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電子書籍派が「それでも紙でほしい本って何だろう」と考えてみた

野本響子さんが、本をほとんど紙で読まなくなったことについて書いていました。

かくいう僕も、近年はすっかり電子書籍派です。本はほぼすべてAmazonで買って、iPadのKindleアプリで読んでいます。

そもそも海外に住んでいると、特に日本語の本は基本的には電子で買うしか読む手段がありません。コロナ禍の今ならなおさらです。実家にそれなりにあった本も、「どうせほとんどは中国に持っていけないしなあ」と思い、いつだったかの一時帰国の際にごく一部を除いてブックオフに売り払ってしまいました。

慣れるまでは、電子書籍での読書には抵抗がありました。でも、これってたぶんテープがCDになったり、VHSがDVDやブルーレイになるような不可逆的な変化なんだろうなあと思い、早めに適応しておいたほうがいいだろうと考えて無理やり習慣化し、いまでは電子でも普通に読めるようになりました。

逆に電子の方に慣れすぎて、紙の本を読んでいるのにハイライトを引こうとしてページを長押しする(当然、何も起きない)という、とんでもないアホをやらかしたこともあります。

中国語の本もたいていは電子で読んでいます。実はこの度サービス停止が発表された中国版のAmazonも、一時期だけ使っていたことがあります。ただ、中国は他にもいくらでも電子書籍が読めるプラットフォームがある(しかも安い)ので、すぐに使わなくなってしまいました。

いまは主に「微信読書」という、テンセントが提供しているサービスのサブスクに登録して、こちらもiPadで読んでいます。

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そんなふうにすっかり電子書籍派の僕ですが、野本さんほど達観はしておらず、紙の本がほしいと思うことがちょこちょこあります。

それってどういう本か以下に書いてみたいと思います。

①そもそも電子になっていない本

当たり前ですが、電子になっていない本を紙でほしいなあと思うことがあります。

中国関係の本なんかだと、面白かった本の参考文献として挙げられているものにまた面白そうなものがたくさんあったりするのですが、時代がちょっと前のものになるとたいてい電子化しておらず、海外住みとしては歯痒い思いをします。

一応Amazonのほしい物リストに入れておいて「一時帰国した時にマーケットプレイスで買い込んだり、古本屋に探しに行こう」とか思っているのですが、コロナ禍でそれも叶わず。いまでは膨大になってしまったほしい物リストに自分で絶望する日々です。

②人にあげたい、貸したい本

ものすごく気に入った本は、電子で持っているにもかかわらず追加で紙で買うことがあります。理由はオタクにありがちな観賞用……ではなくて、人に紹介できそうなタイミングで貸したり、プレゼントするためです。

電子書籍のいちばんの欠点って、面白いと思った本を人に直接貸したりできないことだと思っています。せっかく同じ話題ができたり、自分の面白いと思えるものを人に紹介できるチャンスなのに、それが叶わないのは残念な気がします。

だから、中国にいる時に電子で読んでよかった本を、一時帰国の際にわざわざ紙で買い直して中国に持ち込み、在中邦人や日本語学習者の友達に貸したりしていました。

まあそれもコロナ前までの話で、最近はすっかりご無沙汰なのですが。

③「キャンセル」されかねない本

よく言われていることですが、電子書籍って発禁にするのがめちゃくちゃ簡単です。最近は著者に何か問題があったりしたら、訴求的に過去の作品まで一気にさまざまなプラットフォームから姿を消したりします。そうなれば、購入したはずの電子で読める権利だってどうなるかわかりません。

そうなりそうな本を手元に確保しておくことには、一定の意義がありそうな気がします。特に中国にいると、作品が突如閲覧できなくなるようなリスクを身近に感じることがあります。

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