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FIREについて考える

 FIREとは"Financial Independence"(経済的独立)と"Retire Early"(早期退職)の頭文字をとった造語だそうだ。

 若い時はとにかく頑張って働き、コンビニでお菓子を買ったりとか無駄遣いせず、なるべく節約して生活費を抑え、残ったお金は貯金ではなく、SP500やオルカンやインド株を買って資産運用し、資産形成に邁進する。そして42歳で早期退職、その後は資産運用の利益や株主優待などの不労所得を得て、庭いじりや温泉に浸かったりなどして悠々自適な余生を送る、というのがFIREの一般的なイメージだと思う。

 このようなFIREムーブメントは2010年代にアメリカで流行りはじめ、いつの頃から日本にもやってきて最近はFIREを目指す人が増えているそうだ。


・"FIRE"について考える

 早期退職というのは英語だと"early retirement"のはずだが、
"retire early"にしたのは"FIER"より"FIRE"のほうが語呂が良いからだろう。

 英語で"fire"の本来の意味は火、炎、火事、火災、発砲、発破、非難、攻撃、首にする、解雇する、などである。

"fire" という単語は悠々自適な生活からは程遠いイメージだ。

 このあたりに"FIRE"という言葉や思想の持つ本質、さらに言えば悪意のようなものが透けて見えるような気がする。

 "FIRE"は一見魅力的に見える。
 しかしFIREを目指して辛い仕事を嫌々続け、SP500やオルカンやインド株を購入し資産形成に邁進する様は(まあ、実際にそんな人は見たことないけど想像で)まさに飛んで火に入る何とやらである。

 飛んで火に入る夏の虫という言葉を聞くと、速水御舟という画家が書いた”炎舞”という絵を思い出す。

 飛んで火に入る夏の虫の"虫"はヒトリガという蛾の一種だそうだ。

・お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方

 昨今のFIREブームの中でFIREについて書かれた本は山ほど出版されているが、この橘玲さんの本ほどFIRE(理想的な、そして概念的な)の本質を見事に突いたものないと思う。
 著者の橘玲さんは今や本を出せば売れるベストセラー作家で、物事の本質を突くあまり、元も子もない身もふたもないことを言う人だ。
 実際、"言ってはいけない"というタイトルの本を書いている。そして"言ってはいけない"が売れたので、"もっと言ってはいけない"という本を出している。そして売れている。

 ”お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方” というタイトルだけ読むと、
「次に来るのはこの銘柄だ!10倍株の見つけ方!」とか、
「利回り平均20%!海外株のすすめ!」 のような内容を想像するが、残念ながらそんなことは書かれていない。

 最初にお断りしておくなら、確実に金持ちになる方法など、この世にありません。もしそんなものがあれば、世界じゅうの人が金持ちになっているはずです。百歩譲って、仮に確実に金持ちになる方法があるとしても、それが本に書いてあるわけありません。他人に教える前に、著者自身がその方法で金持ちになるはずだからです。

お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 -知的人生設計入門 橘玲

だそうです。

 この本はFIREの本質を突いた本だと書いたが、"FIRE"という単語は一度も出てこない。
 2002年に出版されたオリジナル版、そして2017年に一部加筆された新版文庫版を読み返してみたが、一度も出てこない。

 しかしこの本の冒頭には理想のFIRE、概念的なFIREを連想させる下記のような記述がある。

  黄金の羽を拾うためのキーワード 
  Keys to Finding the Golden Feather of Wealth

【目標】Goal 真に自由な人生を生きること

【自由】Liberty 何ものにも束縛されない状態

【経済的独立】Financial Indipendence
 誰にも、何ものにも隷属せず、自由に生きるのに十分な資産


【近道】Shortcut 
 最短距離で目標に到達できる、少数の人しか知らない方法

【黄金の羽根】Golden Feather
 制度の歪みから構造的に発生する"幸運”。
 手に入れたものに大きな利益をもたらす。

お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 -知的人生設計入門 橘玲

 いわゆるFIREをしたい人というのはこういう状態を目指しているのだと思う。
 経済的独立という言葉は出てきているが"FIRE"という単語は出てこない。しかし、いわゆる理想のFIRE的なものを目指す人には巷に溢れるFIRE関連の情報を見る前にぜひこの本を読んでほしいと思う。 

・制度の歪み=黄金の羽根 とは?

 それでは橘玲さんの著書 ”お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方”の内容についてみていこう。

この本の最初の章で書かれている"世界にひとつしかないお金持ちの方程式"は下記の3つである。

 ①収入を増やす
 ②支出を減らす
 ③運用利回りを上げる。

あたりまえー
そんなの当たり前のことを言ってどうするのか。

そして資産形成の最短の方法については下記のように書かれている。

(ルール10)最速の資産形成法は税金を払わないことである。
最後に、最も早く確実に金持ちになる方法をお教えしましょう。誰もあからさまに言わないものの、たいていの人が知っていることですが、それは自営業者(あるいは中小企業の経営者)になって、所得に対して税金を払わないことです。
 サラリーマンの場合、仮に1000万円の収入があっても、税・社会保障費を引かれた手取りは700万円程度です。それに対して自営業者の場合、同じ1000万円の収入があれば、国民年金と健康保険に若干の支払いをしたとしても、合法的にほぼ全額を可処分所得にすることが可能です。仮に生活費を400万円とすれば、サラリーマンの貯蓄額は300万円自営業者は600万円です。
<中略>
 このように、税金を払わない効果には圧倒的なものがあります。だからこそ、多少でも目端の利いた人は、さっさとサラリーマンを辞めて自営業者になるか、自分でビジネスを始めます。うまく事業が軌道に乗ってキャッシュが回り始めれば、税コストのかからない彼らは急速に金持ちになっていくのです。

お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 -知的人生設計入門 橘玲

 身もふたもないが、これがこの本で語られる"黄金の羽根”の正体である。

 上記引用部分はルール10だが、ルール6はサラリーマンが金持ちになる方法は3つある、とあり、その方法は 

 ①年収を上げる 
 ② ベンチャー企業でストックオプション(ギャンブル)
 ③架空発注&キックバック 

という3択である。カワサキドリフトな選択肢である。
この本はこういう身もふたもないことが書かれています。

・国家に惜しみなく奪われる人々

"国家に惜しみなく奪われる人々"とはサラリーマンのことである。身もふたもない。

 原著では「惜しみなく奪われるひとびと」として、サラリーマンが国家から収奪の対象となっている現実を指摘しました。日本の年金や健康保険が制度として持続不可能なことを詳しく説明したのですが、いまではこのことは国民の常識になっています。(財政や社会保障の専門家による解説書もたくさん出ています)。
 そこでここでは煩瑣な社会保障制度の解説は割愛し、サラリーマンがなぜ「惜しみなく奪われる」のか、その骨子を述べるにとどめます

新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ 橘玲

 この章を要約すると、国民年金、国民健康保険の赤字はサラリーマンの厚生年金や組合健保から補填されており、高齢化によって急激に膨らむの老人医療費についてもそのツケはサラリーマンに回ってくる、ということ書かれている。

 しかしなぜサラリーマンが国民年金、国民健康保険、そして高齢者医療費のツケを払わなければならないのか。

 まず、国民年金は赤字にしないために負担率を上げることは不可能である。
国民年金の納付は個人の自主性に任されており、国民年金を払わないことによる罰則はないも同然のため、掛け金が受給額を上回った場合、支払う人はいなくなり、その瞬間に国民年金は崩壊する。つまり、国民年金は常に赤字の状態でないと維持できない構造になっている。
 この構造は国民健康保険についても同様である。
 そして、高齢者の医療費の自己負担を上げることも政治的に困難である。これはシルバーデモクラシーというやつだろう。消費税を上げるのも政治的に難しい。

 結果として、取りやすいところに負担が集中する。
つまり給料天引きで半ば強制的に徴収可能なサラリーマンが搾取されるのだ。

 会社とは税金ホイホイであり、サラリーマンはホイホイされており、国家の財政赤字、そして高齢化で増加の一途をたどる社会保障費をホイホイされ続ける健気でいじらしい存在ということになる。

 なんとも哀れな光景だが、これが現実であり、そしてこのホイホイ度は年を追うごとに上がっていく一方だ。
 このままでは若い世代はホイホイされた瞬間に干からびるだろう。そして老人は水をジャブジャブ浴びながら干からびていくのだ。

・残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

 橘玲さんはさらにサラリーマンに追い打ちをかける。

 かつては、サラリーマンの人生は若いうちに苦労して、年をとれば楽になるといわれていました。ところがいまは、年をとるほどつらくなっていきます。リストラ圧力は日本的雇用慣行の歪みから構造的に生じてくるものですから、会社や経営者、あるいは”グローバル資本主義”を非難してもどうしようもないのです。
 中高年のサラリーマンが抱える問題の本質は、労働市場で客観的に評価される一般技能が欠如していることです。スペシャリストとバックオフィスが未分化な日本の会社では専門性を磨く機会が与えられなかったのですから、サラリーマン個人を責めても仕方のないことですが、だからといって誰かが救済してくれるわけではありません。
 企業特殊技能しか持たないサラリーマンの人的資本は会社を離れるとゼロになってしまいますから、定年後の再就職もきわめて難しくなってしまいます。ビジネス社会から切り離された"悠々自適”が定年後の理想ともてはやされたのはこのためで、不況と低成長でそれが難しくなると、安い給料で元の会社に再雇用してもらうしかなくなりました。

新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ 橘玲

ブヒ🐷

このような「残酷な世界」で生き延びるためには、どうすればいいのでしょうか。目標は明快ですが、実現は容易ではありません。

新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ 橘玲

どうすればいいのだブー🐷

 人的資本からの収益を増やすには、原理的に、次の方法しかありません。
①人的資本への投資によって運用利回りを上げる
②人的資本の運用期間をできるだけ長くする

新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ 橘玲

少し説明すると①の方法は頑張って能力を上げたり、資格を取ったりすることで収入を増やすこと、②はできるだけ長く働くことです。
橘玲さんは①よりも②の長く働くほうが確実な方法だと言う。

🐷.....

当たり前の話ですが、長く働けば働くほど労働市場から得られる富は大きくなります。老後問題とは「老後」が長すぎることなのですから、80歳まで働ける仕事を持てば問題そのものが消失し、年金制度の破綻を気にすることもなくなるでしょう。

新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ 橘玲

🐷 ....

そう考えれば、いちばん大切なことは楽しく長く働ける仕事を見つけることです。

新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ 橘玲

🐷 ......

「何を当たり前のことを」と思われるでしょうが、これ以外に60年という長い職業人生を乗り切る戦略はありません。「楽しく長く働ける世の中にしよう」と言うきれいごとではなく、私たちは、「好き」を仕事にする以外に生き延びる術がない、そんな「残酷な世界」に連れ去られてしまったのです。

新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ 橘玲

ブヒー🐷

・FIREについて考える。

 以上を踏まえ、いま一度FIREについて考えてみよう。

 まず、FIRERE(早期退職)についてはナンセンスだということは分かったと思う。

 それではFI(経済的独立)についてはどうだろうか。
そもそもFIREという考え方は”金さえあればなんとかなる” という大前提がないと成立しない。

 しかし貨幣経済や金融資本はそれほど確実なものだろうか。

 人手不足による人件費の上昇や資源価格の高騰や円安による物価の上昇はインフレによる価格の上昇を上回るだろう。
 つまり資産を守る投資(インフレによる株価の上昇)だけでは対応出来なくなるということだ。
 ”金さえあればなんとかなる"というのはおそらく今後もしばらく変わらないと思うが、金額はどんどん上がっていくだろう。ただ金額が上がるだけならば、"経済的独立”という考え方はまだ成立する。

しかし、人手不足、円安からの物不足となれば、”金があっても買えない”という状況に陥る可能性がある。そうなると"経済的独立”という考え方が揺らいでくる。

 むかし昔、日本では水と安全はタダと言われていた。しかし人手不足により、警察官の数や交番・駐在所の数は維持できなくなるだろうし、水に関しては気がつけば水道の民営化が始まっている。しかもフランス系のグローバル企業によって。民営化すれば水道料金は確実に値上がりする。おそらくこの民営化の流れは水道に限ったことではなく、他のインフラ、公共サービスについても同様だろう。
 郵政民営化の次は行政民営化である。そしてそこに入り込むのは水道と同様におそらくグローバル企業になるだろう。にわかには信じがたいが、これは日本で確実に起こる未来である。なぜならもう一部では実現されているのだから。郵便局だってアフラックの代理店をやっているではないか。
 民営化した場合、採算が合わないとサービスが打ち切られることは十分考えられる。実際にアメリカで電力自由化した際には大規模な停電が何度も起きている。

 このような”金があっても買えない”状態に陥った場合、解決方法は、自分達でなんとかする、しかない。

 日本型終身雇用、60歳定年制度、年金受給のような生活様式は、明治時代以降の急激な人口増加とそれに伴う経済成長によってもたらされたものだ。そしてそんな環境が整っていたここ数十年というのは長い歴史で見るとかなり異常な期間である。

 橘玲さんは高度経済成長期に成り立っていた生活様式が破綻した現在を「残酷な時代」と表現しているが、終身雇用サラリーマンからの年金生活というのも考えようによっては残酷なものである。そもそもどんな環境、どんな時代でも世の中無慈悲で残酷な部分はある。時代によってその残酷の形が変わるだけなのだ。 
 年金に頼れない、国に頼れない、さらにお金にも頼れなくなるかもしれないというのが残酷だというのは分かる。しかしもうそれはしょうがない。
 もはや「老後」という言葉すら成立しない時代において、FIREなどという幻想にとらわれず、もう少し現実的な「明日」への備えを考えたほうが良いのではないか。
 変化の時期というのは辛い人にとって辛いだろうが、それが楽しい人にとってはけっこう楽しい時期でもある。
 昼よりも日が沈んだ後の夜のほうが元気な人はいるのだ。
 残酷の形の変化とともに幸福の形もまた変わっていくのだろう。

 この変化の時期を過ぎれば今からだいたい30年〜50年後くらいに安定期のようなものがやってくる。そしてそれはそんなに悪いものではないだろうと思っておけば気休め程度にはなる。

ブヒっ🐷


・追記
下記の橘玲さんの記事にサラリーマンの年金がいかに食い物にされているかが書かれている。

平均寿命まで生きて年金を受給した場合、サラリーマンは厚生年金の掛け金に対し、1000万円も損をしているそうだ。
一方、国民年金は掛け金の1.9倍返ってくる。

サラリーマン搾取よりも、さらに悲惨なのは若者搾取で2000年生まれの若者が厚生年金と組合健保に加入すると3720万円の損失になるという。

YouTubeに上がっているTBSのニュースの金額が分かりやすかったので、載っけておきます。
生まれた瞬間、マイナス3282万円だそうです。

ここまでくると本当に「残酷な世界」になっている。



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