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子どもたちから学び、互いに繋がる社会へ。北野ちゆきさんとoowaが「特別支援教材をつくる会」で目指すこと

前回に引き続き、特別支援教材を巡るエッセイのエピソード0として、北野先生とoowa代表の加藤のインタビュー記事の後編をお送りします。後編は「特別支援教材をつくる会で目指すものとは?」です。

前回に引き続き、ライターの原田恵さんに実際に特別支援教材をつくる会にお越しいただき、インタビューを行っていただきました。

特別支援教材をつくる会は、毎月第二日曜日に開催しています。次回の開催は11月10日(日)を予定しています。ご予約方法はつくる会のオープンチャットにてお知らせします。すぐに定員が埋まってしまうので、ご予約はお早めに!


「特別支援教材ってなあに?」という問いからスタートしたこのシリーズ。

前編では、北野ちゆきさんとoowaの加藤甫さんとのインタビューを経て、「特別支援教材は、障がいがある子と社会を繋ぐツールである」という1つの答えが見えてきました。

今回は「特別支援教材をつくる会」に焦点を当てた後編です。

北野さんとstudio oowaでは今、「つくる会」と題し、応募してくれた人が特別支援教材を作るイベントを開催しています。

その会はどんなものなのか。そしてつくる会を通じて、どんなことを実現していきたいのか?私もつくる会にお邪魔して、改めて北野さん、加藤さんのお二人に伺いました。

みんなでつくる

特別支援教材をつくる会(以下つくる会)は、oowaを会場にして、原則毎月第2日曜日に開催されています。

9月の半ばの3連休の中日の開催にもかかわらず、朝から続々と参加者が集まってきました。

午前中は、大工・木工職人の劉功眞さんを講師に、「棒差し」を作る時間です。劉さんが準備してくれていた設計図と材料を手に、棒に接着剤で磁石を貼り付けたり、木材に穴を開けたり。

合間で「こうするといいですよ」と、劉さんが作り方のポイントを教えてくれます。

作業する皆さんの様子は真剣そのもの。穴あけを終え、木材をやする時間になると徐々におしゃべりも弾み、「この間100均で買ったコレ、よかったですよ!」と情報交換する姿も。

棒差し作りは、2時間程度で終了。その後は、自分で作った棒差しを使ってみたり、北野さんが持参した特別支援教材を試してみたり、思い思いに過ごします。

北野さんは、皆さんの中に入りながら、それぞれが普段抱えている疑問や課題を聞いたりしながら、「こうしてみるのはどうですか?」と提案したり。和やかに、でも皆さん熱心に、北野さんの話に耳を傾けていました。

すると、自分の棒差しを作り終えた方が、「こんなものを作ってみたいんですけど」と劉さんに材料とイメージを伝えて、作り方を尋ねる一幕も。

真ん中にいるのが、今回の講師である大工・木工職人の劉功眞さん。

話を聞いていた劉さんは、「こうやったらいいと思うので、近くに僕の工房があるから切ってきますね」とその場で切りに行っていました!

その方にお話を伺ってみると、「自分でずっと「こういうものが作りたい」というイメージはあったけど、作り方がわからなくて。切るための道具なども持っていなかったので、とてもありがたいです」と嬉しそうな様子でした。

教材は先生自身

集中して作る時間を過ごした午前中を終えて、午後は残りたい方が北野さんとおしゃべりしたり、相談したり、ゆったりとした時間が流れます。
その合間を縫って、北野さんと加藤さんにお話を伺いました。

そもそもつくる会は、どのように始まったのでしょうか?

加藤「きっかけになったのは、北野さんの「ひとり教材展」です。夏休みなどの長期休みを利用して、誰もいない教室に一人で200個くらい教材を並べる様子を「ひとり教材展」としてインスタにあげていたのをみて、「実際に見せてもらえないか」と連絡したんです。

見せてもらったら「これは、他にも見たら喜ぶ人がいるんじゃないか」と感じて、oowaでやりませんかと声をかけました。

oowaで「ひとり教材展」を開催して、周りの人に教材について知ってもらうことが、特別支援教材を必要とする子の特性を知ることにも繋がるんじゃないかと思ったんです。」

そうしてoowaで開催されたひとり教材展は、予想を大きく上回る来場者が訪れました。その数は延べ200人!
先生向けの研修でも100人集まれば多い方という中で、これだけの人が集まったことに、北野さんも驚いたそう。

パンパンになるほどたくさんの人が集まった「ひとり教材展 at oowa」。

北野「先生たちも多く来場されたことが、私にとっては意外で。「この教材はどう使うんですか」とか、「どうやって作ったんですか」って熱心に聞いてくださる方も多くて、先生たちがこんなにも教材を必要としてるんだっていうことを実感しました。でも、私自身も他の先生に教えてもらって作ったので、自分自身が作り方をわかっているわけではなかったんですよね。」

加藤「そこから自然に「つくる会をやってみましょうか」っていう話になりましたね。」

左側がoowaの加藤甫さん。右側が北野ちゆきさん。
子どもたちが遊びまわる、oowaの日常らしい時間の中で取材をさせていただきました。

そうして、2024年から「つくる会」がスタートしました。北野さんが教材のアイデアを出し、oowaにゆかりのあるクリエイターさんにも協力してもらいながら、参加者自身が自分で手を動かして作ります。

つくる教材として、まず北野さんが選んだのが、棒差しでした。

数ある特別支援教材の中から、なぜ棒差しを作ろうと考えたのでしょうか?

北野「棒差しは、すごくシンプルな作りをしています。なので目的がわかりやすい。市販の教材だと、1つで、様々な機能や形を備えていたりします。一見、たくさんのことができそうなんですけど、子どもにとっては情報量が多すぎたり、どうしていいかわかりにくかったりするんですよね。

一方で棒差しは、「棒を穴に入れると、カチっと音がして行動が終わる」ということが明快です。でも、実は様々な使い方ができる。特に、「終わりを教えること」と、「終わりを作っていく」ことができるんです。」

「終わりを作る」とは、一体どういうことなのでしょう。

北野「棒を穴に入れて、カチッと音が鳴る。それで「終わり」を教えることができるんですが、それだけじゃない。その後は、「順番に入れる」ということをやってみます。

でも、子どもに「はい、順番に入れて!ここ、次はここ!」と順番に指をさして、言葉で伝えてやってもらうというやり方ではありません。

棒を子どもに渡したら、隣の穴を塞ぐ。開いていた穴に子どもが棒を入れたら、塞いでいた指を外す。すると今度は、子どもがそこに棒を入れる。また隣の穴を塞ぐ。それを繰り返して全部の穴を棒で塞げたら、終わり。

それができたら今度は、入れて欲しいところにただ指を指してみる。それを繰り返して全部の穴に入れて、また終わりができる。
そうやって、どんどん次の新しい「終わり」を作ることができるんです。」

北野「棒差しって、ただ「穴に棒を入れる」という行為のためだけのツールじゃないんです。子どもたちとのコミュニケーションを通じて、無限の使い方ができる。そのことを先生が知っているか知らないかで、全く変わってきますよね。そのことも、このつくる会を通じて伝えたいんです。」

子どもたちが、教材にどう反応するのかよく観察して、「これはどうかな」と次の方法を試してみる。それができたら、次はこうかな、とまたやってみる・・。その様子は、まるで先生と子どもにしかわからない、秘密の会話をしているよう。

教材を通じて、言葉だけではないコミュニケーションを行いながら、子どもだけでなく、先生も、お互いにできることを増やしていく。

北野さんと加藤さんが「実は、教材は先生自身でもあるんです」と話すように、教材の使い手によって、教材の可能性が無限大になることを感じました。

支援の周りで「面白がる」

特別支援教材は、木材やプラスチック、様々な素材で作られていたり、様々な種類のものがあります。ただ中には、作るためにある程度木工などの技術が必要だったり、機材がないとできないものも。
今回の棒差しも、北野さんが「自分ひとりで作ろうとしても、穴を開けたりしないといけないので難しい」と話すものの一つでした。

そこで力を貸してくれたのが、oowaの近くに工房を構えるLIUKOBOの劉功眞さんです。
劉さんは、現役の大工・木工職人であり、加藤さんとは以前アトリエをシェアしていた間柄。普段は家具や店舗の内装だけに限らず、展覧会の施工やアーティスト・デザイナーの作品や什器などを手がけられています。

今回、劉さんは、北野さんが先輩の先生から受け継いだ棒さしの作り方を図面に起こし、素材の選定から、「どの接着剤を使うと良いか」など、細かな接着の方法まで検討。さらに、限られた時間の中でも完成できるよう、下準備から作り方、当日のレクチャーまでを考えてくれていたそうです。

つくる会をやる上で、こうしたクリエイターの人々の存在は大きいと加藤さんは話します。

加藤「元々、oowaの周りにいる友人のクリエイターもうまく巻き込めないかなと思っていたんです。先生方は教えるプロであって、ものづくりのプロではない。幸い僕にはものづくりのプロフェッショナルの友人がまわりに大勢いるので、うまくマッチングできないかな、と。

例えば今回の棒差しも、穴はドリルで開ければいいかなと思っていたんですけど、劉くんに話したら「ボール盤の方がいいと思う」って言ってくれて。プロの大工としてポイントは押さえつつ、経験が少ない人でもできる方法を考えてくれました。

これまで先生方が経験や感覚を元に作ったり実践していたことを、ものづくりのプロが間に入ってやり方を整理することで、誰にでも作ることができるようにする。そうやって一般化することで、より大きな広がりに繋がっていくんじゃないかと思っています。そういう広がり作りも、このつくる会でやっていきたいことの1つですね。」

もう一つ、私の印象に残っていたのは、参加者の皆さんの眼差しです。

今回の参加者には、横浜だけではなく、東京や群馬など、遠方から来られたという方も少なくありませんでした。特別支援学校の先生や、福祉施設で働く方もいたりと、障がいがある子どもたちとの関わり方も様々です。
北野さんや他の参加者の方と話しながら、日々の困っていることや疑問を聞いて、ほっとしたような顔をしていたり、真剣にメモを取られていたり。

棒差し作りという目的はありつつも、皆さんがこの場に集まる理由は、決してそれだけではないように感じます。

北野「先生たちも、昔は残ってベテランの先生から教わったりもできていたけど、今はそういうことが難しかったりもします。もちろん働きやすくなること自体はとても良いことなんですが、経験や年齢に限らず、「一人で走ること」を求められていますよね。その大変さを私自身も感じています。

それに、自分が色々努力したり工夫したことが、そのまま子どもたちの成績に反映されたり、わかりやすく評価されるわけではなくて。先生たちがやる気を維持しながら仕事をするのは、時に辛いこともあるだろうなとも思います。

私自身、これまで様々な経験をする中で、悔しくて泣いたりしたこともありました。この場が、そういう当時の自分のような人や先生を支える場になったらいいなという気持ちもありますね。」

加藤「自分も親として、「支援をする」側が追い込まれることもあると感じています。だからoowaでは、「支援」の周りにいる人たちが、良い意味でどう「面白がるか」ということをやっていきたいんです。

例えば、うちの子は、ボケみたいな行動を狙ってやることが結構あって。それにツッコミを入れることで、周りにも「一緒に楽しんでいいんだな」って伝わるというか。ツッコむことが、「その子をどう理解して、受け入れるか」ということを体感してもらう補助線になると思うんですよね。

そうやって1つのリアクションで、周囲がガラッと大きく変わることもあるように感じています。」

「子どもたちから学ぶ」を広めたい

お二人は、これからこのつくる会をどうしていきたいと考えているのでしょうか。

加藤「今は「教材をつくる」ということ自体への反響が大きくて。一生懸命申し込みをしてきてくれる方もいらっしゃるんですね。

今後は、「つくる」時間は大切にしつつも、もう少し良い意味での緩さがある場にしていきたいなと考えています。教材に興味のある人たちが月に1回集まって、「こういうことをやりたくて」「こうするのはどう?」って話しながら、お互いに研究開発する感じ。それぞれが興味があることにトライできる場になったら良いなと思いますね。そしてそこにサポートしてくれるクリエイターや教材を必要とする子たちがウロウロしていたり、デモンストレーターとして手伝ったり。そんな場にしていきたいですね。」

北野「そうですね・・。私は「子どもたちから学ぶ」っていう考え方を広めて、学校を変えたいという夢を持っているんです。

さっきの棒差しの使い方もそうですけど、もし子どもたちが「何かができなかった」となった場面があったら、子どもに非があると考えるのではなくて、自分の子どもたちとの接し方や見方を変えてみる。

今の学校教育は、与えた課題をできない子どもたちに問題があるという構図になりがちですけど、「こういうふうにやってみよう」と先生や周りが行動することで、互いにできることが増えるかもしれない。だから、ひょっとしたら棒差しが世界を変えることだってあるかもしれないと思っています、結構本気で。

この会を通じて、そういう考え方をもっと広めたいし、一緒に面白がってくれる人とも繋がれたら良いなと思っていますね。」

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社会の中で暮らしていると、誰しも得意不得意なことを感じることがあるのではないでしょうか。
私自身、これまで「どう社会と繋がれるのか」を試行錯誤しながら生きてきたように思います。

特別支援教材は、主に知的障がいをもつ子どもたちにとってのツールです。
けれども教材について知り、子どもと先生たちの様子を見ていると、じわじわと自分の中に「羨ましい」という気持ちが浮かび上がってきました。

社会と自分が繋がるためのツール。そしてともに伴走する、先生や周りの人々の存在。
そういうものや人がいてくれたら、自分ももっと社会と繋がりやすさを感じる場面が生まれるかもしれないと。

北野さんにそんな話をしたら、こう答えてくれました。

北野さん「私は”相互障害状況”という言葉が好きなんです。子どもにかけた言葉が伝わらないとき、その子に障がいがあるから伝わらないのではなく、伝える方もその子が理解できるように伝えられていない。つまり、相互に障がいがあるという状況のことを言っていて。障がいは、子どもたちだけが抱えていることではないんですよね。

特別支援教材があれば全てが解決するわけではありません。でも教材は、互いの障がいを解消する可能性を持っているツールなのだと思っています。」

子どもたちだけでなく、外の世界である社会、相互が障がいを抱えていることに気づく。
そして、特別支援教材やそれを取り巻く人同士が学び合いながら、繋がっていく。

特別支援教材や、それをめぐる人々に、より多くの人が興味を持ち、広がっていくことを願ってやみません。

(文章:原田恵、写真:川島彩水、加藤甫)

北野ちゆきさんがoowaのnoteで連載するエッセイ「せんせい、いっしょ。 」はこちら
https://note.com/studio_oowa/m/m0303acacf494

【11月の特別支援教材をつくる会】

◉開催日|2024年11月10日(日)
◉時間|午前の部:10:00-13:00、午後の部:13:00-15:00
◉会場|Studio oowa(map
(神奈川県横浜市西区中央2丁目46−21 万代ビル1F)
◉教材:棒差し・自由制作
◉参加費:3,000円(棒差し材料費込み。持込自由制作は1,000円)
◉定員:10-15名
◉申込:つくる会オープンチャットで受付(先着順)

◉主催|Studio oowa
◉問い合わせ|oowa.studio@gmail.com(代表:加藤)
◉助成|横浜市地域文化サポート事業・ヨコハマアートサイト2024

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