フジロック✕角野隼斗

2022.7/31 SUN Fuji Rock Festival Day3 Hayato Sumino on YouTube

※現在、ピティナ特級公式レポーターとして記事を投稿している期間中ですが、今回はそちらを離れて個人的なライブレポートを投稿します。


白いオーバーシャツでフィールド・オブ・ヘブンのステージに登場した角野。足元は裸足だった。

自前のシンセと自身がアンバサダーを務めるカシオのキーボード、Priviaを用いて、パイプオルガンのような生SEを弾くところから演奏が始まった。大音量のSEがステージに広がる中で角野はグランドピアノの前に座し、リストの『死の舞踏』のイントロを奏でる。角野が弾き始めた途端、観客が前のほうへ続々と集まってくるのが映った。ピアノなら座って聴こうかと後ろに陣取った目論見が外れたのだろう。もとより、ひとりでフジロックに乗り込むピアニストの時間が優雅な休憩タイムなどであるわけがない。フレーズが一区切りついたところでマイクを持ち自己紹介。「みなさん楽しんでいってください!」

生SEを止め、ピアノだけで『死の舞踏』が再開される。初めて立つフジロックのステージ。グランドピアノ1台だけでクラシックの曲を披露するのはリスキーで勇気のいることのように思うが、角野の演奏と表情は挑戦的ともいえる『ロック』に満ちあふれていた。

その挑戦に応えるかのようにステージの前に観客が集まり続け、足元で巧みに操作されるルーパーとカスタマイズした自前のアップライトピアノとで、音が積み重なりスリリングさを増してゆく。糸で括った骸骨を操り人形にしているかのように、鍵盤の上を角野の指が妖しく踊る。
手元だけでなく、ペダリングの足さばきにスイッチするカメラワークも最高にクール。ステージ上でなにが起きているのかを近くで見たくなってくるのか、人の集まりも続く。(20220802追記:『死の舞踏』はサン・サーンス作曲の同名の交響詩をリストがピアノソロ版にアレンジしたものです)

続く2曲目にも意外性が炸裂した。ショパンの『英雄ポロネーズ』。『死の舞踏』と同じく200年近く昔のクラシック曲だ。
1曲目では様々な鍵盤楽器を駆使して世界観を表現していたが、この曲こそ、最初から最後までグランドピアノ1台だけで弾ききった。
角野が昨年出場した『ショパン国際ピアノコンクール』でも高い評価を得た、いわば『クラシックの角野隼斗の代表曲のひとつ』であるこの曲を、混じりっけなしのグランドピアノだけで苗場に持ち込む……。角野は常々クラシック音楽のかっこよさを広めたいと話していて、以前出演した『題名のない音楽会』でも「なぜなら、クラシックはカッコいいから」と言っていた。

アレンジをせず、クラシックの上品さを損なわずにスピード感とドライブ感でチューンしたフジロック仕様の『英雄ポロネーズ』。この曲で今、ロックの聖地とも言える苗場で、角野は改めて高らかに宣言した。クラシックはかっこいいのだと。

(20220925追記:フジロック公式チャンネルに、この日の演奏がアップされたので貼っておきます!聴き比べると本当に野外仕様で元気よいな笑かっこいい!)

3曲目は『胎動』。2曲目を作曲したショパンの練習曲『エチュード10-1』への深いリスペクトが込められた角野作品。簡単に言うと、左手が角野で右手がショパンという具合でふたつの曲が並行している。
屋外に似合う、抜けの良いグランドピアノの音色から清々しくて澄んだ空気を感じる。空に向かうように、右手のアルペジオが風に乗ってどこまでも広がっていく。
クライマックスではゆったりと大きく、更に高く高く飛翔し、フィールド・オブ・ヘブンが本当の天国になったようだった。

(20221231追記:野外フェスに近い、空とコラボする『胎動』追加)

4曲目もショパンへの思いが詰まった角野作品『追憶』。淡く優しく響くアップライトの音色が観客を幻想のような思い出の中へと誘う。苗場の森から精霊たちが降りてきそうなほどの繊細さ。次第に内に秘めるものを膨張させてゆく角野の背中からは、数ヶ月前の同曲に感じたような刺々しい近寄りがたさは消えているように感じた。角野は前に進んでいる。

(20221231追記:音源のみですが『追憶』追加)

そして軽快にアップライトをパーカッションに仕立ててルーパーにリズムを記憶させ、5曲目は坂本龍一『千のナイフ』アレンジ。

更にルーパーにアップライトも記憶させ、グランドピアノに向き直りステップを踏むような指のタッチで観客の体を揺らす。シンセも自在に混ぜ込み、次第にトランスティックな空間が構築される。ステージ上の角野とフィールドの観客たちは同じ快楽に身を委ねているのだと少し羨ましくもなったが、すぐに配信で聴いている自分もまた、同じ場所にいるのだと気付いた。

(20230312追記:YouTubeにリスペクトに溢れる『千のナイフ』カヴァー動画が公開されました)

6曲目は『千のナイフ』と地続きにJ.S.バッハの『インヴェンション第4番』。バッハとロックは割と通じているというか、ギタリストが弾くイメージがある。それでもピアニストがフジロックでというと新鮮なのではないだろうか。今感のあるロックな音色と古楽器のような音色を使い分けるグランドピアノが、これまで以上に深く高く遠くへと鳴り響く。

勢いの止まらない角野は3曲続けて7曲目の『トッカティーナ』へと間髪入れず突入する。

作曲家のカプースチンは最近まで存命だった現代の音楽家でもあり、ロック好きにも受け入れられやすい選曲といえよう。むしろショパンよりこっちを先に出すかと予想していたくらいだ。一心不乱に鍵盤をはじく様子に、こちらも興奮せざるを得ない。時折、指を鳴らし拍をとる角野に対し、観客から指笛が返ってくる。

8曲目はこちらも近現代の作曲家、ガーシュウィンの『アイ・ガット・リズム』の変奏曲。この演奏も角野のYouTubeに上がっている。

トッカティーナも、この曲も、体を自然に揺らせるちょうどよいテンポで気持ちよかった。あまりの気持ちよさで、バッハのあとの2曲がそれまでのシンセやルーパーで増幅されたものでなく、グランドピアノだけで演奏されていることに気付くのが遅れたほど。角野の音楽は物足りなさを微塵も感じさせずに観客の心と体を揺らし続けている。

拍手のあと、9曲目は再びJ.S.バッハで『主よ、人の望みの喜びよ』がアップライトの柔らかい音色で奏でられ、慈しむような、祈るような、祝福のような優しい音色がフィールド・オブ・ヘブンをまるごと包み込む。カメラのスイッチ効果で、角野の背中とステージの背景セットがクロスし、まるで角野の背中から翼が生えているように見えた。

静かに弾き終わると、ラストにガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』が華麗に始まった。

ここまできてやっと、今日のピアノの素の音に気付いた。少し、シャリシャリして砂埃を咬んだような音がする。場末のジャズバーに置かれ埃を被ったホンキートンクなグランドピアノの映像が頭に浮かぶ。
計画的にこういう音のするピアノを、と選んだのか、調律でこういう音にしたのか、それとも全くの偶然か……とにかく、角野隼斗がフジロックで『ラプソディー・イン・ブルー』を弾くのにこれ以上おもしろいピアノはないだろうと感激した。と、同時に、こんな素顔を持つピアノから今までの曲で見せたような多彩な音色が飛び出していたことにも驚く。(追記:公式レポートで当日のピアノについて書かれていました。御年70歳!ガーシュウィンの生きていた頃に近い時代の空気が残る心強い相棒でした)

全国ツアー中も、角野は調律師と共に会場に置かれたピアノごとに最適な演奏で最適な音色を出しているという評判が高かった。世界各地を自身の楽器を持たず旅するピアニストは、きっとどんなピアノも最高の音が出るように弾くことができるのだろう。カデンツァでは観客から指笛が聴こえ、そこから自然と手拍子も聴こえだし、最高潮の中で角野のライブの幕がおりた。

(20220805追記:このライブの模様は9/22~24に放送予定の『FUJI ROCK FESTIVAL '22 完全版』で再び観ることができる模様。視聴は基本有料のコンテンツですが、既に契約中のサブスクに込みで観られるようになっている場合もあり、それぞれ無料で試せる期間などもあるようなので、自身の環境を確認した上でぜひご覧になることをオススメします)


曲ごとに紹介動画を貼ってありますが、今日の予行練習のようなライブの映像もあるのでこちらもぜひ

それと、今回レポートした角野隼斗さんは、私が今、ほんの少しだけ携わっている『ピティナ特級』という日本最大級のピアノコンペティションで、見事グランプリ(2018年)に輝いた方でもあります。

コンペティション真っ最中ですので、フジロックから角野さんにご興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、未来の角野隼斗になるかもしれない(?)若きピアニストたちの夏の挑戦を一緒に応援していただけたらうれしいです。YouTubeでライブ配信、アーカイブもありますので、ぜひ。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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