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小説『FLY ME TO THE MOON』第21話 再会
『あー・・・やっと見えてきた・・・ほんっと・・・ゼウスの偉い奴の顔を花咲ガニで殴ってやりたい』
如月は疲労困憊状態で、遠くに見えるゴーゴンスタジアムを見据え、誰のかはわからない人の家の屋上で呟いた。逃げに逃げ、戦いつつ、はしご付きの屋上がある家を見つけ、街の様子を確認しながら一休みしていたのだった。
『髪ベッタベタだし・・・・シャワーもガーッつって浴びたい。ラーメン食べたいしー・・・チョコレートもこう・・・ババッと食べたいなー炭酸グワー飲んで、喉ギャーって掻きむしりたいわ・・・夏で良かったな・・・少し・・・休もう・・・』
疲労からか、如月は眠くなってしまった。
屋上へのアクセスは入口が一か所だが、外からも鍵をかけられ、はしごはあるが、ゾンキーが上ってくることはない。安心できる場所でもあったのが、眠気を誘ったのだろう。
如月は大の字で眠りについた。
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薄暗くなってきたゼウスシティ、暗くなるにつれて火災による炎で空が紅に染まり始める。絶望感の演出としてはこれ以上ないほどの効果であり、そのリアルさは海外のパニック映画の比ではない。それもそのはず、これは現実なのだ。この空が美しい夕焼けならば・・・生存者は誰もがそう願い、感染者(ゾンキー)から身を隠す…この現実に目隠しするようにカーテンを閉め、目が覚めたらすべてが元通りになっていますようにと、神の存在なんか信じたこともない人までもがそう願うのだ。
神にもすがりたい、そんな気持ちなのだろうけれど、すがる神は目の前には居ない、居たところで、すがったところで本当に助けてくれるのか保証はないのだ。いや、むしろ目の前に神がウロウロ歩いている時点で、今を変える力を持った神だとは思い難い。
居るか居ないかわからない存在に願うより、今、自分ができることを必死にやった方が、可能性はある。
生き延びれる可能性があるのだ。
その可能性を信じて進むパイロンは、クマの助けを借りて逃げ延び、薄暗くなった街並みを進み、安全に休める場所を探していた。道を選び、危険を避け、思いのほか遠回りをしていることは本人はわかっているのだが、そう簡単に突っ込めないのが心情。
凄い勢いで感染が広がっているらしく、ゾンキーが居ない道路などもはやない状態に加え、夜になり、家路につく習慣を持ったゾンキーが住宅街に押し寄せてきている。
パイロンは冷静にゾンキーの服装を見て分析していたのだった。今パイロンがいる住宅街、ゾンキーは主婦層、学生層、それに加えてサラリーマンの服装と見て取れる者が多かったのだ。
『早くどこか隠れる場所を見つけないとマズいですね』
身を屈めつつ、コソコソと隠れながら移動するパイロン。物陰から前方を確認すると、買い物帰り風のゾンキーがうじゃうじゃと見えた、そのゾンキーの子供かどうかは不明だが、小さなゾンキーも数体見えた。
『今は見えるけど、真っ暗になったら・・・小さいのとか、かなりヤバくて申し訳ございません・・・まだ見えるうちに潰して突破口開いた方が良いか、道を変えるか・・・変えても一緒だろうなぁ・・・』
火事で薄赤く輝く空を見上げて閃いたパイロン。
『もう消防も居ないし・・・申し訳ないですけど・・・申し訳ございません。』
ライターを持っている事に気が付いたパイロンは、もう一度車の爆破をする事を決意する。爆破することでゾンキーの群れを少しでも吹き飛ばせる。その音でゾンキーを引き付けられる。どちらの効果も同時に得られる爆破は、今のパイロンには最高で起死回生の一発だった。
起死回生ってものは、そう何度も起きるものでもないが。
身を低くして5m程移動する途中に布切れを拾う。手慣れた手つきで給油タンクをバールで開ける。
バリン・・・
気づいたゾンキーは居ないようだ。
キャップを外して、拾った布切れを押し込んで、その布に火をつける・・・
思い切り走って家の陰に隠れるハイロン。
やや暫くして車が浮くほどの爆発が起きた。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオン・・・・・
浮いた車が地面に叩きつけられて2度バウンドする。
その直後、火のついたガソリンの雨が降り注いだ。
何体かのゾンキーの頭に火が付き、少し滑稽な姿に見えた。
ゾロゾロと燃え盛る車に集まるゾンキー。
『よし、この隙に・・・』
と振り向いた時後ろに大量のゾンキーが!
『え?うそ!』
立ち止まっている暇もないほどに迫っていたゾンキーに対し、反応的か反射的か、パイロンは次々とエースのスマッシュをゾンキーの頭に決めていった。倒せど倒せどゾンキーの数は増すばかり。下がるしかない状況まで押し切られたパイロンが振り向くと、既に囲まれている事に気が付いた。
『また絶体絶命で申し訳ございません』
疲れもピークだったが、今ここでへたり込んでいる場合ではない。歯を食いしばってバールを振り下ろし、突き飛ばし、また振り下ろした。ゾンキーの死体が積み重なり、ちょっとしたバリケードのようになったが、押し寄せるゾンキーによって直ぐに崩される、また積み上がる、崩される・・・何体、いやもう数えきれないゾンキーを倒したパイロン。もうバールすら重くて腕が上がらなかった。。。
『もう・・・ダメです・・・諦めたら終わりって言うけれど、引き際ってのもあるよね…申し訳ございません・・・』
そう言うとパイロンはその場に座り込んでしまった。目の前まで来たゾンキーに対し、目を閉じ、覚悟した。
『ごめん・・・睦月・・・スティールちゃん・・・』
ドン!!!!
ドン!!!!
ドン!!!!
『なんの音?・・・』
そっと目を開けると暗がりに白い光がぼんやり見えた。
『パイロン!立って!』
白髪を街灯で輝かせた如月だった。
『睦月!!!!!!!!!!!!!!!』
『話は後よ!立って!もう少し人数削って!』
『はい!』
力が出たパイロンは更にバールを振った。
如月は素手でゾンキーをなぎ倒していた。
いあ、この場合突き飛ばして場所作っていると言うべきか。
『この状況なら八極拳が適切でしょう!』
そう叫ぶと力強く踏み込んで前に両手を思い切り身体ごと出す
【白虎双掌打】をぶちかましていった。
女子高生が放った打撃によるものとは思えない程ゾンキーがドカドカと吹き飛ぶ。子供ゾンキーもお構いなしで前蹴りから一気に間合いを詰めて白虎双掌打を撃ち込む!!!
『ゾンキーに内臓破壊は意味無いから物理的にダメージ与えてぶっ飛ばして場所作るが得策、だとしたらやっぱ白虎だよね!ハイッ!ビャッコォオオオオオ!!!』
もはや楽しんでいるようにしか見えない如月。
『肘撃からの白虎ー!はははははは』
『睦月ノッてるね!』
『当り前よ、八極拳を全力で試せるなんてそうそうないもん!ハーーーーッ!キサラギスペシャル!!!』
『睦月らしいや・・・ふふふ』
『よし!場所は出来たわ!パイロンはしご上って!はやく!このはしごで上に!』
『は、はい!』
なんたる偶然か、如月が寝ていたのは、パイロンが爆破を起こしたすぐ近くだった。爆破で目が覚めて、上からパイロンを発見したのだった。
必死ではしごを上るパイロン。
白虎双掌打を連発して場所の確保とパイロンがはしごを上るまでの時間を稼ぐ如月、損傷の激しいゾンキーは白虎双掌打を喰らって上半身が爆発するように砕け散る。前に白虎双掌打、そのまま上体を下げボクシングのダッキングよりも低い姿勢で右に一歩移動して白虎双掌打、それはまるで時計の針のような規則正しい動きに見えた。
隙を見て如月も上った。
上がり際にパイロンの手が伸びてきたので、如月はその手をパン!と鳴らしてからがっちり掴んだ。
月が綺麗な夜だった。