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「脱力」は意外と難しい?それでも習得をおすすめする理由

「脱力してください」と言われたら、みなさんどんな動きをするでしょうか?
例えば、肩の力を抜き、腕をダラっと下げて、リラックスしようとするかもしれませんね。スポーツや武道の経験がある人は、無駄な力を抜くように指導された経験も多いと思いますから、「簡単にできる」と考える人もいるでしょう。
しかし、治療家として患者さんや自分の体と向き合い続けていると、「脱力」は意外に難しいことだと感じています。なぜ難しいのか、これから説明していこうと思います。

デスクワークで肩こりを感じていませんか? 

みなさん、自分がパソコンを操作する姿を想像してみてください。
パソコンなどデスクワークが原因で、肩こりを感じる人は多いのではないでしょうか。しかし、これらの作業は主に手や指を動かしますから、前腕(肘から先)だけで行うものです。本来、肩に力を入れる必要はありません。それなのに肩がこるということは、力を入れているつもりがないのに手や指と一緒に上腕(肩から肘の間)も動き、肩に力が入っているんです。その無駄な力があなたの肩こりの原因かもしれません。

ですので、デスクワークで肩こりを感じる人は、肩に力を入れない腕の使い方に慣れてみると良いでしょう。柔術の師範で、鍼灸師・指圧師でもある広沢成山(ひろさわ せいざん)氏は、上腕を帯や紐などで縛って、上腕と前腕を使い分ける感覚を体感する方法を紹介しています。とても参考になりますよ。

試しにこの状態でパソコンやスマホを操作してみると、最初は肘が体にくっついているので動かしづらいと思います。なるべく上腕、特に肩が緊張しないように動かす感覚を身に付けていきます。
慣れてきたら、親指の力加減にも注意してみましょう。親指は力が入りやすい指なので、たとえば物を握る時に親指に頼りすぎると、腕や肩など他の部位にも力が入ってしまいます。スポーツをする時や、ペットボトルやグラスを持つ時でも、親指はできるだけ力を入れず、柔らかく使う練習が重要です。

体のスイッチに気づく重要性

脱力は、完全に力を抜くこととは少し違います。無駄な力を抜き、必要な力を入れるのが大事です。しかし、何が無駄で何が必要か見極めるのは難しいと思います。まずは自分の体のどこに力が入っているのか知る、体版の「自己分析」ができるようになりましょう。

例えば私の場合、下半身よりも上半身に力が入りやすい傾向があります。さらに、上半身でも右側(利き手側)に力が入りやすく、特に右肩、右手の親指と小指に力が入りやすいです。字を書いていると、小指が疲れてきて、さらに肩にも力が入りやすくなりがちです。自分の体はどこに力が入りやすいのか、整体などの治療を受けて、専門家から意見をもらうのもいいでしょう。

体は緊張と脱力の組み合わせで動きます。よく、スイッチのオン(緊張)とオフ(脱力)で例えられます。無数にある骨や筋肉それぞれに、オンオフのスイッチがあると考えてみましょう。手の指は10本あり、それぞれにスイッチがあります。ところが、実際に小指を動かしてみると一緒に他の指がついてくる人も多いのではないでしょうか?

歩くという単純な動きでさえも、スイッチの数が少ない人と多い人では動きの質に大きな差があります。緊張と脱力を上手に使い分けるには、体のスイッチを増やす必要があります。体の一つ一つの部位を個別に自由に動かせるようにする、ということです。慣れてくると、例えば頚椎(首の骨)だけ、胸椎だけ、腰椎だけ、個別に動く指令が出せるようになるでしょう。体のスイッチが増えると、無駄な力が入らず、体を楽に動かせるようになります。自由自在に体を操れるようになると、スポーツや楽器の演奏などのパフォーマンスの向上にも役立つはずです。

腕振り運動で感覚を養いましょう

私はデイサービスへ往診に行くことがありますが、いつ見てもじっと体を緊張させて座っている方をよく見かけます。その人に限らず、テレワークや自粛生活によって、じっとする時間が増えた人も多いのではないでしょうか。その生活に慣れてしまうと、体のスイッチがほとんど存在しない状態になります。

そこでおすすめしたいのが、「スワイショウ」、つまり腕振り運動です。 足を肩幅くらいに開いて、両手をぶらぶらさせて、腰ごと左右に水平回転させる簡単な体操です。そのほか、腕を前後に振るなど、色々な動きのバリエーションがあります。(YouTube等でも検索してみてくださいね。)

脱力_スワイショウイラスト_和田さん作成

あまりに単純な動きなので、真剣にやりこむ人は少ないと思いますが、私は施術前や合間にスワイショウを行うようになって、かれこれ5年以上経ちました。なぜこれをやるのかというと、この動きは体の力が抜けていないと上手にできないから、脱力の感覚を養うのにちょうどいいからです。試しに手を思いっきりギュッと握りしめたまま、あるいは歯を食いしばりながらこの動きを実践してみてください。腕を振る動きがぎこちなくなり、無意識に体の他の部位にまで力が入ってしまうのがわかると思います。

脱力の感覚を養いたい人は、ぜひスワイショウをリラックスしながら「笑顔」でやってみてください。肩や手に余分な力が入らず、しなやかに体が動く感覚が徐々にわかってくるでしょう。5分くらい続けるのが効果的です。ちなみに、いつやっても構いません。体操やストレッチ、軽い筋トレくらいの感覚で気楽にやってみてください。

「脱力」することで得られるメリット

ここまで脱力について説明してきましたが、難しいなと感じた人も多いのではないでしょうか。そんな難しい話をこれまで続けてきたのは、脱力の感覚を養うことで得られるメリットがあるからです。

実際にいろいろな患者さんの治療をしていて感じるのは、脱力がうまい人、もしくは体のオンオフを使いこなせている人は、「上手に転べる」ということです。

柔道の基本である「受け身」がありますよね。素人同士で柔道をする時は、脱力が出来ていないせいか、受け身が下手で、床に体を強く打ち付けて痛い転び方になります。しかし、うまく脱力できる有段者と組むと、気持ちよく投げられるので、うまく受け身を取れます。

これは人に投げられた時に限った話ではなくて、自分が転んだ時も同じです。脱力が上手にできていると、つい転んでしまった場合でも、受け身をとれたり、危険な姿勢を避けたりできるようになります。特に骨や筋肉が弱ってくる高齢者の方は、ちょっとした段差でも転んでケガすることがよくありますから、「上手に転ぶ」ためにぜひ脱力の感覚を養ってほしいと思います。

ちなみに、脱力を学ぶ上で「やる気」を入れすぎると、かえって邪魔になります。一生懸命やろうと意識すると、余計に力が入ってしまうからです。まずは、さきほどのスワイショウの動きなどを通して、自分の体にどれくらい力が入っているかを知りましょう。この動きはよく「デンデン太鼓」に例えられます。体の軸はそのままにリラックスして動いていると、だんだんと体を左にひねるときと右にひねるときの微妙な違いも感じられるようになるでしょう。

そのほかにも、トレーニング中には常にどこにどれくらい力が入るのかを意識し、観察する習慣を持つと良いでしょう。すると、「あっ、今力が入っている」と自覚できるようになります。この「気づき」の感度を上げれば、脱力もしやすくなります。脱力、弛緩、リラックス、カラダの力を抜く、色々な言い方があります。いずれにしても、この感覚を鍛えると、それまで気づけなかった体の感覚にも気づけるようになり、健康な体作りにもきっと役立つでしょう。


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