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未来社会の構想~ハイエクの法哲学~


はじめに


 フリードリヒ・ハイエク(1899~1992)は,経済学者として有名です。なぜなら,ノーベル経済学賞を受賞し,「隷属への道」において痛烈に社会主義政策を批判したからです。

しかし,ハイエクの本領は,自由を基本原理とした包括的な法哲学でした。ハイエクが提唱した未来社会の構想を通して,自民党総裁選(日本)や大統領選(アメリカ)を考える一助となれば幸いです。
 
「私の意図は将来の発展のために扉を開くことであり,他の扉を閉ざすことではない。・・・自由の哲学,法学,及び,経済学の融合」(「自由への条件」)
 

文明の発展


設計主義の誘惑


 設計主義とは,個人の理性を賞揚する思想です。一方で,自由主義とは,個人の理性の限界を認める思想です。前者の立場は,フランス革命やロシア革命のように,人為的構想に基づいて社会を一から作り直しました。後者の立場は,清教徒革命やアメリカ独立革命のように,法的枠組みにおいて自生的な発展を助長しました。歴史が証明したように,文明の発展は後者の自由主義によってもたらされました。
 人間の理性には限界があります。私たち人間は,どんな天才であっても,50年先・100年先の未来さえ予測できないのです。故に,合理的な社会設計は,いつの時代も破綻します。私たちは,素直に理性の限界を認め,経験主義に道を譲り,文明の継続的発展を選ばねばなりません。現代文明の最も善きもの―貨幣の発展・言語の形勢・価格形成・競争下での生産動向など―は,荒れ果てた地方に徐々に小道ができるように,誰かが意識的に計画して作り上げた産物ではないのです。
 
「文明の発展の中で一番危険な段階は,人がこれらすべての信念(宗教や伝統など)を迷信と見なしたり,あるいは合理的に理解し得ないものは何であれ,それに従ったりそれを受け容れたりすることを拒否するようになる,まさしくそうした段階であろう」(「科学による反革命」)
 
 デカルトから発した合理主義は,百科全書派を経て,フランス革命を引き起こしました。破壊と混乱に満ちたフランス史の始まりです。この合理主義は,フランスのサン・シモンやコントを経てマルクスを感化し,ロシア革命を引き起こしました。停滞と衰亡に引き込まれたロシア史の始まりです。つまり,設計主義(合理主義)という知的傲慢こそ,文明の破壊者なのです。

「逆説的なように見えるかもしれないが,自由な社会の成功は常にほとんどの場合,伝統に制約された社会であるということがおそらく本当であろう」

「積極的に価値を証明できない全ての要素を排除した信念の無菌状態の世界は,おそらく生物学の領域におけるそれに対応する状態と同じくらい致命的なものである」(「自由への条件」)
 

資本主義経済の本質


 ハイエクは言います,「人類最大の発明は資本主義体系である」と。つまり,公平な競争原理こそ,文明発展の原動力です。資本主義経済の本質は,市場(マーケット)という自生的秩序です。あらゆる人為的術策を排除して,公平に競争すること。そして,価格という形態でのシグナルによって,広く分散している多様化された知識を活用すること。こうした「自生的秩序(カタラクシー)としての市場システム」が,人類に多くの富をもたらしました。もし市場システムがなければ,私たちは顔見知りの要望しか満たせません。つまり,もし私が靴屋であった場合,私は知人の靴しか生産しないでしょう。しかし,市場システムの存在により,価格に応じて一定の数量が売れる見込みがたつからこそ,私は多くの靴を生産し,一定の報酬を得ることができるのです。
 ちなみに,資本主義経済を支持する人間は,自由主義者であって功利主義者ではありません。自由主義とは,人間の無知を自覚しています。そして,人間が愚かであるからこそ,抽象的ルールの必要性を痛感し,市場システムにおける自生的発展を支持します。一方で,功利主義は,人間の全知を信じています。そして,人間の知性を信じるからこそ,具体的な行動ルールを策定し,設計主義と停滞の罠に陥るのです。
 自由主義は,経済的発展のみならず,学問や芸術的発展の原動力でもあります。ベートーベンのソナタもレオナルドの絵画もシェークスピアの戯曲も,自由の土壌において育ちました。しかし,設計主義に基づいた何らかの宗教的・道徳的信念は,いつの時代も社会の発展を遅らせ,文明を死滅させました。狭隘な道徳的信念に凝り固まった人々は,文学も芸術もスポーツも価値がないものとして排除するのです。「ローマ帝国衰亡史」の著者エドワード・ギボンが結論づけたように,反自由主義(キリスト教由来の平等主義)が文明を衰亡させたのです。

現代の独裁制


民主主義の起源


 ところで,自由主義と民主主義は両立するのでしょうか?いいえ,両立は不可能です。なぜなら,これらは全く正反対の思想だからです。民主主義は,「多数者が権力を行使する権利を持つべきだ」とする考えです。一方で,自由主義は,「ある一時的な多数者の権力は長期的な原則によって制限を受けるべきだ」とする考えです。前者は恣意的権力を正当化し(ホッブスやルソー),後者は恣意的権力の防止を主張しました(D・ヒュームやアダム・スミス)。
 自由主義は,公平を重んじます。その結果として,不平等を受け入れます。しかし,民主主義は,平等を重んじます。そして,平等を重んじる民主主義から,政府が介入する社会主義が生まれ,社会主義の究極である共産主義が生まれ,共産主義の結末である全体主義が生まれました(「隷属への道」)。皮肉なことに,ルソー流の民主主義は,マルクスの共産主義やヒトラーの全体主義の「生みの親」なのです。民主主義の語源であるデモクラシーが,demos(人民)とkratos(暴力)の合成語である所以です。
 人は言います,「自由主義を野放しにすれば,貧富の格差が広がってしまう」と。しかし,歴史を深く洞察してみて下さい。金持ちの無駄使いが,後世の貧乏人に貢献してきたではありませんか。最初期の非常に高価なテレビを購入したのは金持ちです。金持ちが新しいものの実験費用を支払ったからこそ,後に貧乏人が安価に利用できるようになりました。ゴルフは金持ちの娯楽でしたが,今や一般民衆のスポーツです。きっと宇宙旅行も,同じ過程をたどるでしょう。つまり,今日の貧しい者でさえ,自分たちの相対的な物質的幸福を過去の不平等に負っているのです。
 私たちは肝に銘じなければなりません。競争社会こそ,社会全体を前進させ,結果的に貧者をより豊かにします。しかし,平等主義的政策は社会全体を停滞させ,貧者をますます貧しくします。実際,自由主義国であるアメリカはますます豊かになり,社会主義国であるロシアや日本はますます貧乏になりました。

自由主義の危機


 文明発展の原動力である自由主義は,平等主義的な政策や権力によって破壊されます。
 第一に,肥大化した官僚機構です。官僚機構は,ハンナ・アーレントの言うnobodyが支配する独裁政治であり,現代の専制政治です。官僚機構は,「経済的に正当性を持たない労働者間の報酬の著しい不平等」をもたらし,「産業発展における非経済的な不均衡」をもたらします。つまり,経済発展の原動力である企業家精神を衰退させるのです。
 第二に,過保護な年金制度です。年金制度は,扇動政治家にとって選挙に勝つ餌になり,無知な大衆に好まれるでしょう。そして,結果的には,「人口多数者による少数者への搾取」と「引退者による労働者への搾取」を正当化するのです。労働意欲の減退は,経済の停滞に繋がります。
 第三に,過度な健康保険制度です。国家医療制度は,必然的に,破綻を約束されています。なぜなら,すべての人は死に至らざるをえないのに,その命をただ長引かせる仕事には限度がないからです。ハイエクは警告します,「今までの悩みは社会悪であったが,これからの悩みは社会保障制度になるであろう」と。
 第四に,累進課税制度です。ジョン・スチュアート・ミルが喝破したように,「累進課税は穏やかな型(タイプ)の盗み」です。しかも,累進課税制度は,格差を是正するどころか,格差をより拡大させます。まず,最大の成功者を国外逃避させます。そして,歴史に鑑みれば,国庫収入の増加はあまり見込めません。しかも,貧困階級に恩恵もない。むしろ,経済発展が滞ることにより,長期的には貧困を深刻化させます。ならば,累進課税制度による恩恵は何か?それは,比較的豊かでない人々(中流階級の下)の羨望を満たすことです。
 民主主義は多数者の暴政です。この新たな独裁制が累進課税制度を促進し,結果的には全体主義を誕生させました。私たち現代人は,累進課税制度の発案者が共産主義を唱えたマルクスとエンゲルスであることを認識せねばなりません。いずれにせよ,民主主義による平等の追求は,文明発展の原動力である企業家精神(危険の多い冒険的事業に挑戦する精神)に冷や水を浴びせるのです。

別の形態の民主主義


立法院の創設


 私たちが金科玉条の如く重んじている民主主義は,「絶対主義の主権観念」と「共産主義の平等主義」が合体した産物です。故に,民主主義国家は,制限のない権力を是認し,格差是正という悪しき平等を追求します。つまり,民主主義は社会主義に変貌する危険性があるのです。
 社会主義とは,目的について合意する体制です。そして,目的を遂行する担い手として,官僚や政府や独裁者が登場します。一方で,自由主義とは,手段について合意する体制です。そして,手段の正当性をチェックするために,包括的な法が要請されます。
 
「医者が重病の子どものうちの誰を最初に診察すべきであるかについて,決して合意しようとはしない母親たちも,事が起こる前であれば,医者が自分の効率を増すようなある規則的な順序で子どもを診察すれば全員の利益になるであろうように,喜んで同意するであろう。そのようなルールに合意する際に,“もし~であれば,それは我々全員にとってより良い”という時に我々が意味しているのは,それが最後には我々全員に便益を与えてくれると我々が確信しているということではなく,現在の知識を基礎にすればそれが全員により良い機会を与えてくれるということなのである」(「法と立法と自由」)
 
 真の立法とは,長期的な効果を狙い,未知の人々を助けるルールです。偽りの立法とは,短期的な効果を狙い,既知の人々を助けるルールです。前者は発展の原理であり,後者は停滞の原理です。では,選挙で選ばれた政治家は,真の立法を樹立できるのでしょうか?いいえ,彼らは長期的視点に欠け,当選目当ての短絡的思考に陥ります。政治家を選ぶ大衆もまた,「俺さえ良ければいい」と考え,扇動政治家に票を投じる。民主主義国家の欠点はここにあります。
 では,自由主義と民主主義は両立しないのでしょうか?公平と平等は一致しないのでしょうか?ハイエクは,二つの解決策を呈示しました。第一に,立法院の創設です。経験と分別ある人間集団により,民主主義の暴走を抑える政策です。立法院の構成員は,45歳から60歳までの男女で構成されます。なぜなら,立法院の構成員には,高い英知と深い教養と経験に基づいた洞察力が要求されるからです。立法院の構成員は,毎年1/15を交替させ,一定期間過ぎたら陪審判事のような中立的仕事を保証されます。こうすることにより,立法院の構成員は,党の支持も,生計の資も,民衆の支持も気にしなくなります。
 つまり,偉大な社会の権力構造は,このようになります。まず,正義のルールを定める立法院があります。次に,実定法である憲法が続きます。次に,議会と政府である行政院がきます。最後に,各行政組織である官僚機構がくる。すなわち,「立法院→憲法→行政院→官僚機構」という権力構造により,大衆の暴力を抑えるのです。

貨幣発行の自由化


 第二の政策は,貨幣の発行を自由化することです。理由は簡単です。肥大化した政府が,自由主義の息の根を止めるのです。貨幣発行は政府の独占権です。故に,政府が持つ貨幣発行という特権を相対化し,自由主義を徹底させるのです。
 
「市場は周期的不況や失業を頻繁に引き起こしがちであり,これが重大な欠陥であるとして当然ながら批判の対象になってきた。しかしこの市場秩序の欠陥は,長年にわたり政府が貨幣発行を独占してきたことの帰結なのである。政府から禁じられてさえいなければ,民間企業はとっくに市民に通貨の選択肢を与えることができたはずだし,そうしていたに違いない。また競争を通じて優位を獲得した通貨は本質的に価値が安定しており,過剰投資とその後の投資縮小を防げるはずだ」(「貨幣発行自由化論」)
 
 世界史とは,政府が自己利益のために仕組んだインフレの歴史です。例えば,貨幣数量説の間違い。貨幣量を操作することにより,相対価格構造に歪みが生じます。そして,価格の歪みが資源利用の方向性にも歪みを生じさせ,労働を始めとする生産要素の誤った使途を助長します。生産要素の間違った使途は,経済の長期的な停滞を生み,結果的に市場システムの機能不全を誘発するのです。ハイエクが主張するように,自由な文明の命運を握る鍵は,競争通貨の導入です。
 では,貨幣にはどんな条件が必要でしょうか?3つあります。交換手段としての安定性,資産保全としての稀少性,計算手段としての適格性。私はハイエクの著書を読んで,ビットコインを連想しました。これは私見ですが,ブロックチェーンに支えられた暗号通貨の可能性は,文明の未来を決するのかもしれません。

ハイエクの前世


アテナイ発展の父


 ハイエクの前世は,ギリシャ七賢人の一人であるソロンです。ギリシャの都市アテナイの立法家であり,偉大な哲学者でした。

ソロンの活躍を紹介する前に,当時のアテナイを知る必要があります。
 ソロン当時のアテナイは,三つの党派に分裂していました。第一に民主的な山岳党(ディアクリオイ),第二に少数政治的な平原党(ペディエイス),第三に混合的な海岸党(パラロイ)です。これら三つの党派が争い合い,アテナイの政治は機能不全に陥っていました。さらに,貧民と富者の社会的不均衡が絶頂に達し,人々は独裁制を求めていました。なぜなら,民衆が富者の負債に苦しみ,奴隷になったり外国に売られたりしていたからです。こうした状況の中,調停者であるソロンが登場します。
 ソロンは,アテナイを立派な自由都市にするため,いくつかの政策を実行しました。第一に,負債の帳消しと人身を抵当にした金貸しの禁止です。この政策により,困窮する貧民を救済しました。第二に,すべての階級に政治的参加のチャンスを与えるため,アテナイ人を財産によって格付けしました。第三に,アレオパゴスの評議会とは別の評議会を設け,4つの部族から100人ずつ選んで評議させ,その後に民衆に審議させました。この政策は,ハイエクの立法院に似ています。第四に,相続制度を氏族よりも本人の意志に任せました。第五に,社会を発展させるため,技術の向上を奨励しました。第六に,貧民の怠惰を是正し,自助努力を促進するため,食料制度を改革しました。最後に,独裁制を樹立しようとしていたペイシストラトスの野望を見抜き,徳性にかなった政治をするよう諭しました。
 ソロンの改革の本質は,平等よりも自由を優先し,社会発展の礎を築いたことです。ちなみに,アテナイの繁栄を方向づけたソロンの法は,ローマ共和国の十二表法に受け継がれ,さらにイギリスの自由の理念に継承されました。イングランド発展の根底には,ソロンの法的思考が伏在していたのです。

この魂の使命


 ソロン→ハイエクと転生した魂の使命は,自由主義を地上に樹立し,文明発展の土台を創ることです。freedomとかlibertyと表現される自由主義の本質は,個人としての人間を尊敬し,それぞれに与えられた天性や性向を発展させることが望ましいとする信念です。そして,個人の才能を開花させるためには,自由を担保する法的枠組みが必要になります。ソロンの改革がアテナイの発展を実現したように,ハイエクの法哲学は豊かな未来社会を実現する手がかりとなるでしょう。
 独裁制に傾くアテナイ人に対して熱弁を振るった晩年のソロンは,社会主義国家に傾く現代人に対して警鐘を鳴らし続けたハイエクを連想させます。
 
「ソロンはすでに非常に年を取っていたし,支持する人がいなかったにも関わらず,市場に現われて市民たちに向かって演説を行い,市民たちの無思慮と柔弱を非難する一方,自由を失うなと鼓舞し激励した」(「プルタルコス英雄伝」)


参考文献:自由主義を主張した思想家たち

① アダム・スミス

② ジョン・ロック

③ ジョン・スチュアート・ミル

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