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「イノベーション統一理論」⑥~「イノベーション」とは何か?「ブルー・オーシャン」はどこにある?

調査目的の「競争力の判断」について前回の記事に多少加筆をしています。
今回は予告通り、この内容で説明をすることにします。

NOHL理論と油谷先生の活動の歴史的経緯を振り返ると、晩年には先生は「生活行動分析」と「生活心理分析」をあざなえる縄のように統合された「内在的生活連関構造分析」(ILRSA)というものに取り組んでおられました。これは簡単に言うと「風が吹けば桶屋が儲かる構造」で何がしかの出来事、環境変化が生活にインプットされた結果、アウトプットとして意識面と行動面で生活者とその生活にどのような影響を与え、その結果としてどのような商品やサービスが求められるようになるのか?という研究でした。

例えば正に現在我々が置かれているが、20世紀の当時には想像もできなかった「人口の過半数が50才以上になる」という世の中ではどのような生活が営まれ、どのような商品・サービスが求められるようになるのか?という事について先生は長大な著作を遺されています。そしてその内容は正に現代の生活の多くを示唆しているものでした※。

※以下のような著作があります。
・50以上の世界: 標準世帯の終わり・から (シリーズ21世紀の生活価値展望 Vol. 1) 単行本 – 1999/1/1
・終わらない春: 意思決定の重層化 (シリーズ21世紀の生活価値展望 Vol. 2) 単行本 – 1999/3/1
・持続可能な日本: 循環型社会への道 (シリーズ21世紀の生活価値展望 Vol. 3) 単行本 – 1999/4/1
いずれも油谷 遵 (著), 辻中 俊樹 (著)

これらを読むと現在の状況を当時からかなり的確に予測されていたことがわかります。但し残念ながら一点大きく予測が外れているのは「日本が経済大国から転落する」という現状が想像もできなかったということです。これは当時の日本の商品開発力=イノベーション力から言って予想外だったということだと思いますが、であるからなおさらに、油谷先生や梅澤先生などの業績と理論をこの時代に今一度振り返る必要があるということにもなります。

先生がこのような取り組みを始められたのは私が推察するに「NH方向には何があるのか?今後何がNew-NHゾーンの商品・サービスとなるのか?」を予測しようという目的に尽きるかと思われます。なぜならばN方向へ市場をシフトさせるためにはそれまでの延長線上の商品特徴ではなく非連続な変化が必要な一方で、それを明らかにするための具体的方法論についてはその時点ではまだ十分には確立できていなかったからです。先生はそれを「生活の構造的変化のメカニズム」を解き明かすことで確立されようとされていたのではないかと推察されます。生活の変化が予測できれば、その変化を生んだり変化に対応したりするN方向の商品特徴も予測できるでしょう。

それは正に「生活と商品・サービス」の関係を解き明かそうとされたものであり「生活工学」そのものだと言って良い内容であるわけです。そう考えると、「生活のハイレベル化」(満足水準=生活水準の向上)と「新しい生活の登場」(生活変化)を二軸とした世界観の「統合図」にはその説得力や納得感が感じられるかと思います。

さて、この図に時間的経過を追記し、ある一時点を切り出して簡略化すると以下のようになります。

この図の左側は「過去~現在」の生活の領域であり、その領域のニーズは商品化、市場化され充足されています。ここは「市場奪取」=「シェア争い」が行われている「レッドオーシャン市場」です。ここの市場は顕在化しているので売上が見込めます。従って次から次へとリスクを回避しようする後発の参入が相次ぎ激しい競争状態になっていきます。その競争はいかによりH方向に商品・市場をシフトさせるのかという論理で動いています。しかしすべてのプレイヤーが同じH方向を目指しているのでリスク回避どころか、結局はパワーゲームに陥ります。そのため梅澤MIP研究が明らかにしたように、先発がトップシェアとなって成功するのが1/2の確率であるのに対し、後発ブランドがトップシェアとなって成功するのはわずか1/200であり、後発では結局、投下資本の大きなところしか勝てないという結果となります。

一方、この図の右側(N方向)は現在はまだ登場していない「現在〜未来」=「新しい生活」の領域です。この領域のニーズは未充足でありまだ商品化、市場化されていません。多くの場合そのニーズの存在には気づかれておらず潜在しているのです。市場化されていませんからここは売上がゼロです。ところがそのニーズに応える商品が登場したときに、この領域の存在が顕在化し市場化します。それが『ブルー・オーシャン市場』です。そこには競合は存在しません。その無競争状態で素早く認知を得ていち早く市場に浸透することで『カテゴリーを代表するブランド』の地位を確立すれば、その後競合が出現してレッド・オーシャン化しても長きに渡って競争優位を保つことが可能です。その成功率は後発の100倍です。

この右側のブルー・オーシャン領域は「未充足ニーズに応える」=「新しい満足を提供する」ことで顕在化するわけですが、それこそがまさに「イノベーション」にほかなりません。ニーズ・満足観点=生活価値観点ではN方向へのシフトとはディファレントニーズに応えることであり、それこそがイノベーションに他ならないということです。ディファレントニーズを満たすとは生活を変化させるということですから、イノベーションとは生活変化を起こす、新たな生活を生む、ということに他なりません。また、商品価値観点では、商品・市場をN方向へシフトさせてディファレントニーズに応えるためには、従来にはなかった商品要素、商品特徴の組み合わせが必要だということになります。

これがブルー・オーシャンとイノベーションの『統合理論』的な説明となります。それ自体、従来言われている定義とは何ら矛盾するものではないのですが、この理論統合によって新たに明らかになっている点は『ディファレントニーズ充足によるN方向への生活変化』というメカニズムがイノベーションの背景、深層には存在するということです。

ここまで明らかにできれば経験値やツールが豊富な油谷・梅澤理論のブルー・オーシャン創造への有効性も検証されたということになると考えています。

さて、この「統一理論」を使えば誤解されがちな「ブルー・オーシャン市場」と「ニッチ市場」の違いも明確に説明することができます。

例えば「プリンター」の市場において従来あったハイエンド商品とローエンド商品の間の価格帯、性能帯になにがしかの商品特性の組み合わせを変えたり品質のレベルを変えたりした「ミドルエンド」商品を投入してもそれだけではブルー・オーシャン市場とは呼ぶべきではなく、それこそが「ニッチ」に他ならないと言えます。なぜならばそのミドルエンド商品は新たな生活を生み出しているとは言えないからです。それはむしろ既存のプリンター市場の中でのスキマを埋めるだけでより競争を激化させるだけの結果が予想されます。

一方、プリンターのインク交換の手間暇という「生活上の問題」を解決すべく「大容量インクタンクブリンダー」を開発したとしたら、それはブルーオーシャン商品になり得るわけです。そこには「インク交換の手間暇やインク切れで仕事が止まることが無くなった生活」が生まれるからです。

それを図とすると以下のようになります。

この図はNOHL図を入れ子にしたもので現市場は左下の領域だとします。
上記の例で言うと「ミドルエンドプリンター」は左側の「ニッチ」のように既存の商品ではカバーされていない領域にポジショニングされる商品だと言えます。また改良によって性能や品質が現状以上に向上する場合は左上の「改良商品」の位置づけになります。しかし「生活変化」を起こさない左側の領域にある限りはレッド・オーシャンです。一方「インク交換の手間暇やインク切れで仕事が止まることが無くなった生活」を新たに提供する「大容量インクタンクブリンダー」は右側の領域に位置付けられ、登場後競合が参入するまでの間はブルー・オーシャン市場として存在します。市場観点でブルー・オーシャン市場を創造するということはすなわち商品観点では「新カテゴリー商品」を生み出したということでもあります。それはすなわち梅澤の言うところの「MIP」(Market Initiating Product)=「新市場創造型商品」であり。上図もその表記になっています。

上述したように、「ブルー・オーシャン市場の創造と迅速な浸透」によって、その新たに生まれたカテゴリーにおけるトップブランドとなれる可能性は極めて高くなるのですが、偶然それが生じたものであるのならば例えば早期浸透の為に思い切った広告投資をしようという勇気は生まれにくいわけです。それで可能性は高くても、人知れず消え去る商品も多々あると分析しています。一方で、最初からそれが分かって商品開発を進めているのならばそれも計算ずくで実施する勇気が生まれます。この理論に基づいて商品開発を行うということはそのような戦略的なマーケティングを行う基礎となるものです。

次回以降はこの「統一理論」によって、海外の学者による「ブルー・オーシャン理論」と「ジョブ理論」が説明できるかどうかの検証を行うことにします。






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