トルコの桔梗? 花の名は。Vol.3
「トルコ原産、キキョウの仲間」。知らない方に言えば信じるでしょう。たとえ現物が目の前にあったとしても。その花はトルコギキョウ。原産地は北アメリカ、リンドウ科の植物です。アメリカリンドウという和名ならば、植物分類学、植物地理学的に大外れでもないわけです。そうはなりませんでした。
植物学的な誤謬に目をつぶればトルコギキョウとは優れた命名です。一重の花は色と形がキキョウに似ています。トルコの正確な由来は不明です。咲きかけの花が「ターバン」や「トルコ帽」に似ているとか、イスラム教の国であるトルコに多いモスク(礼拝堂)に似ているからとか、青い花色がトルコ石あるいは地中海の色に似ているからとか、諸説あります。親日で神秘的な国として好印象が強いトルコ。多くの日本人にとって馴染みがある古来の花、キキョウ。
この組み合わせは、商業的ネーミングとして悪くないのです。
キキョウに似た一重で、紫、桃、白の3色しかなかったトルコギキョウが、昭和の終戦後から主に日本で品種改良されました。バラのような八重咲き、バラにはない青、あるいは緑色、紅色など、色と形が豊富になり、サイズも大中小と、切り花として利用しやすくなりました。同時に栽培技術の向上により年間を通して良質の切り花が出荷されるようになりました。
もっともっと知名度が上がってもよさそうなトルコギキョウ。
トルコギキョウの学名(属名)はユーストマ。「トルコともキキョウとも関係ないのにけしからん」とユーストマの名を用いる専門家や業界関係者もいます。ユーストマ。響きが悪いのか何も連想できないのが悪いのか。なかなか広がりません。一方でリシアンサスという名でも、この花が流通しています。それは旧学名なのです。学名は分類学の進展によって変わることがあります。
日本に渡来した時期に学名がリシアンサスだったのか、もう変わっていたのかもしれないけれど、最初の和名がリシアンサスだったのでしょう。リシアンサス。発音しやすく響きが良く、美しい鐘の音色が聞こえてきそうな語です。その時期に一旦リシアンサスで馴染んでしまっているためなのか、学名がユーストマに変更されても追従することに抵抗があるみたいです。
あろうことか英語圏でもリシアンサスで通っているそうです(関係者・談)。
かくしてこの花の流通においては、トルコギキョウ、ユーストマ、リシアンサスという3つの名が併存しています。花の業者は略語が好きなのでリシアンと言うことも多々あります。ギを濁らずトルコキキョウということもあります。ある知人から「ギキョウ」なんて花はない、と言われたことがありました。名詞をふたつ重ねて一語にする際、後の先頭を濁音にするという日本語の慣習はあるんですけどね。それから、漢字交じりのトルコ桔梗もちらほら。さすがに土耳古とは書きませんが。
6つの名を持つ花。このような名称の不統一が新しく普及した花の知名度向上を妨げていることは間違いありません。