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生きることはすなわち、価値観の違う誰かとうまくやっていくことである
アツさんのnote素晴らしかったです。よく「価値観が同じ人と結婚すべき」などといいますが、価値観が違うのもいいことなんじゃないの、という内容です。
価値観が違いすぎる国際結婚夫婦をやっている身としては、救われるというか、肯定されているような気持ちになります。
実際、夫婦の価値観が国レベルで違うと、やっぱり大変です。「そんなことまで違うの?」という文化・習慣の違いに遭遇することもありますし、自分の大切にしていることがまったく理解してもらえないことや、逆に相手の大切にしていることをさっぱり理解できないということも度々あります。
それが「パンツを洗濯機で洗うかどうか」という日常の些細なことの範囲に収まっているうちはまだいいのですが(それも結構なストレスではあるんですけどね。そろそろ洗濯機でパンツを洗わせてほしい)、家を買うとか、子どもをどうするとかいう人生の大きな選択にまで関わってくるとなると、なかなか決まるものも決まりません。
実際、我が夫婦は子どもができて決断しなければならないことも増えたのですが、折り合いがつかずにペンディングになっていることもたくさんあります(そもそも、今後どの国に住むのかということさえはっきりしていません)。妥協点すら見出せないままのことが、洗い残しの食器のようにいくつも転がっているのは、やっぱりしんどいものです。
でも、それでも一応うちの夫婦はだいたい7、8年くらい、紆余曲折や浮き沈みを経ながら、なんとかやってきました。そしてこれからも、大変ながらなんとかやっていくんだろうなと思える程度には、将来を悲観してはいません。
噛み合わないことだらけの我が夫婦ですが、そんな状態でもこれまでやってこれました。そのおかげで、ちょっと大きく揉めたりしてもまあ最終的には大丈夫だろう、と思える程度の信頼をお互いに持てるようになった部分はあるのではないかと思います。
夫婦で妥協できないことや、決定的に考えが違うことがあっても、それに目をつぶったり、たまに大揉めしたりしながら、それなりにやっていけるものなのだ。そんな自信がついたことは、ドタバタの日中国際結婚生活をやってきたよかったことのひとつかもしれません。
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そして夫婦に限らず、よくよく考えてみれば、生きることというのはすなわち「価値観の違う誰かとうまくやっていくこと」ではないかとさえ思うのです。
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