「えーっ!?」で世界を変える。
本書では「人が行動を変えるのは、理論や分析を提示されたときではなく、感情を揺さぶる事実を示されたときだ」という、至って簡明な法則が個人のみならず、企業の大きな変革でも機能するという。部内のプロジェクトから企業統合まであらゆるサイズの変革で機能させられるということが、調査や実験のデータととも示される。著者の提示する8段階の変革ステップを実現させられれば、個人の購買行動に適用できるだろうか。
購買行動を促す強弱はありそう
感情に訴求して購買を促す例は、テレビショッピング、魅力的なカタログの通販、SNSで友人・知人の旅行やレストランのシェアを目にして…と、普段から購買行動を促されているようにも思える。だが、本書のSee →Feel→ Change のような行動変容を伴う購買を促していたとするにはいささか軽すぎる。私のアップルウォッチ Apple Watchのパタンはどうだろうか。Apple Watchの登場前は、雑誌や店頭で目にする、オメガ、グッチ、ティファニー、ロレックス、ブルガリ…いわゆる高級時計の美しさに惹きつけられていた。まさか「相対性の連鎖」に囚われているとはつゆ知らず。ただ、新しいガジェット好きとして、Amazonで購入した安価なスマートウォッチをおずおずとかっこいいわけではないけど便利で、平日に使っていた。
Apple Watchはモノ? コト? 文化?
もちろんApple Watch が登場するや、私は「衝撃」を受け、これを早く入手しないとヤバい!と直感した。当初の機能は携帯の子機レベルだったのに、メールやテキストの着信を見ては喜び、自転車での移動中に絵文字を送れることすら画期的に思えた。Apple Watchはアプリが増えるとともに、歩くと褒められる! 運動でバッジがもらえる! チケットが要らない! 音楽も聞ける! SUICAが使える!鍵になる!と、できることが増え、信用度も増した。機能の進化に加え、ユーザビリティの小さな課題もどんどん解消された。個人的には、アプリや電子通貨と協働して、ないと不便、忘れると落ち着かないというレベルの、生活の必需品となった。今やApple Watch新製品がリリースされると、たくさんのニュースやオタク的ブログのみならず、他人気Youtuberもレビューするし、SNS上でもたくさん見かける。
この過程はまさに本書の変革の8ステップとオーバーラップする。Appleが企業として、また強力なガイドチームとして、Apple Watchを文化として定着させるまでの変革プロセスを進めているように見えてくるのだ。
Apple Watchの将来実現する世界は、新商品発表やイメージ映像などのプロモーションからも十分に存在を感じられた。そういう意味では衝撃→ガイドチーム設立→完成図設定→布教までは完全にAppleという一企業が担当している領域である。ただ、その後の権限委譲→成功体験→応援→文化にするステップは、社会全体を巻き込んで進められているのが興味深い。
Appleはデバイスを規格し、アプリ制作のプラットフォームを提供する。ここでは「権限委譲」を促すために、デバイスの規格を商品提示より前に開示、デバイスのタイプ数自体も絞り、デザインの特徴や制限事項なども発売よりはるか前になされる。しかも、発表時点では、予約の開始となることがほとんどで、出荷までには1ヶ月ほどあったりする。高々そんなこと?に見える権限委譲があるだけで、アプリ開発者もバンド製造メーカーも、Apple Watch新作発売とほぼ同時に、新しい商品を発売でき、Apple Watch の新作発売がさらに盛り上がる。顧客の側には、オフィシャルな選択肢よりも個性的、あるいは安い選択肢も増えたり、知らなかったアプリに出会うきっかけになったり、単なる新作発売にはできない、See→Feel→Change を促す。それにより、私も含めたたくさんの信者が、Apple Watchの良さを発信する。
Appleはテコの原理的に市場の変革を促しつつ、オフィシャルにも顧客に態度変容を迫る。Apple Watch本体の機能とは全く関係がない、バンドでFeelに訴求するのは天晴れである。Apple Watchの新作発売時に必ず同時に、新しいデザインのバンドが発売される。だいたいテーマカラーがあり、驚きや発見、オリジナルも有名メゾンものも、今っぽさが如実に現れている。昨年のモデルをしている自分がダサく思えてくるのだ。外から、中から、権限委譲→成功体験→応援のサイクルをくるくると回しながら、態度変容を促し、ほくそ笑むAppleが見えてくる。
表向きは、最終段階、スマートウォッチとしての機能を真摯に進化させ、心拍数の計測と緊急連絡につなげたり、手洗いや動くことを促す健康へのアプローチをしたり、Apple Watchの社会的な価値、現代の日常に必須なものとして取り込まれるように邁進する良い企業として、人々の行動様式に「定着」を淡々と目指している。
本書で紹介されていた大きな変化をもたらす8ステップでは、人々の行動様式を変えることによる社内変革を主眼として書かれていたと理解している。「購買行動」の変容を促す場合には、巻き込むべきプレイヤーが多く、複雑な設計とはなる。特に「権限委譲」と「応援」は、いかに巻き込まれるプレイヤーに投資価値を感じてもらえるようにできるかの設計が求められる。それでも実現できたら、単なるモノ・コト消費を超えて、私の愛する商品を定着させられる可能性がある。この変革ステップの8段階という考え方を使って、購買行動を促すという実験を、まずは小さく試してみようと思う。
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