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「意識マトリクス」入門~「体験談」(ナラティブ)からの「推測」(インサイト)

自動車のインテリア開発を例に考えます。

インテリアと言っても色々あり、ダッシュボードもあれば、天井もフロアもあり、窓があれば、シートアレンジもあるわけで、それは多種多様なパーツがあるわけです。あるモデルがフルモデルチェンジをするにあたって、それらを見直すことになった時、その方向性を探索するということでインタビュー調査を行うとしましょう。

その場合に考えられるのは上記のような様々なインテリアパーツについて、それぞれについてのユーザーの 「意見」を聞き出すという調査設計でしょう。例えば、「天井についてのご意見」とか、「フロアについての満足・不満」といった「質問項目」が列記されたインタビューフローが設計されることでしょう。

しかし、ここでよく考えてみていただきたいのですが、普通の自動車ユーザーとして、その質問に答えることができるでしょうか?

私は学生時代は毎日自動車を利用し、社会人になっても年間に1万キロ以上は運転していた、自動車の運転が好きな40年以上の自動車ユーザーですが(笑)、そのような質問に対して答えられる自分を想像することができません。「見た目がきれいなもの」、「感触が良いもの」、「使い勝手の良いもの」といった「タテマエ」でしか答えられないと思います。それ以上のことは述べられないので、「具体的にはどうなれば良いですか?」とか「その理由はなんですか?」と「深堀り」をされると最早それに答えることは不可能です。沈黙して考え込むしかありません。苦し紛れに 「フェラーリみたいにカッコよければ良いですね」と言う可能性もあります。しかし私はフェラーリを買ったことも、買おうと思ったことも、買えるようになったことも、実物のインテリアを見たことすらもありません。まさに「粗雑な合理化」そのものです。(笑)

そんな私のような消費者に対しての、このインタビューは極めて低調なものになると思います。ところが、インタビューフローの例と調査会社社員への調査結果をお見せしたように、世の中で行われているインタビュー調査はそのようなものが大半であるわけです。

一方、そのような問題は広く認識されていますから、今度は「インフルエンサー」のような「イノベーター的な消費者」を呼んできて話を聞こう、ということにもなります。しかし、「それが話せたら心理学者だ」とおっしゃったアニメオタクの方の例のように、インフルエンサーやイノベーターと呼ばれるような人たちの生活は必ずしもマジョリティを代表するものではないわけです。インフルエンサーの生活はインフルエンサーとしての生活なのです。例えば外食ならそれをインスタにアップするために外食をする生活であって、「普通の人」の外食とは異なるわけです。また、例えば自動車のインテリアについて語れる人というのを探していくと結局それは「プロ」のデザイナーであるというようなことにもなるわけです。しかしそもそもその「プロ」がこの調査をやってるわけですから、この発想にも賛成はできないわけです。それは無意識のうちに「世の中にそんなに居ない人」に合わせようとしてしまっているリスクを伴っていることにも気づく必要があります。

それに対し、例えば私のような、特別・特殊ではないけれども、自動車が好きでその体験も多い人間が、「自動車の中での過ごし方あれこれ」というお題で話をしてくれと頼まれたとします。すると、記憶の中を手繰って、自動車の中で経験した様々な思い出や出来事、事件などを話せるわけです。自動車パーツについての知見はないけれども、自動車の中での体験談ならいくらでも話せるわけです。またその体験談の中では、所々で、意識されているパーツの話も出てくることでしょう。つまりパーツの話は体験談に包含されているのです。

この両者の発想の違いによるインタビューフローの違いはこのようになります。

自動車の中での体験談を具体化すると、以下のようになります。

ところが、「車の中での夫婦喧嘩」の話を聞いて一体何の役に立つのか?というのが多くの方のモノの見方だろうと思われます。これではインテリア開発の役には立たないではないかと。

「ニーズ」も「アイデア」もS領域に存在するものです。ここで必要になるのが、C領域にある「生活者の生活体験」をS領域の「生活者のインテリアニーズ」や「商品アイデア」に「ホンヤク」する能力です。つまり「インサイト」する能力です。


それは、以前に「過去と現在を知って未来を想像する」「未充足ニーズの見つけ方=行動を見る」「魔法の鏡~『脳梁マーケティング』」「絶対に成功商品が作れるインタビュー~CASに対応するインタビュー方法とは?」などでご紹介したモノの見方、考え方などのノウハウです。そういったノウハウを持っていないので、マーケティングの答えを直接調査対象者に求めること、すなわちアスキングが発生するわけです。

この例をCASで「ホンヤク」すると、以下のようになります。すなわち未充足ニーズがこの世間話から導き出されるわけです。

その未充足ニーズからインテリアの「開発課題」を導き出し、具体的なアイデアに展開したのが以下の例です。

つまり、「車内での夫婦喧嘩」の話が「ミニバンのシートアレンジ」のアイデアに「ホンヤク」されうるわけです。これが、いわゆる 「インサイト」なのですが、上記したように、それは調査内での対象者の発言として直接得られるものではなく、調査主体側がその発言情報を素材として、分析・推察する結果に得られるものであるわけです。

「聞き出す」という発想は実は、この調査主体側が行わなければならない分析・推察の必要性の認識が無いことや、そのノウハウ・メソッドを知らないために持たれてしまうものだと言えます。

一方、経験談というものは、「具体的」であり「構造的」です。構造的というのは、その中に因果関係などの生活行動の論理が含まれていますし、経験の前後の変化を見ると、その行動の目的だったことが特に意識されておらず、すなわち話されていなくても、それが推測できてしまうわけです。このような「体験談」を「ナラティブ」と呼び、心理学や社会学では昨今「ナラティブアプローチ」と呼ばれるものが注目されています。

ナラティブから読み取れることは多いのですが、わざわざそれが読み取れない話、否、そもそも話せないことを聞き出そうとしているのが、今の一般的なインタビュー調査だと言い切ってしまっても過言ではないでしょう。

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