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ブルーインパルスが所属する航空自衛隊松島基地より海に近い”6mの津波”に襲われた集落”大曲浜”の物語

宮城県・東松島市 JR矢本駅前にある「東松島市のあんてなしょっぷ まちんど」のレジ脇に1枚の写真が飾ってあります。

世に無数に出ているブルーインパルスの写真の中でも、私の一番のお気に入りです。

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その理由ですが、この飛行中のブルーインパルスの真下に見える住宅地(東松島市・大曲浜)に私の自宅が写っているからです。

えっ、理由はそれだけ?・・と思った方。少し、この先のドラマにお付き合いください。

これから、仙台在住の航空写真家でブルーインパルスの公認写真家・黒沢英介さんが撮影機に乗り込んで撮った2枚の写真を見て頂きます。

1枚目の撮影日は2006年9月で東日本大震災(2011年)以前の写真となります。ブルーインパルス先頭機の後ろ、2機の真下に住宅地が密集して写っています。(米粒状態から拡大したら私の自宅も確認できました・・苦笑)

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2011年3月11日、この大曲浜に6mの津波が襲来し、約500世帯の家がほとんど津波で流出したり、全半壊し、300名以上の方が犠牲になりました。

以下、2枚目は震災数年後に同じく撮影機から撮られた写真です。撮影している角度こそ違いますが、大きく(茶色の砂地で)更地になっている箇所、わかりますでしょうか?写真、E,KUROSAWAの文字左側あたりです。

この2枚をビフォー・アフターで見比べて頂くと、地形等から住宅地の位置が特定できると思います。

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ここの住民以外の方がこの写真を見てても、おそらく”前のめり”になることはないでしょうが、私は震災前に撮影された(1枚目の)写真を見たとき、瞬時に・・”前のめり”になりました。(苦笑)

それだけでなく、超・・感動しました!

なぜなら、生活の一部として、小学校時代から何十年も見てきたブルーインパルスのコックピットから見える景色に、「私の大切な思い出」もいっしょに映っているからです。

思い出が写っている?・・何言ってんの?と思うかもしれませんが

震災前の写真に米粒のように写っている我が家。玄関があり、リビングがあり・・と世帯主の私には間取りまで見えます。コツコツ頑張って買った一生のコレクションのはずだったエレキ・ギター7本も見えます。

震災前の写真には、私の(新築した)1995年からの人生が凝縮されており、見た瞬間・・思い出が走馬灯のように駆け巡ります。

人生初のマイホームを新築し15年後、予想すらしなかった津波での全壊という結末。もちろん、同じ思いは私だけではなく住民全ていっしょだと思います。

その後、この地は集団移転が決まり、生活をしてはいけない地区になりました。今は人もコミュニティーもバラバラになり、(住宅地は)存在しません。だから貴重かつ希少な1枚なので、私は一番のお気に入りです。

ご参考までに・・

まだ、瓦礫や漁船が残っている震災から一カ月後の大曲浜の空撮写真はこのような感じでした。ここに住人1,700名の生活がありました。

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地上から見た大曲浜はこのような惨状でした。



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