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デプスインタビューで何に注目するか

フリーランスでリサーチャーを始めてから、定性調査のモデレーター(インタビュアー)をする機会が増えた。(過去に勤務していた調査会社ではモデレータは基本外注)
ほぼ未経験だったが、それなりの数の現場に立ち会って、それなりの数のモデレーターの様子を見てきたので、なんとなく感覚だけは掴んでいた。

現在フリーランス4年目。ともなると、さすがに数をこなしてインタビューのコツを体得してきた。まだベテランの域には程遠いが、インタビューとしての場を成立させることはできてきたように思う。

主に担当しているのはオンラインのデプスインタビューである。
地理的な条件から、なかなかリアル対面のインタビュー実施が難しいことが多く、一方でテレワーク環境の普及と共にオンラインデプスが身近なツールを用いて実施できるようになった。我ながら良いタイミングでモデレーター業をできるようになったものだ。

グルインか、デプスか、という議論は昔からあるものの、現状のオンライン形式のインタビューではデプスの方がハンドリングがしやすいという利点がある。もちろん調査目的に従って手法は選ばれるべきであり、オンラインであれオフラインであれ、グルインの方が推奨される場面もあるが、より解像度の高い質的な意見を取りたい、ターゲットのペルソナ像を明らかにしたい、といった要望に対しては、基本的には1:1のデプスインタビューをベースに調査を組み立てることが多い。

最初の頃は、インタビューフローにとらわれることが多かった。
インタビューフローとは、どのタイミングで何を聴くかのインタビューのシナリオ(台本)みたいなもので、基本的にモデレーターが作成する。
駆け出しの時期は、このフローに従って最初にこれを聞いて、その次にこれを聞いて…という感じで台本通りにインタビューを制御しようとしがちだ。だが実際のインタビューは生もの。会話の流れに従って、後で聴く予定だったことを今聞いてしまおう、といった形で柔軟にコントロールし、インタビューの温度感が冷めてしまわないように適宜対応する。

デプスインタビューで注目すべきは生身の生活者である対象者だ。予め想定された台本ではないし、担当者があれこれ考えた事前仮説ですらない。
目の前の生身の人間が、ある場面で、何を見て、何を感じて、どんな意思決定・判断をしているか。それをスケッチブックに模写するように聴き取っていく。その判断を裏付ける価値観や心の動きなどを適宜プロービング(追質)しながら、より解像度の高いたった一人の生活者の姿を描く。

モデレーターをしながら僕が最も注目するのは、対象者の表情だ。言葉として何かを語っていても、どこか自信なさそうだったり、何となく一般的に言われている常識をなぞって口にしていることもある。それは彼ら彼女らの表情の動きを見ていれば肌感として感じ取れる。
逆にパッと表情を輝かせて熱い目で語られるエピソードなどは、対象者にとって極めて重要な価値基準を包含する言葉であることが多い。すかさずプロービングしてその裏にある心理に迫る。

時々、クライアントでもインタビューに参加せず、議事録とレポートを受け取るだけの人がいるが、個人的にはできるだけ現場を見てほしい。モデレーターとしてはプレッシャーもかかるし緊張もするが、それでも生身の対象者の姿、表情、現場感を共通言語として持っておくことは、後々の分析や提案がスムーズにいくコツだ。調査を委託する側も、調査現場にできるだけ参加してほしい。これはオフラインの定量調査(今や数は少ないが)などでも同様である。

ちなみに僕は大の口下手で、40代後半となった今でも話術のコツを参考書などでなんとかカバーしようと四苦八苦しているような人間だ。会話がローデータになる定性調査には苦手意識があったことは否めない。

だが実際にやってみて、口の上手い人だからといって優秀なモデレータになれるわけでもないということが何となくわかってきた。(極度な口下手には厳しい世界だとは思うが)
モデレーターに求められるのは観察力と共感力、そして人間としての奥ゆかしさだと思う。口が達者かどうかではない。対象者の表情や動きをさりげなく観察しながら、一定の包容力をもって一人の生活者と向き合えるか。自分の意見を押し付けるのではなく、たった一人のそこにいる人の考えを引き出す奥ゆかしさを持っているか。それがモデレーターに求められる資質であると思う。

華々しいメディアに登場する「有名モデレーター」は確かにそのあたりの手腕に長けている人が多い。(もちろんそうでもない人も中にはいる)モデレーターとしての力を蓄えるには、良いモデレーターが仕切る現場をたくさん見て学び(真似び)、数をこなすしか道はない。

いくらAIが発達したとしても、ふとした時に見せる対象者のさりげない表情や小さなため息、軽い苛立ち、楽しそうな雰囲気などを感知して柔軟にモデレーションに反映できるようになるには相当の時間と技術を必要とするだろう。モデレーターは、自身が生身の人間であるからこそ、それが実現できるのだ。

インタビューは奥が深い。
やればやるほど人間の奥深さを知ることになり、そのたびに自分の課題発見や学びが山ほどある。レポーティングも難易度が高い。
だが、正しいリサーチャーを目指すのであれば、定性調査はよくわからないから自分は定量調査の世界で生きたい、などと言って放棄しない方がいい。たった一人の誰かの言葉が新しい市場を創出する可能性がある。それが定性調査の威力だ。テクニックは後からついてくる。まずは目の前の人の声に耳を、心を傾けて、共感力を高めていこう。

ニーチェの「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」ではないが、他人の観察は自分自身に対する観察でもある。自分を試すための試行錯誤を決して怠ってはならない、と心に刻んでおこう。


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