現代文明の夜明け~フランシス・ベーコンの論理学~
中世と近代の大きな違いは,科学的思考の有無です。その科学的思考を初めに提唱した者こそ,イギリスのフランシス・ベーコン(1561~1626)でした。今回は,フランシス・ベーコンの主著「ノヴム・オルガヌム」を通して,近代文明の特徴を確認したいと思います。
新しい論理学
「知識は力なり」
中世に用いられた論理学は,アリストテレス式の推論法でした。推論法とは,議論と論証のための論理学であり,感覚など個々のものから普遍的な一般命題に飛躍し,その不動の真理から中間的命題を発見する方法です。一方で,ベーコンの唱えた新しい論理学は,科学的な帰納法でした。帰納法とは,実地と有用のための論理学であり,感覚など個々のものから一般命題を引き出し,たえず漸次的に上昇して最後に最も普遍的な真理に到達する方法です。
つまり,簡単に申し上げれば,中世の推論法は自然の予断であり,ベーコンの帰納法は自然の解明だったのです。
「予断は意見の一致のために充分に強固なものである。なぜならば,仮に人々が同じ仕方で一斉に気が狂ったとしても,彼らは充分よくお互いに合致しうるからである」
例えば,天文学で考えてみましょう。中世の人々は,地球を中心に惑星や太陽が回る天動説を信じていました。なぜか?理由は簡単です。強固な宗教的信念がそうさせたのです。「教会が宇宙の中心である→教会は地球にある→地球が太陽系の中心でなければならない」このような連想により,科学的に正しい地動説は斥けられ,天動説が公然と支持されたのです。
迷信の根源
ベーコンは,迷信の根源をイドラと呼びました。イドラとは,人間精神を占有している偽りの概念です。イドラには四つあります。
第一に「種族のイドラ」です。これは,人間に引き合わせて物事を歪めることです。例えば,神の観念。ギリシャ神話において,神々は人間のように怒り,人間のように快楽を求めました。しかし,神は神であって人ではありません。人間が怒り易く欲深いからといって,神も同様とは限りません。神を人間に似せて創造する(フォイエルバッハ「キリスト教の本質」)。これこそ,ベーコンのいう種族のイドラといえるでしょう。
第二に「洞窟のイドラ」です。これは,人間個人の性格・経験・教育によって物事を歪めることです。例えば,安全保障の問題。唯一の被爆国である日本にとって,核兵器は確かに許し難い代物でしょう。故に,多くの人々は,核という言葉すら聞きたくない。しかし,この不安定な国際情勢において,核保有を議論しないことほど危険なことはありません。我々がどんなに悲惨な経験を味わったにせよ,国家と子孫を守るため,安全保障はリアリスティックに議論すべきです。
第三に「市場のイドラ」です。これは,人間相互の交わりに必要な言葉によって生じる歪みです。例えば,義理人情という言葉。古来より,日本人が最も重視した人格的資質です。しかし,義と理と人情は違います。正義は意志の問題であり,理知は頭脳の問題であり,人情は感情の問題です。まず初めに確固とした正義があり,その正義に基づいて理性的に思考し,最後に感情的問題を考慮する。つまり,正義>理性>感情であって,これらを義理人情として一括りにする傾向は,少々倫理的に未熟と言わざるをえません。
第四に「劇場のイドラ」です。これは,人間の根本思想である哲学説によって生じる歪みです。例えば,アリストテレスの形式論理。中世キリスト教社会において,アリストテレス哲学は最高の権威でした。そのアリストテレス哲学の根本は,先程説明した推論法でした。つまり,アリストテレス哲学の影響により,中世の宗教的絶対主義(迷信)が浸透したのです。
ちなみに,フランシス・ベーコンは,市場のイドラを「一切の中で最も厄介なもの」と考えていたようです。
三つの学問
人間の思考方法には三つあります。
第一に,経験派です。経験派とは,自分が経験したことを単に集めて再利用する方法であり,ベーコンのいう「アリのやり方」です。
第二に,合理派です。合理派とは,自分の内なる考えを重視する方法であり,自分の内から体液を出して網を作る「クモのやり方」です。西洋哲学史が証明したように,経験主義は最終的に懐疑主義に行き着き,合理主義は独断論に帰着しました。
では,第三の道とは何か?それが,ベーコンの支持する中間派です。中間派とは,経験派と合理派を両立させた方法であり,庭や野から材料を吸い集めるがそれを自分の力で変形し消化する「ミツバチのやり方」です。
「なお発見の大きな集団が残っていて,それらは未だ知られていない実地の仕事を掘り起こすことによってのみならず,我々が記録された経験と呼んだものによって,すでに知られているものを転移し,合成し,さらに応用することによっても導出されうる」
フランシス・ベーコンは,知識を重視しました。なぜなら,知識こそ,人類の発展と福祉に貢献し,人々を具体的に救うことができるからです。つまり,知識の伝達こそ,人類発展の要石なのです。蔡倫による紙の発明により,知識の伝達は加速しました。グーテンベルクの活版印刷により,知識の拡散は飛躍的に向上しました。PCの普及により,知識の取得・処理・普及は加速度的に向上しました。そして,今やAIにより,人間の知識活動が変革されようとしています。ベーコンが提唱した知識社会の発展は,日に日に実現されつつあるのです。
フランシス・ベーコンの前世
ベーコンの前世は,古代の哲学者ポセイドニオスです。ストア派の哲学者であり,アリストテレスに匹敵する万能の知識人でした。
科学研究で評判を得て,様々な発見をもたらしました。例えば,潮の干満を研究し,その原因が月の運動にあることを突き止めました。また,地球と月・太陽の距離を比較的正確に測定しました。近代科学の祖となった後のベーコンを彷彿とさせます。
また,政治家としても立身出世し,勃興するローマ帝国で大使を務めたと伝えられています。この政治家としての資質は,大法官としてイギリス政界のトップに登りつめたベーコンを連想させます。
ポセイドニオス→フランシス・ベーコンと転生した魂の使命は,新しい学問の道を切り拓くことでした。
「知識の真の目的とは,人生の福祉と有用のために求められ,それを愛のうちに成し遂げ支配することである」
以下は参考書籍です。
① ジョン・ロックの思想と前世について
② ニュートンの功績と前世について
③ アダム・スミスの思想と前世について