一葉と梅子
新紙幣が発行されたとのニュースを見ながら思い出す二千円札。その発行が開始された西暦2000年が、ほぼ四半世紀前ということに驚愕している。
その頃、私は会社帰りに行きつけの居酒屋で夕飯をいただくのが常だったのだが、ある日、酔っぱらったサラリーマンたちが大将と二千円札について話していた。
「二千円札は便利だね。お姉ちゃんのいる店でチップを渡すときにさぁ、千円じゃケチ臭いけど五千円は勿体ないじゃん。二千円札は丁度いいよね」
とまあ、どうでもいいと言えばどうでもいい話なのだけど、なぜかずっと頭にこびりついていて、それから数年後、2004年に樋口一葉が新五千円札になったとき、また鮮明に思い出したのだった。
あのサラリーマンたちは、「たけくらべ」を読んだことがあるだろうか。遊女になることが決まっている美登利と、僧となる運命の信如との切ない恋を淡々とした文章で綴った一葉渾身の傑作を。
貧乏に苦しみ、婚約も破談になり、生活のために小説を書き続け、24歳の若さで早世してしまった一葉。当時、真新しい五千円札をまじまじと眺めながら、「お姉ちゃんのチップに五千円札は勿体ないんだってさ」と一葉に語りかけてみた。
読んでほしいもんだよね、「たけくらべ」も「にごりえ」も「十三夜」も! 五千円札相手に部屋で一人酒を飲みながら息巻いていた20年前。あの頃から世間はどのくらい変わったのだろうか。
新紙幣の五千円札は津田梅子。一葉が生まれる前年にわずか6歳で渡米し、17歳で帰国したものの日本の女性の置かれている状況に驚き、24歳の時に再びアメリカへ留学。縁談も断り、35歳で女子英学塾を創設した逞しい女性。
「ねえ、梅子さん。お姉ちゃんのチップに五千円札は勿体ないんだってさ。20年前とは円の価値も変わっているけどね」
私はまた五千円札相手にブツブツ話しかけるのだろう。そんな酔っ払いの戯言を、津田梅子なら鼻で笑ってくれるだろうか。