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小説『FLY ME TO THE MOON』第25話 選択
『大統領…3つのシティの賛同が決まりました。』
側近が現状報告に来たのだった。
ゼウスシティの凶行的策略は新型の生物兵器による脅し。ゼウスを大きくするため、シティ自ら生物兵器の威力を見せつける為の公開処刑場とし、武力で支配しようとしている。
このイカれた放送は策略通り他のシティを恐怖させた。
従うかどうかは別として、逆らうのは危険と判断した他のシティは傘下に付いていくのだった。
『まだ3つか・・・まぁ良い・・・続けろ』
大統領アレースは、そのふっかふかの椅子に沈むように腰かけ、足を組むと葉巻に火をつけ、ブハーっと煙を吐き出した。
『安全すら金で買える・・・そうだよな・・・えっと・・・』
『パイク・・・ガー・パイクにございます』
『うぬ、パイクよ、下がってよい』
『はい・・・では失礼いたします』
シューッ・・・・カキュン・・・
味気ない音で金属のドアが閉まる。
『5年仕えている私の名すら覚えない。頭の悪いヤツを相手にするのは疲れるものだ。』
そう、パイクがつぶやいた。
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『うぬ、ここがよかろう』
周囲にうろついているゾンキーを倒し、入ってすぐに長めの階段がある一軒の家を選び、玄関で虎徹がそう呟いた。
『二階建てだし、まさかの時も優位に戦えるしね、私上見てくる、こてっちゃんは下を。』
『おっしゃ、気を付けるんじゃぞ、何かあったら叫べよ』
『ほい了解っす』
羽鐘は二階へ向かった。
8段ほど登ると緩やかなカーブになった作りの階段を、つま先からゆっくりと足を置き、ゆっくりゆっくり息を殺して上った。古い家ではないので木の軋む音が一度もしない。それはこちらの存在に気づかれないと同時に、敵の足音も聴こえないと言うこと。
より一層、慎重に歩を進める羽鐘だった。
真一文字のドアノブに手をかけて、縦にする。
一つ目のドアをゆっくりと開けた・・・。
子供の部屋だったようで、誰も居なかった。
プハッ・・・・
止めていた息を吐きだして、少し安心した。
『となると隣は両親の寝室っすかね』
隣の部屋のドアノブに手をかける。
静かに・・・静かに扉を開けた・・・・。
目の前に飛び込んできた光景に思わず手に持っていたハンマーを落とし、過呼吸のようにひきつり始めた羽鐘。制服の胸元を引きちぎらんばかりに右手で握り、その場にへたり込んでしまった。
物音を聞き、虎徹が走ってくる。
『羽鐘!大丈夫か!』
抱き起そうとした虎徹の目に映ったのは、ベッドの上の家族3人の亡骸。恐らく噛まれるとどうなるか知っていたのだろう、子供の首に肉を引きちぎられた跡があり、2人の頭に攻撃を加えた痕跡があった。
父親だけは土下座するようにうずくまっていたので、虎徹が近寄ってみると、両手で刃物を握り、切先を上に向けて、自らの額を落としたと分かった。
『凄まじい覚悟じゃ・・・・恐れ入る・・・これを見て思い出したのかのう・・羽鐘は・・・羽鐘!しっかりせい!お前がへこたれてどうする!こい!下は安全だ、下で休め、今日はここにする』
『いや!ここは嫌!』
『ダメじゃ!もう外は危険だ!』
『ここだけはダメ!無理!』
『羽鐘!!!!!お前がそんな弱くてどうする!』
『私は強くない!強くなんかない!もういい!疲れた・・・もういい・・・私なんかあの時一緒に死ねば良かったんだ・・・私のせいで2人は・・・。消えてなくなりたい私・・・もうダメっす・・・』
『のう・・・上の死体は子供が噛まれて、両親が後を追ったようじゃ・・・独りで逝かせられなかったのだろうな。
親とはそういうもの。
子供の為なら命すら惜しくはないんじゃよ。お前の両親は命を懸けてお前を救ったのだろう?それが親というものだ。生かしてもらったんじゃよ・・・・どういう気持ちで両親がそうしたかを考えろ。
それに羽鐘・・・お前が行かねば、友達はずっとずっと待っておるのではないか?逆に、お前が行けば待ってあげられるじゃないか。
それはお前が必要だと言う事じゃないのかのう。
羽鐘にはやることがあるんじゃなかったか?マスターした声で・・その声で2人の役に立ちたいんじゃなかったのか?』
『・・・・・』
『まぁええ、少し考えてみるといい』
『・・・・・』
無言の夜が2人を包むのだった。
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『ん?いい匂いがするのう』
食べ物の匂いで目が覚めた虎徹。
ソファーに寝たままキッチンに目をやると、羽鐘がこの家の冷蔵庫の残り物で料理をしていた。
『ふっきれたのかな・・・』
そう感じた虎徹は寝たふりをするのだった。
コト・・・
コト・・・
テーブルに食べ物を並べる音がする。
いよいよ起こしに来るのかと思い、少しドキドキする虎徹・・・・
『いっただっきまーす!』
『って起こさんのかい!!!!!』
『あははは、ごめーん!目を開けたの見てたから悪戯したっすよ、食べよう虎徹』
『おほー!こりゃ旨そうだわい、この家と家族に感謝じゃな』
『うん・・・私ね虎徹・・・昨日は凄くその・・・ショックだった、両親の事は仕方がない事だと思って、心に閉じ込めてたんだけどね・・・全員で死んでる姿を見たら、希望も何もないんじゃないかって、急に苦しくなって・・・閉じ込めてた気持ちが溢れ出て・・・心が・・・』
『そうじゃな・・・しかし死を選ぶのも1つの選択じゃ、あの家族に希望がなかったとは言い切れんよ。子供が噛まれてゾンキーになって、止めを刺す辛さに耐えられないから死を選んだ、子供のそばに居たかった、それも【選択】じゃよ。。。。』
『うん・・・そうだよね・・・死を選ぶのも選択だよね、あの両親は子供の為に死を選んだんだよね・・・』
『お前は選ぶのか?死を・・・』
『ううん・・・友達のところへ行く。やっとできた友達だもん、だから付き合え虎徹!』
『あっはっは、わしもいつの間にか呼び捨てに昇格したわい、友達ってことかのう』
『当り前じゃん!さ、食べよう、ここの家族のお陰で朝ごはんが食べられるんだから感謝だよね』
『うむ、その通り!いただきます』
『いただきます』
2人は手を合わせ、朝ごはんを食べた。
具の無い味噌汁が身体に染みた。
少し塩辛い卵焼きと、少し黒いピーマンとベーコンの炒め物が、なんだかとても愛おしく見えた。
早朝の移動は危険度が低い。
何度も言うようだが、ゾンキーは習慣で動くモノが多いようなので、早朝はほとんどうろついては居ない。
立ったままどこかで寝ているのか、家に帰って寝るのははわからない、そもそも寝るのかもわからないが、世の中で言うところの出社時間、登校時間が一番行動力が増すようだ。
それを利用して、羽鐘と虎徹は朝4時、この家を出た。
朝モヤが心地良い朝、電信柱の陰に人影が見えた。
よく見るとゾンキーだった・・・が、うつむいて動かない。
『虎徹・・・あれって寝てるんじゃない?めっちゃレアじゃん!寝るんだね!』
『そうじゃのう、細菌も脳を休めるために停止時間とか作ってるのかもしれんのう・・・まぁすべてのゾンキーがそうとは限らんから、慎重に行こう羽鐘』
『うん、わかった』
清々しいなんて言葉は、今となっては不謹慎だが、とても清々しい朝だった。