「特別支援教材ってなあに?」という問いからスタートしたこのシリーズ。
前編では、北野ちゆきさんとoowaの加藤甫さんとのインタビューを経て、「特別支援教材は、障がいがある子と社会を繋ぐツールである」という1つの答えが見えてきました。
今回は「特別支援教材をつくる会」に焦点を当てた後編です。
北野さんとstudio oowaでは今、「つくる会」と題し、応募してくれた人が特別支援教材を作るイベントを開催しています。
その会はどんなものなのか。そしてつくる会を通じて、どんなことを実現していきたいのか?私もつくる会にお邪魔して、改めて北野さん、加藤さんのお二人に伺いました。
みんなでつくる
特別支援教材をつくる会(以下つくる会)は、oowaを会場にして、原則毎月第2日曜日に開催されています。
9月の半ばの3連休の中日の開催にもかかわらず、朝から続々と参加者が集まってきました。
午前中は、大工・木工職人の劉功眞さんを講師に、「棒差し」を作る時間です。劉さんが準備してくれていた設計図と材料を手に、棒に接着剤で磁石を貼り付けたり、木材に穴を開けたり。
合間で「こうするといいですよ」と、劉さんが作り方のポイントを教えてくれます。
作業する皆さんの様子は真剣そのもの。穴あけを終え、木材をやする時間になると徐々におしゃべりも弾み、「この間100均で買ったコレ、よかったですよ!」と情報交換する姿も。
棒差し作りは、2時間程度で終了。その後は、自分で作った棒差しを使ってみたり、北野さんが持参した特別支援教材を試してみたり、思い思いに過ごします。
北野さんは、皆さんの中に入りながら、それぞれが普段抱えている疑問や課題を聞いたりしながら、「こうしてみるのはどうですか?」と提案したり。和やかに、でも皆さん熱心に、北野さんの話に耳を傾けていました。
すると、自分の棒差しを作り終えた方が、「こんなものを作ってみたいんですけど」と劉さんに材料とイメージを伝えて、作り方を尋ねる一幕も。
話を聞いていた劉さんは、「こうやったらいいと思うので、近くに僕の工房があるから切ってきますね」とその場で切りに行っていました!
その方にお話を伺ってみると、「自分でずっと「こういうものが作りたい」というイメージはあったけど、作り方がわからなくて。切るための道具なども持っていなかったので、とてもありがたいです」と嬉しそうな様子でした。
教材は先生自身
集中して作る時間を過ごした午前中を終えて、午後は残りたい方が北野さんとおしゃべりしたり、相談したり、ゆったりとした時間が流れます。
その合間を縫って、北野さんと加藤さんにお話を伺いました。
そもそもつくる会は、どのように始まったのでしょうか?
そうしてoowaで開催されたひとり教材展は、予想を大きく上回る来場者が訪れました。その数は延べ200人!
先生向けの研修でも100人集まれば多い方という中で、これだけの人が集まったことに、北野さんも驚いたそう。
そうして、2024年から「つくる会」がスタートしました。北野さんが教材のアイデアを出し、oowaにゆかりのあるクリエイターさんにも協力してもらいながら、参加者自身が自分で手を動かして作ります。
つくる教材として、まず北野さんが選んだのが、棒差しでした。
数ある特別支援教材の中から、なぜ棒差しを作ろうと考えたのでしょうか?
「終わりを作る」とは、一体どういうことなのでしょう。
子どもたちが、教材にどう反応するのかよく観察して、「これはどうかな」と次の方法を試してみる。それができたら、次はこうかな、とまたやってみる・・。その様子は、まるで先生と子どもにしかわからない、秘密の会話をしているよう。
教材を通じて、言葉だけではないコミュニケーションを行いながら、子どもだけでなく、先生も、お互いにできることを増やしていく。
北野さんと加藤さんが「実は、教材は先生自身でもあるんです」と話すように、教材の使い手によって、教材の可能性が無限大になることを感じました。
支援の周りで「面白がる」
特別支援教材は、木材やプラスチック、様々な素材で作られていたり、様々な種類のものがあります。ただ中には、作るためにある程度木工などの技術が必要だったり、機材がないとできないものも。
今回の棒差しも、北野さんが「自分ひとりで作ろうとしても、穴を開けたりしないといけないので難しい」と話すものの一つでした。
そこで力を貸してくれたのが、oowaの近くに工房を構えるLIUKOBOの劉功眞さんです。
劉さんは、現役の大工・木工職人であり、加藤さんとは以前アトリエをシェアしていた間柄。普段は家具や店舗の内装だけに限らず、展覧会の施工やアーティスト・デザイナーの作品や什器などを手がけられています。
今回、劉さんは、北野さんが先輩の先生から受け継いだ棒さしの作り方を図面に起こし、素材の選定から、「どの接着剤を使うと良いか」など、細かな接着の方法まで検討。さらに、限られた時間の中でも完成できるよう、下準備から作り方、当日のレクチャーまでを考えてくれていたそうです。
つくる会をやる上で、こうしたクリエイターの人々の存在は大きいと加藤さんは話します。
もう一つ、私の印象に残っていたのは、参加者の皆さんの眼差しです。
今回の参加者には、横浜だけではなく、東京や群馬など、遠方から来られたという方も少なくありませんでした。特別支援学校の先生や、福祉施設で働く方もいたりと、障がいがある子どもたちとの関わり方も様々です。
北野さんや他の参加者の方と話しながら、日々の困っていることや疑問を聞いて、ほっとしたような顔をしていたり、真剣にメモを取られていたり。
棒差し作りという目的はありつつも、皆さんがこの場に集まる理由は、決してそれだけではないように感じます。
「子どもたちから学ぶ」を広めたい
お二人は、これからこのつくる会をどうしていきたいと考えているのでしょうか。
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社会の中で暮らしていると、誰しも得意不得意なことを感じることがあるのではないでしょうか。
私自身、これまで「どう社会と繋がれるのか」を試行錯誤しながら生きてきたように思います。
特別支援教材は、主に知的障がいをもつ子どもたちにとってのツールです。
けれども教材について知り、子どもと先生たちの様子を見ていると、じわじわと自分の中に「羨ましい」という気持ちが浮かび上がってきました。
社会と自分が繋がるためのツール。そしてともに伴走する、先生や周りの人々の存在。
そういうものや人がいてくれたら、自分ももっと社会と繋がりやすさを感じる場面が生まれるかもしれないと。
北野さんにそんな話をしたら、こう答えてくれました。
子どもたちだけでなく、外の世界である社会、相互が障がいを抱えていることに気づく。
そして、特別支援教材やそれを取り巻く人同士が学び合いながら、繋がっていく。
特別支援教材や、それをめぐる人々に、より多くの人が興味を持ち、広がっていくことを願ってやみません。
(文章:原田恵、写真:川島彩水、加藤甫)