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クライアントの「状況」はインタビュアーとも共有されなければならない〜『市場調査業界の不都合な実態』

目下、相当に大きなインタビュー調査を進行中で今月後半は休み無しの状態です。私はリサーチャーとして複数のインタビュアーと共にオンラインインタビューを実施していますが、休憩時間にある一人は、最近あった苦労話を聴かせてくれました。それが前回までにお伝えしましたリサーチャーとクライアントの間の意識マトリクスの話に直結する事例なのでご紹介します。

彼女は私と同門のインタビュアーであり、ALI(Active Listening Intereview)のスキルを持っています。ALIのグループインタビューはGDI(Group Dynamic Interview)と言いますが、最近ある調査会社から「GDIができるか?」という打診があったそうです。我々に言わせますと失礼ですが、世間ではとっても 「つまらない」アスキングインタビュー(FGIやIDIと呼ばれているもの)の案件ばかりの中で、クライアントがGDIをやりたいというのは希少な機会です。「つまらない」というのは、ここまでも「意識マトリクス」理論として説明してきましたが、C/C領域でのアスキングには「発見」がないし、S/C領域でのアスキングには「真実」が無いというのが理由です。「発見」や「真実」のない調査には価値はありません。

しかし、そもそもそのアスキングの問題が解決できるALIやGDIの存在を知っている人は多くはないわけです。またそれに加えて、世間では、インタビューとはアスキングであると思い込まれているが故に、ほとんどのインタビュー調査が意図の有無にかかわらず、実はアスキングになっている、という実態は以前にも調査データ付きでこの場で共有しました。つまり、アクティブリスニングのスキルを持っていても、それが持ち腐れになってしまうわけです。

一方フリーランスのインタビュアーというのは立場が弱く、クライアントの調査会社がアスキングのインタビューフローを押し付けてきたらそれに従うしかないのが実態です。特に彼女は曾孫受けの立場であることが多いそうで、なおさらに立場が弱いのです。ちなみに私自身にもこの「曾孫受け」の立場であった経験がありますが、まったくもってそれが一般的な状況です。

それで、彼女は持っているプロフェッショナルスキルを活かせる千載一遇の機会であると喜び勇んで、その案件を受託したそうです。

ところが、エンドクライアントとの間に立った下請け、孫請けの調査会社からはその後、調査の背景などの共有が無かったということでした。つまり、前回にご説明した「リサーチャーとクライアントの意識マトリクス」の共有が無かったわけです。これは毎度のことだそうで、彼女に調査会社から声がかかるときは例えば、「お菓子のインタビューをやってください」のように、対象カテゴリーしか伝えてもらえないのが普通だということです。そして実査の前に、調査会社がクライアントに「御用聞き」して作られた、アスキングのインタビューフローを投げてよこされるといったことが実態です。

これは、調査会社側にマーケティングの状況や調査の構造をインタビュアーと共有しなければならないという認識が無いか、あるいは調査会社自体がクライアントとの間でそれらが含まれる意識マトリクスの共有を行っていないかのどちらかであるということになります。

この事例の場合は下請け、孫請けの調査会社が共にマーケティング状況を把握しておらず、ただエンドクライアントが「GDI『とやら』をやってみたい」と言ったことだけが独り歩きして、彼女に辿り着いたようです。しかもエンドクライアントも間に立った両調査会社も実はGDIというものの実体の知識経験はもっておらず、ただその手法名だけでプロフィールを辿り、「彼女に頼めばなんとかなるだろう」という安易な認識で白羽の矢が立ったということだろうと思われます。つまり、調査会社はC/S領域の状況も理解していないし、クライアントのS/C領域でのGDIの考え方や手順、あるいは、運営上の注意などに関する説明と納得、了解も得られていないわけです。それではうまく行くはずもありません。


※というか、正確に言うとこの両者にとってのGDIとはC/C領域ですらなくもはやS/S領域にあるものです。

「〇〇『とやら』をやってみたい」というのはネット情報が流布する昨今、よくある話です。エンドクライアントがネットで目新しい調査手法に関しての情報を得て、取引のある調査会社に「〇〇”とやら”ができるか?」という打診をするのです。GDIは決して「新しい」ものではないのですが、それが「新しい」ものである場合は特に、そのオリジナルの実施元でないと十分な経験も実績もないはずです。それを調査会社は依頼があったからと付け焼刃で「やっつける」わけです。「やっつける」ための一つの手段は正にこの例のように「丸投げ」です。当然、その結果は期待値を下回ります。もし、発注元のお立場で「エスノとやら」とか「ニューロとやら」とか「MROCとやら」とか「SMLとやら」などなどで、ご不満な経験をされたことがあるのならば、その舞台裏の事情の一つはこういうことです。

そもそも「調査手法のショッピング」や「調査手法のワンダリング」が起きるのも、元々、クライアントが既存の調査には満足していないからなのですが、目新しい調査手法のショッピングの結果はどうしても「やっつけ」の繰り返しになる傾向があるので、それが延々と続いていくわけです。

ちなみに下表はマーケティングリサーチへのクライアント満足度(JMA調べ)です。すがすがしいほどに低い数値です。

さて、彼女に次いで起きたことは、そのインタビューの対象者の条件や構成が当初聞いていた話とは違っていたということでした。それぞれのグループについて、想像される調査目的(そもそもそれが共有されていないので、あくまでも想像)とはマッチしない人たちがリクルートされており、しかも、グループごとに調査の課題がどうもまちまちであるように思われたということです。その点に関する疑問を調査会社に問い質しても、そもそも状況把握ができておらず、C/C領域、S/C領域だけで「どんな調査がしたいのか、どんな人を呼びたいのか、どんなことを聞きたいのか」とクライアントの要望を御用聞きしているだけですから、答えられるはずもないわけです。

ALI、GDIというのはリクルートを含む企画、実査、分析が三位一体になって成立するシステマティックな方法論であり、その前提として、マーケティング状況が共有されていることは必須なのです。例えば、優れたALIのインタビュアーやリサーチャーは対象者の体験談、ナラティブを聴取しながら、それを頭の中でクライアントのマーケティング課題との間でいわば「同時通訳」をしています。それによって、その話を継続させるのか、打ち切るのか、あるいは何かを確認する必要があるのかを判断しているのです。マーケティング状況が分からなければそんな芸当はできないわけですから、ALI、GDIは成立しないのです。というか、本来どんな調査であっても、マーケティング状況が分かっていなければ、マーケティング課題解決の役には立たないわけです。

また、リクルートは調査会社が実施するのですが、GDIにおいてはその条件設定やグループ構成などについても配慮するべき点が多々あります。ところが、その調査会社はGDIの「実体」についての知識も経験もないわけですから、いつものFGIと同様のリクルートを行います。これまた調査の成功確率を著しく下げているわけです。

というわけで、彼女はクライアントとの1時間のオリエンテーションの場で、それまでに明らかにはなっていないクライアントの状況や調査の構造を明らかにしようとしたのですが、そこに手間取り時間超過をした上に、結局まとめきれなかったとのことです。これには彼女のスキルの問題もありますが、そもそもなぜ彼女がそのようなことを明らかにしようとしたのかの意図も理解されず、間に立った調査会社もある意味「顔をつぶされる」わけですから、心証が悪くなるわけです。

彼女は再度、続きのオリエンテーションの機会を設けてもらうように依頼したそうなのですが、それも悪意にしかとられず、間の調査会社から「打ち合わせ費用を稼ぎたいのでは」といった対応をされたそうです。つまりクライアントファーストではなく、コストファースト、自分ファーストの対応をされたということになります。しかも、そもそもその調査会社は状況把握や調査構造の明確化が重要であるという認識を持っていないという悲惨な状態です。

それで泣く泣く彼女は「そこだけは譲れない」インタビューフローの作成にかかったのですが、マーケティング状況を明らかにしていないので大変苦労したそうです。しかし調査会社に任せたとしたら、おそらく、クライアントに御用聞きをして、GDIとは似ても似つかない質問を列記羅列したアスキングタイプのフローを作ってきたことでしょう。

そして「どこがGDIやねん!」ということになったことでしょう(笑)

その事前の苦労は実査の時の彼女の気持ちの余裕の無さにもつながってきます。そこで起きたことは、GDIでは当然配慮されているべき会場設定や、提示物などの準備に問題があり、実査前の時間のない状況で、彼女が自らそれらを一人ですべて解決しなければならないという事態でした。そのような不備が起きたのは彼女の依頼と調査会社の理解の間に行き違いがあったからなのですが、調査会社にはそもそもその知識経験はないのですから、十分な打ち合わせ時間がとられないと必然的にそのような事故が起きてしまうわけです。つまりこの状況は、知識経験のない側の調査会社が、知識経験のある彼女の指示や依頼を甘く見たということです。インタビュアーをプロとしてリスペクトせず、便利に使える外注下請けとして下に見たが故に起きたことでしょう。まあ、プロとは言えない人が多いのも事実ですけど・・・。

そのような状態で、常人離れした集中力を求められる「頭の中での同時通訳」など望むべくもなく、そのインタビューは悲惨な結末に終わったそうです。当然のことです。クライアントもGDIというものに対しての期待外れ感は大きかったと思います。

しかし私が一緒に仕事をしてみても、彼女はいいところを持った優秀なインタビュアーです。「間に立った調査会社に、マーケティングリサーチというものを理解している人がいたとしたら」(笑)、そんな結末にはなっていなかったでしょう。今実施しているインタビューはALIのパーソナル版(MTI)ですが、対象者もクライアントも我々もニコニコです。相当に大規模のパーソナルインタビュー調査ですが、一人も取りこぼしをしていません。

GDIというのは大変優れた手法なのですが、長年定着してきませんでした。その背景にはこのような現場の事情があるわけです。彼女にも未熟な点はあったと思いますが、「GDI”とやら”ができま~す!」と、付け焼刃でやっている人は少なからず知ってますし、それがうまく行かないと「GDIはダメだ」と手法に責任転嫁している人も知っています。

一言申し上げると、「プロならば、恥を知れ」です。


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