急すぎる坂道、親切なおばちゃん
嫁と一緒に、息子をベビーカーに乗せて外出した時のこと。
大体の用事を済ませ、帰路に着こうとすると、とつぜん嫁が「あ、シャンプーを買わなきゃ」と言い出した。最後にドラッグストアに寄りたいという。
その時点でお腹が空いていた僕と、疲れて少しぐずりはじめていた息子は、憮然とした顔でドラッグストアに同行した。しかし、シャンプーはどれがオススメだ、これはキャンペーン中だとうるさい店員に嫁が捕まり、駆け引きが始まってしまった。
少しは待ったがやはり耐えきれず、息子もいよいよ泣きそうな顔をしているので、嫁を置いて帰ることにした。「先に帰ってるから」と嫁に伝え、ベビーカーを押して店を出て、自宅のある小区(団地)に向かった。
中国の街中、少なくとも僕の住む街の歩道は、ベビーカーで走破するにはいささかデコボコしている。僕は不便な道を曲がりくねり、段差を乗り越え、やたらと多いフェンスに遠回りしながらも、小区の正門近くへとたどり着いた。
しかし、ここで少し問題が発生する。僕の住む小区の門は少し小高い場所にあり、階段でなければ上がれない。一応スロープとなる坂道はあるが、やたらと急角度(体感で25°くらい)で、1人でベビーカーを押して登るのは少々心もとない。うちのベビーカーがクソデカくて激重のやつ(子どもが絶対に安全なようにと嫁が選んだ)ということもあり、普段は夫婦2人で協力して登り下りをしている。
しかし今は僕しかいない。階段がなく入りやすい別の門に行くこともできるが、ここからはかなり遠い。どうしたものかとまごついていると、近くにいた50代くらいのおばちゃんがニッコニコで話しかけてきた。言葉はまったく聞き取れない(方言か、強烈に訛った普通話)が、その満面笑顔と甘々のボイスから、ベビーカーの中でぐずる息子を愛でてくれているのだということがすぐにわかった。
そして、僕の状況を察したのか、何か手伝ってくれるような素振りを見せ始めた。その強引さに戸惑いつつも、ここは甘えてみるかと思った。ベビーカーを坂道に乗せて押し始めると、おばちゃんはベビーカーに手を添えてバランスが崩れないように見守ってくれた。その間もおばちゃんは、僕に聞き取れない言葉で息子に声をかけ続ける。
ほどなくして、坂道を登り終えた。おばちゃんに自分の中国語のかぎりを尽くしてお礼を伝えた。おばちゃんは変わらずニコニコし続けているが、僕の言うことに対して特に反応はしない。僕の謝意は伝わったのだろうか。
そんな僕の心配をよそに、おばちゃんは階段を駆け下り、どこへともなく歩いていった。おばちゃんが視界から消えるまで、なんとなくその姿を追っていた。またご機嫌で散歩を続けるのだろう。そしてまた、僕のような子連れの困り事を助けるのかもしれない。
そして、そういえば妙におとなしい息子のほうを振り返ると、ベビーカーでぐったりとしながら、スヤスヤと寝息を立てていた。さっきのは寝ぐずりだったらしい。僕は大きく息を吐き、小区のなかの自分のマンションを目指して、またベビーカーを押し始めた。
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今年の中国にもいろいろあった。ただ「いろいろあった」で済ませていいのかと思うほどに、気持ちをざわつかせることがいくつも起きた。
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