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梅澤ニーズスパイラル理論から、拡張ニーズスパイラル理論へ(「イノベーション統一理論」による未来予測・未来創造⑤)
3、梅澤ニーズスパイラル理論の限界・問題
ニーズスパイラル理論は梅澤先生と弟子たちによって1980年代から研究されていました。この時点ではCASとは別の体系として考えられていたのですが当時CASはまだ未完成で、未充足ニーズという概念はあったものの、ベターニーズとディファレントニーズの区別がつけられていませんでした。それが「消費者ニーズの法則」の研究で、「ニーズの系統発生理論」が見出され、CASは「生活上の問題」を対象に行って「ディファレントニーズ」を創造しなければ意味がない、という事が明らかになりました。それ以前はCASにおいてはベターニーズとディファレントニーズの区別、すなわち「生活上の問題」と「商品上の問題」の区別をしていませんでしたが、商品上の問題を対象にするベターニーズについては改良商品を生み出すのみなので、わざわざこんな手の込んだ事をする必要がないということが整理できたということです。
ディファレントニーズとは生活を変化させるニーズです。道具の発明によってディファレントニーズが充足され生活が変化すれば、新たな生活上の問題が発生します。それを解決するために新たなディファレントニーズが発生し、それが新たな商品・サービス(道具)の登場で満たされればさらに生活が変化していきます。これがディファレント方向へのニーズの系統発生です。故に「生活上の問題」に着眼してCASを行えばスパイラルアップした次のフェーズの生活とそこで使われる商品が予測できるということになるわけです。
つまり、別の体系として考えられていたCASとニーズスパイラルとは実は同じものであり、前者はニーズスパイラルに組み込まれていてスパイラルアップを引き起こす潜在メカニズムであったということが解き明かされたということになります。「長期ナンバーワン商品の法則」にはこの考え方に基づいてニーズスパイラルによる未来予測の為の分析事例が紹介されています。
しかし僭越ながら弟子としての個人的感想を言わせてもらうとこの頃より梅澤先生はニーズスパイラル研究の優先順位を下げられたように思われます。何故ならば、研究として一区切りついたと共にそれがCASと同じものだと明らかにできたので、あえて別の課題として研究する意義を感じられないようになったのではないか、ということと、バブル崩壊でリストラで大変だった当時の経済状況においては企業は今を乗り切るのに必死で未来予測の需要はあまり無かったということです。
一方私は先生のお手伝いで自ら上記著作に掲載の分析事例作成を行いながらも、この梅澤ニーズスパイラルに何かモヤモヤしたものを感じていました。それは以下のような理由によるものです。
1、梅澤ニーズスパイラル理論は最初にQ1(生活ニーズ)として取り上げたニーズがどのようにディファレント化して変化していくかという点に着眼しているものです。これは、議論や予測論理をシンプルにできるというメリットがある反面、対象とするニーズから離れることができないため予測の自由度が限られる印象がありました。また同じニーズに対しての生活上の問題を次々と追加していくという論理であるためアウトプットされる未充足ニーズがどんどんと小粒になっていく印象も否めませんでした。
2、生活変化は「道具の発明」だけによって発生するわけではありません。道具の発明というと狭義に捉えられてしまいますが、広い意味での「道具」である法律や社会制度の変化によっても発生しますし、生活の知恵的な生活技術の発明によっても発生します。それらは未充足ニーズによってもたらされるものです。従って、視野を商品・サービスの範疇から人間が生み出すものすべてに広げて考える必要があると思われます。例えば芸術作品などもその対象として考えることができるはずです。
3、また、道具に加えてこれらのような制度や技術の発明というのは一つのニーズの変化の中で生まれるものですが、生活変化とはその一つのニーズの系の中だけで発生するものではなく、外部の環境の変化によっても発生します。例えば新型コロナのパンデミックという外部環境の変化は我々の生活を変化させました。そこにはまた別のニーズの系もあると考えられますが、それまでにあったニーズにも変化をもたらしました。加齢やメンタル状態という内部環境の変化も同様に変化をもたらします。つまり、一つのニーズの系は別のニーズの系と絡み合いながら互いに影響し合うということでもあります。梅澤ニーズスパイラル理論にはこの環境の観点が欠落していました。
4、1と関係するのですが、従来の梅澤ニーズスパイラル理論の構成要素、系の中だけではスパイラルアップした後の世界で発生する新たな「生活上の問題」の予測の根拠やヒントの観点が無く、それを予測すること自体が困難な課題となっていました。
このように考えると梅澤ニーズスパイラル理論はシンプルであるという長所があるものの、視野としては限られており自由度が乏しく応用範囲が狭いのではないか、というのが私の感じていたフラストレーションです。
一方、私があるべきと考えていたニーズスパイラルのイメージは「風が吹けば桶屋が儲かる」と表現できるものです。これは「風が吹く」という環境変化から「新しい桶が欲しくなる」というニーズ変化がもたらされる連鎖のメカニズムです。それは目を病んだ人、三味線を作る人、桶のユーザーなど主体が連鎖しながらそれぞれがそれぞれのニーズを玉突きのように発生させるという現象を生んでいます。この玉突きというのは融通無碍に発生するのでニーズそのものやニーズを持つ主体を決めてかかってしまうと予測の範囲が狭まってしまうということになります。
なぜこうあらねばならないと考えていたかというと、この研究の過程で私たちは2度の大震災や積立年金制度の破綻、雇用制度の変化、あるいはインターネットの爆発的な普及や少子高齢化など大きな環境の変化を体験しており、その環境の変化はあらゆる人々の生活のあらゆる領域のニーズに影響を与えていたと思われるからです。すなわち、一方でCASというものがあっても、そのような大きな歴史的「イベント」が発生したときにこそニーズスパイラルによる未来予測というものが求められ、その真価を発揮するのではないか?、その為には持つべき視野を拡げなければならないのではないか?ということなのです。すなわちニーズスパイラルの概念拡張です。それによってCASとは別にニーズスパイラルという概念、理論、手法を持つことの意味を見出そうとしたわけです。
4、拡張ニーズスパイラル理論とは
そこで、ニーズスパイラルの概念図を以下のように書き直してみました。これを「マクロのニーズスパイラル」と呼んでいます。
書き直したポイントは
①生活ニーズによって生み出されるものを「道具」から商品・サービス、技術、制度など「創造・発明」一般に概念拡張をした。
②環境の変化も生活変化を引き起こすので、梅澤ニーズスパイラルでフォーカスされていた生活変化から創造・発明までの「系」の外側に「環境の系」を設定した。
③「創造・発明」もシーズ・技術が絡み合う一つの系として考えるようにした。
の3点です。
「環境の系」は自然や社会の状況などの生活者の外部環境と、生理や心理などの生活者の内部環境が複雑に絡み合ったものだと考えられます。そして環境が変化すると生活変化を引き起こします。
また、創造・発明は既存の技術要素などのシーズが絡み合って発生すると考えられるので「創造の系」として切り出すことにしました。創造・発明が生まれると生活変化を引き起こします。
CASに相当する生活変化⇒生活上の問題の発生⇒生活ニーズの発生の連鎖は「生活の系」と定義することにしました。
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このように概念拡張をすることで、上記の「風が吹けば桶屋が儲かる」のように、環境変化からニーズ変化、創造・発明の連鎖に対応できることになります。また、その系のメカニズムを解き明かす必要はあるというものの
環境変化自体を一つの独立した系としていることで現在の環境から次の環境変化を予測するという観点も生まれてきます。
また生活の系や創造の系の背景となる環境の系という概念を設定していることで、生活変化から創造・発明の「方向性」も規定することができると考えられます。例えば、「資源問題」が強く意識されるようになるという環境においては資源枯渇の不安や資源不足による資源高騰の問題などが生活上の問題やニーズ発生・変化の方向性に大きな影響を及ぼすと考えられます。
「創造の系」についても独立した系として扱うことで新たなシーズ、技術の登場が創造・発明にどのような影響をもたらすのかという観点をもたらします。例えばAI技術の登場はそれまでにあった様々なシーズとどのような化学変化を起こしながら、どのような創造・発明を生み出すのか?というようなことです。その新たに生み出された創造・発明はそれまでのどのような未充足ニーズに応え、その後にどのような生活を変化を起こすのか?という部分で生活の系と関係するということになります。
このように概念拡張をしたことにより、このニーズスパイラルの応用範囲は大きく広がったと考えられます。
次回は、この理論に基づいて、リサーチからイノベーションを生み出すことを目標に、実際に行われた事例についてご紹介したいと思います。