりと恋の芽を育てていくタイプだ。
おい、そこ。
何を笑っていやがる。
いや、本当だ。
この時まで付き合ってきた女性も、全員歳下という事もあって本当に大切に、ゆっくりと段階を踏んできたつもりだ。
そして私と付き合ってくれた女性もおっとりとした柔和な方ばかりだったのでのんびりのんびりといった付き合い方ばかりだった。
それと比べてこの美結は「駆け抜け感」と「生き急ぎ感」が今まで経験した事のないタイプだ。
「じゃあ言うよ?〇〇県…」
ブフォッ!!
私は咳き込むフリをして吹き出した。
私はこの時関東地方在住だが、美結の口から出た都道府県名は東北の「さくらんぼ」で有名な県だ。
新幹線、又は飛行機の距離である。
「あ、オン…うんうん、いいよ?続けて?」
「〇〇町…」
「あぅ、オン…うん。」
「〇〇〇〇-☓☓だよ。」
「う、うん。分かった、ありがとう。」
「んじゃたける様は?えぇと、ホームページに〇〇県〇〇市で活動中ていうのは書いてあるよね?たける様のお家もここでいいの?」
「うん、県まではね。俺が住んでんのは〇〇市の隣の△△市なんだ。」
「へぇ~、そうなんだ。たける様ってアパートに住んでるの?」
「うん、そうそう。メゾン〇〇、〇〇号、〇〇番だよ。」
「うん、ありがとうね!あたし、すぐ写真送る!たける様もお願いね!」
「あ、あぁ分かったよ。俺も早速写真撮らなきゃね。」
「うん!たける様ぁ…。」
元気一杯だった美結が突然何かが切り替わったように湿り気を帯びた声になった。
「ど、…どうした?み、美結…?」
「…好きってもう一回言ってほしいな…」
「あぁ、もちろん。何度でも言えるよ。好きだよ、美結のこと。」
「…あ、ありがとう…じゃ…また明日また話せる?」
「もちろんだよ。またメールして、また電話する。」
「うん、分かった。じゃあね。後でおやすみのメール入れとく。」
「あいよ、んじゃね。」
「うん、じゃね!」
電話を切った私はしばらく沈黙した。
何とも言い難い気持ちだ。
嬉しさ、驚き、そして落胆まで一気に襲ってくる。
美結は私の生息域は理解しているだろう。
バンドのホームページに活動拠点は載せてあるのだから遠い地の人間というのは理解しているだろう。
それでも美結は私に思いを告げてきた。
だが、理解しているのか?
遠距離恋愛というものを。
いや、私も理解はしていない。
だが、恋愛経験が少ない私にとって、遠距離恋愛とはあまりにハードなステージだ。
ハードなステージとなる事くらいは理解できる。
そして気になる事はもう一つ。
その真相が解明されるのはまだ先の話。
続く。
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