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小説『FLY ME TO THE MOON』第10話 脱出
3人が同時に靴紐を結ぶ。
飛び出した紐の先を縫うように靴紐に入れ込む。当然のことながら靴紐がほどけて転ぶとか、そんなイージーミスは防ぎたいからだ。
如月はパイプレンチを器用に使い、体育館に使用されている補強用の空洞の無い鉄の棒を取り外した。
『うひー!手が痛いよー』
そんな如月に対しパイロンはいつものように冷静に、冷酷に、冷血に、
『か弱く見えなくて申し訳ございません』と突っ込んだ。
『如月さん、それを武器にするんすか?』
『ええ、棒術もテコンドーで学んだのよ、これからは広いエリアでの戦闘もあるのでそれを意識したのと、一度で数体にダメージを与えられるし、狭いエリアでも突きで対応できる。遠心力使えば割と力を使わず戦えるので体力温存にもなるかもだし。温存つっても体力ゲージがあるわけじゃないから自分次第だけれど。上手く使えば色々な用途も考えられるのよ、あのねあのね、ガーーってくるじゃん?な、こう、ガーくるじゃん!そしたら私はさ、私な、如月な、如月はさ、いあ睦月でいいや、睦月はこう・・・ダーンって、ダーンわかる?ダーンするのよ、そしたらゾンキーはビョーンなるってスンポーな、でさ、あとな、あとな、あとな・・・』
擬音が多くなってきたので興奮気味だと気づいたパイロンは、スッと立ち上がり、ノーモーションで如月の脇腹にパンチを入れた。
『おうふ!!!!』
如月は思わずエビのような姿勢になり、口を 子供のキス顔のように尖らせてパイロンに言った。
『手ぇ出すなよパイロン・・・』
『申し訳ございません』と一言謝罪すると、静かに準備を始めた。
『パイロンさん、手ぇ出すんすね・・・』
『気を付けてな、キレたら私よりあぶねぇから・・・』
『こわーい!とか校舎で言ってませんでしたっけ?』
『なんかな・・・昔から急にスイッチ入るときあるんだわ・・・小学生の時も金髪馬鹿にされててさ、私が止めに入ったら今度は私の白髪馬鹿にされてさ、そしたら泣いてたパイロンが無言で男子5人に自分の履いてた靴でビンタしたのよ、かかと部分でな、ヤバいだろ?ヤバいよね?ヤバいって言ってみてよ。』
『ヤバいっすね!』
『睦月!!!!それは言わない!!!』
『はいっ!』『ハイッ!』
釣られて羽鐘も返事をした・・・
軍隊のようにビシッとしながら。
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裏口のドアを開けて抜けることにした。
パイロン、羽鐘、如月の順に並び、各々が武器を手にしていた。なんやかんやで役に立っているバールを握るパイロン。羽鐘は如月に渡された小型のハンマーを、如月は空洞のない鉄パイプと言うべきか、鉄の棒を握る。その長さは120~150cmほどで、後ろから突きで対応できる布陣。
静かに、音を立てずにドアを開けるパイロン…
カ・・・・チャン・・・・キィ・・・・
3人が3人、音と同時に両肩が上がり、首がめり込む動きをする。今の状況はウルトラマンに出た怪獣【ジャミラ】のようだ。目の前はフェンスなので、ドアを開けると右側は閉めるまで通行は出来ない幅。
向かうは左。
左を抜けて行かなくてはならないのだが、その幅は大の大人がそのまま歩いてすれ違えない程、つまり1列でしか抜けることはできない。その距離はざっと25mと言ったところ。正面から大量に来られたらアウトと言っても良い。残念ながら右は行き止まりなのだった。
『音を立てずに、静かに、ゆっくり・・・習慣でここに来てるとしたら、体育館の裏になんか来ないはずだし』
如月の読み通り、問題なく抜けられそうだった。長い長い、何キロにも感じるような直線だった。こんなに緊張して歩くことなど今までに無かった3人は、新鮮な気持ちでもあり、胃が痛くなるほどの思いも感じていた。
もう少し・・・もう少しでこの直線を抜けられる・・・その時、パイロンの目の前に大きな男がヌッと現れた。その手にはタバコが握られていた・・・用務員の木村さんだ、恐らく体育館の裏でこっそりタバコを吸うのが彼の習慣だったのだろう・・・力自慢の優しいおじ様・・・そんなイメージだった木村さんはもう血まみれで、黒目が完全に左右別々の方向を向いていた・・・ゾンキーだ。。。
パイロンに気が付き、右腕に掴みかかってきた。
やはり攻撃の瞬間は動きが俊敏だ。
木村ゾンキーはグイっと引き寄せてパイロンの腕に噛み付こうとする。必死で木村の喉に左手を当てて防御する。腕に雑誌を巻いているとは言え噛ませるのは賭けだし、噛まれるのも生理的に嫌。後ろの羽鐘が恐れる事なく木村ゾンキーの口目がけてハンマーを叩きつけた。長身なのでこのような危機を想定していた布陣が円滑に機能する。ゴギャ!と言う音と共に、木村ゾンキーの口から歯が数本飛び散った。よろめいた木村ゾンキーだが、まだパイロンの腕を放さない。雑誌を巻いていなかったら相当な痛さだろう。
『パイロン左に!スティール右に!』
如月の指示にコンマ1秒もかからずに従う2人!
ズボォオオ!
一瞬開いた直線的空間に如月の鉄槍が一閃!
木村ゾンキーの鼻を貫き、脳を破壊した。
バタリ・・・
身体の大きさの割には静かに優しく木村ゾンキーは倒れた。
『パイロン怪我はない?』
木村ゾンキーが落としたライターを拾いながら
『ごめん、ちょっと乱心してた、ほんとごめん・・・いあ、申し訳ございません。』
と静かに答えた。
『パイロン、私たちはチームよ、フォローし合えばいい、ただ、仲間を危険にさらすのだけはダメよ、引き締めて行こう。反省している暇はないから次に生かして!角は危険!いい?カドは危険!ご唱和願います!はい!カドは危険!』
『カドは危険!』
『もっと大きな声で!』
『カドは危険!』
『もっと!』
『かどわぁきけぇんっ!!!』
『よーし!!!!!』
『あの・・・如月さん・・・ヤバいっす・・・』
羽鐘の言葉にふと周囲を見ると、めちゃくちゃ気づかれていた。ゾンキーも見つけ次第すぐ来るわけではなく、空気読めるのか、振り向いたまま動きはしなかった。
そして数秒後、一斉に向かってきたのでした。
『走ろう!かわすのは素早く!常に一歩先を見て!』
如月の的確な指示が飛ぶ!
『はい!』2人が返事を返し、3人が走り出す!
掴みかかる瞬間が早い・・・これを攻撃と受け取れば、こちらも対処はしやすくなる。映画では迫られて、怯えて動けなくなって噛まれるパターンが多い、そうではない、現実は向こうが攻めているのだ、こちらは応戦するか、逃げる選択をしなくてはならない、これは戦いなのだ、やらなきゃやられる、生きたければ勝つことのみ!的確な状況判断と臨機応変な行動が勝利への近道!そう、会議で如月は2人に叩きこんでいた。
なるほど2人の動きはとても良く、フォローし合って歩を進めるのだった。
野球のバックネット付近へ近づくと、すり抜けるのが無理なほどの集団がいた。
『フォーメーションA!』
如月が言い放つと、3人が背中合わせになり、それぞれが前方の敵へ集中した。互いの背中を守るフォーメーションである。映画では後ろから襲われる率が非常に高いと、分析していた如月が考えた策であった。移動も背中合わせのフォーメーションのまま。解除するまでそのままの布陣をキープした。この場ではとても効果を発揮し、突破口を開いてグラウンドを抜け出すことに成功した。
如月は校舎の方を振り向き、『待っててねシェルビー』とつぶやいた。