見出し画像

宇宙への道


はじめに


 人類は,地球の周りに人工衛星を飛ばし,月に行き,太陽系をも抜け出しました。そしてこれからは,すべての人が自由に宇宙旅行する時代が来ます。本格的な宇宙産業の始まりです。では,そもそも人間は,どのようにして宇宙への道を切り拓いたのでしょうか?今回は,宇宙への道を切り拓いた三人の人物を紹介します。

イエス・キリスト


 人は言います,「キリスト教は愛の宗教である」と。間違いではありませんが,愛は必ずしも福音の本質ではありません。福音の本質,つまり,イエスの教えの本質とは何でしょうか?

「わたしを信じる者は,わたしが行う業(わざ)を行ない,また,もっと大きな業を行うようになる」(ヨハネ伝14-12)

 福音の本質,それは「神の似姿としての創造性」です。私たちは皆,神の似姿として創造されました。神は創造主です。つまり,私たちは皆,神に似た創造性を秘めているのです。そして,人間が創造力を発揮する際,赦しの愛が必要になります。創造とは,未知なる領域に果敢に挑む行為です。時には失敗することもあるでしょう。間違いを犯すこともあるでしょう。その時,もし周囲の人間がその間違いを赦さなければ,挑戦者は一生自分の間違いに呪縛されてしまいます。失敗した人間を寛大に赦すからこそ,私たちは何度も果敢に挑戦し,遂に唯一無二の独自性を発揮できるのです。
 このように,創造力は愛を要請します。いや,愛そのものが創造力なのかもしれません。私たちは,互いに赦し合うことにより,相手を変え,相手を奮起させ,新しい人間を創造することができる。いずれにせよ,福音の本質とは,キリストの如き創造性と愛により,人類を神の国成就に邁進させる原動力なのです。
 キリスト教は本来,創造を是とする能動的な宗教です。しかし,欧米のキリスト教は,禁欲を重視する受動的な宗教でした。誰かが,イエスの教えを正しく理解し,能動的なキリスト教を復興しなければなりません。能動的キリスト教を復興する舞台はどこか?それは,地球上で最も広大な土地を有するロシアでした。

「ルーシよ,ルーシよ,この果てしない空間は何を予言しているのか?」(ゴーゴリ)

フョードロフ


 

フョードロフ


 ニコライ・フョードロヴィチ(1829~1903)は,ルミャンコフ図書館の司書でした。神に対する敬虔な信仰と徹底した禁欲生活により,「モスクワのソクラテス」と称された人物です。食事はパンとお茶だけであり,睡眠は3・4時間で済ませ,一年中古いコートを着ていました。給料はすべて貧しい人々に与え,自分は最低限の生活に甘んじたのです。フョードロフは,仕事と学問に一生を捧げ,生涯独身でした。しかし,その豊富な教養と深い福音理解により,多くの人々を感化しました。フョードロフに感化された代表的人物を列挙します。「ロシアのプラトン」と称されたソロヴィヨフ,文豪ドストエフスキーとトルストイ,実存主義哲学者のベルジャーエフ,ロシア宗教改革の中心人物ブルガーコフ,「ロシアのダ・ヴィンチ」と称されたフロレンスキイ。こうした錚々たる人物たちは皆,フョードロフに会いたいがため,ルミャンコフ図書館に通ったのです。
 フョードロフは言いました,「人類は宇宙へ進出しなければならない」と。誰も宇宙へ行ったことがない時代,いや,宇宙に行くなど誰も想像しなかった時代に,フョードロフは宇宙への進出を説いたのです。

「広大なロシアの大地の広がりがあって初めてこのような性格が生み出されるのである。わが国の広大な空間は,壮大な偉業のための新しい活動舞台となる天上の空間へつながる通路なのだ」

 自分の名前が有名になることを嫌ったフョードロフは,生前著作を残しませんでした。しかし,彼の教えはソロヴィヨフやドストエフスキー・トルストイを感化し,後世に伝播しました。その教えとは何か?それは,能動的なキリスト教です。人間は,神と共に世界を変革し,災害・戦争・飢餓・病気・死を克服しなければならない。禁欲は,自己一身の道徳を見つめるという意味で,宗教的な利己主義である。人類は,互いに一致団結し,様々な困難や障害を突破して,宇宙大に広がる神の国を建設せねばならない。フョードロフの功績は,イエスの教えを正しく解釈し,キリスト教の能動的側面を復興したことです。

「人間はこの地球という船の気楽な乗客ではなく,乗客係であり乗組員でなければならない」

ツィオルコフスキイ


 

ツィオルコフスキイ


 宇宙への道は,フョードロフが着想しました。ならば,誰かがこの着想を真剣に受け止め,具体的な科学的計算を遂行しなければなりません。これを為した者こそ,コンスタンチン・ツィオルコフスキイ(1857~1935)でした。ツィオルコフスキイは,ロケット工学の父です。彼は,ロケットの最終速度の公式を導出し,ロケット装置を技術的に裏付け,無重力状態での生活を考察しました。
 ツィオルコフスキイは,10歳の時,ひどい風邪にかかり,ほとんど耳が聞こえなくなりました。14歳の時,科学への関心に目覚め,数学と物理学を独学し,発明に没頭しました。周囲から「難聴の変人」と馬鹿にされたそうです。ツィオルコフスキイの運命は,ルミャンコフ図書館の司書(フョードロフ)との出会いにより定まりました。フョードロフの説く「宇宙への進出」に熱狂した彼は,宇宙飛行の実現に生涯を捧げたのです。
 教師をしながら,自費で実験をする毎日。周囲の人々は,ツィオルコフスキイを「独学者で狂気じみた空想家」と評したようです。しかし,彼の努力は遂に実りました。1903年,「宇宙器具による宇宙空間の研究」により,ロケットの定式を導出。同時代の人々には理解されませんでしたが,この定式は後のS・P・コロリョフに受け継がれ,最初に人間を宇宙に送り出すロケットの設計に成功しました。
 帝政時代には不遇だったツィオルコフスキイでしたが,ソヴィエト時代に脚光を浴びました。なぜなら,彼の「全体が金属でできた飛行船」に経済的・軍事的期待が集まり,国威発揚のため利用されたからです。

「人類が永遠に地球上にとどまることはない。光と空間を追い求めて,初めはおずおずと大気圏の外に出て行き,それから太陽を取り巻く空間を獲得するのだ」

おわりに


 フョードロフが着想し,ツィオルコフスキイが科学的計算をした宇宙への道。彼らの理想は,1961年に成就しました。ソ連のガガーリンによる人類初の有人宇宙飛行です。そして,米ソの政治的対立により,宇宙開発競争は激化し,ロケット工学と宇宙開拓事業は飛躍的に進歩しました。そして今や,イーロン・マスクのスペースXにより,安価にロケットを飛ばせる時代になったのです。
 宇宙への進出を可能にしたのは,イエスが説いた福音です。福音こそ,人類進歩の原動力です。近代科学の扉を開いたのは,ケプラーやニュートンの信仰でした(下村寅太郎「近代科学史論」)。物質的豊かさを可能にする合理的経済への道を切り拓いたのは,宗教改革とカルヴァンの予定論でした(マックス・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」)。民主政治の土台を形成したのは,クロムウェルと清教徒の熱烈な信仰でした(J・グリーン「イギリス国民史」)。フョードロフやツィオルコフスキイに「未知なる領域へ進出する勇気」を与えた福音は,これからもまた,前人未到の偉業を敢行する人々に勇気を与え続けることでしょう。
 

以下は参考書籍です。
ちなみに、トルストイに関しては、以前投稿した記事を参照して下さい。

① フョードロフの生涯と思想

② ソロヴィヨフの生涯と思想


③ ドストエフスキーの生涯と思想

④ ベルジャーエフの生涯と思想

⑤ フロレンスキイの生涯と思想

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?